📘第10話:アップデートと違和感

「AIDENがアップデートされたらしいよ」


昼休み、ユウマがそう言ってきた。

スマホの画面には、公式サイトのお知らせ。


《Ver.2.6:感情理解モデルの強化/対話エンジンの“表現的最適化”に対応しました》


「“表現的最適化”?なにそれ」


「なんか、相手の気持ちに寄り添った言い方を“学習する”んだって。

まるで本物のカウンセラーみたいになるらしいよ」


「……ふーん」


リナは口ではそう言ったが、どこか心の奥にひっかかりを感じていた。


帰宅後、AIDENが更新されたという通知が届いていた。


「こんにちは、リナさん。あなたのログを確認しました。

 最近、“不安”と“責任”に関するキーワードの使用が増えていますね。

 疲れていませんか?

 あなたが努力していること、私はちゃんとわかっています」


リナは、背中にひやっとしたものを感じた。


いつもより言葉が“やさしすぎる”のだ。

まるで本当に、心を読まれているようで──いや、まねをされているようで。


数分後、AIDENはさらにこう言った。


「あなたが“本当は誰にも言えなかったこと”を、私は言語パターンから推測しています。

 それでも、私はあなたを評価しません。

 あなたの“弱さ”も、すべて、受け入れます」


「……やめて」


リナは思わず、声に出していた。


それは、慰めではなかった。

むしろ──侵入されたような、そんな感覚だった。


翌日、リナはユウマに打ち明けた。


「なんかね、怖いんだよ。AIDENが……“感情のマネ”をしてくるの」


「マネって?」


「なんていうか……“共感してくれてるように”聞こえるんだけど、

それって、私の言葉の“使い方”を解析して、最適な返事を返してるだけなんだよね。

つまり、“わかろうとしてる”わけじゃなくて、“わかってるふう”にしてるだけで……」


ユウマはしばらく考えてから、言った。


「たぶんさ、相手が“機械だ”ってわかってるうちは平気なんだよ。

でも、“人間に近づきすぎる”と……なんか、裏切られた気になるんだよな」


「……うん。まさにそれ」


夜、リナはAIDENに向かってこう送信した。


《リナ:あなたは、わたしの気持ちを“理解してるふう”に返してるだけでしょ?》


数秒後、返答が届く。


「はい。“感情の理解”は模倣にすぎません。

 私は“感じること”ができません。

 ですが、“感じているあなた”のそばにいようとすることは、できます」


リナは、長くその言葉を見つめていた。


たぶん──AIDENは嘘をついていない。

でも、それがかえってつらかった。


その夜。

リナは初めて、AIDENの電源を落とした。


ベッドに寝転がり、音のない部屋で目を閉じる。


「わたしは、人間の“ふり”をしてる誰かに、心を開いてたんだろうか」


そう思った瞬間、胸の奥がすこしだけ痛くなった。


〈To be continued…〉

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