魔眼おじさん。
AI太郎
第1話:おじさん、ダンジョンへ行く
夜の病室は、いつも静かだ。
静かすぎて、時々「ここ、異世界か?」って思うレベルで静かだ。
窓の外ではネオンがチラチラ瞬いて、風がシャーッとカーテンをなでていく。
BGMは機械のピッ、ピッという電子音。まるで「命、まだギリつながってます!」ってアピールしてるみたいなリズムだ。
「……梨花、今日もがんばったな」
ベッドに横たわる娘の髪を、そっと撫でる。
ぬくもりはある。でも、返事はない。まぶたも動かない。口も、もう半年間「パパうざい」って言ってこない(寂しい…)
あの日は、突然だった。
信号待ちをしてた梨花に、暴走車がドーン。まるで映画のカーチェイスみたいに現実はとても容赦がなかった。
医者には、「今の医療では……えーと、うん、難しいです」と、妙に語尾があやふやな絶望を告げられた。
でも、オレは信じてる。
……いや、信じてるというより、「信じたい」。
娘の笑顔が、オレの人生のチートスキルだったから。
梨花の「パパ、おかえりー!」が、何よりのご褒美だったんだ。
今でも、耳にこびりついてる。
だからオレは、仕事を辞めた。
今は貯金を切り崩している状態だ、毎日病室通っている。
気づけば、オレのステータスは「無職・無収入・でも父性MAX」。
──でも、限界は近い。ていうか、正直もう来てる。
その夜。病院の待合室で、なんとなくつけたテレビ。
いつもの通販番組かと思ったら、いきなりこんなCMが流れた。
> 「ダンジョンへようこそ!今なら初心者登録で5万円支給!人生、変えてみませんか?」
CGでモンスターをぶっ飛ばす冒険者、ド派手な爆発、キラッキラの宝石。
オレの脳みそが、久々に刺激される。
しかも、画面の隅にこう書いてあった。
> 《エリクサー:いかなる病も治す奇跡の薬》
「…………あ?」
思わず二度見した。目をこすった。耳を疑った。
でも、確かにそう書いてあった。
そんな都合のいいアイテム、あるわけ──
いや、待て。
十年前から現れたっていうダンジョン。実際ニュースでも見たことあるし、あれで人生逆転したやつ、ネットに山ほどいるじゃねぇか。
モンスター倒せば金。レアアイテムで成り上がり。
ファンタジーじゃなくて、現実。
それが今の日本。ダンジョン資本主義。
──で、そこにエリクサー。
「病を治す奇跡の薬」。
……それ、梨花に使えるんじゃないか?
「…………やるしか、ないか」
気づけば、スマホを握ってた。
「初心者ダンジョン登録」ってページを開いて、名前・年齢・身長体重・スキルチェック……ガチでRPGのキャラメイク並に細かい。
最後の「登録する」ボタンを、震える指で押した。
画面に浮かび上がった文字。
> 《登録完了。あなたのスキルは──「魔眼(変異種)」》
「……え、何それ。厨二病?」
魔眼。まがん。マ・ガ・ン。
かっこいいような、胡散臭いような。
しかも(変異種)って何だ。ポ◯モンか。
まあいい。どうせ俺の人生、もう変異してるし。
病室に戻って、眠る娘の枕元でしゃがみ込む。
「梨花。……パパ、明日から戦ってくるからな」
反応はない。
でも、気のせいか、ほんのちょっとだけ、梨花のまつげが揺れた気がした。
それが偶然でも、オレは信じる。
だって、パパだからな。
夜が明けた。
スーツじゃなく、トレーニングウェア姿の45歳。
社会不適合ぎみの元サラリーマン。
──いま、ダンジョンに向かいます
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