第13話 夢の中の夢

ドタドタという足音で意識が浮上してくる。

うっすら目を開けると佳代が立っているのが見えた。

佳代、戻ってきたの?


そう質問したかったけれど声は出ない。

佳代の後ろから一志がやってくるのも見えた。

その手にはチェンソーが握りしめられていて、佳代へ向けて突きつけられている。

それを見た瞬間意識は完全に覚醒した。

大きく息を吸い込むと空気が肺を満たしていく。


少し咳き込んでから涙目で二人を見つめた。

「一志……佳代……どうして」

「佳代がAIに命令して昇降口の鍵を開けて、1人で逃げ出そうとしてたんだ。おかしいと思ってすぐに木工室にあったもう一台のチェンソーを持ってきて脅したんだ。俺の前でもすべて白状したぞ」


説明する一志の前で佳代は真っ青になっている。

だけどその顔には微かな笑みが浮かんでいて、私は眉根を寄せた。

「佳代、どうしてこんなことを?」

「言ったじゃん。私の病気はどれだけ頑張っても治らない。だからみんなの夢をぶち壊すつもりだったって」

佳代の声が震えている。


「本当に、私達を殺そうとしたの?」

その質問に佳代の肩がビクリと跳ねて視線をそらされた。

「もういいだろ夏季。こいつはおとなしいふりをして、本当はとんでもない悪人だったってことなんだ」

一志が吐き捨てるように言って倒れている真由美を助け起こした。


真由美も意識を失っていたようだけれど、うっすらと目を開ける。

「一志……?」

「真由美、大丈夫か?」

「一志、無事だったのね!?」


真由美が一志に抱きついて嗚咽する。

色々とあったけれど、このふたりなら大丈夫そうだ。

「わたしはあんたたちを苦しめたかった。わたしと同じ気持ちになればいいと思ってた」

そこまで言った佳代が突然ゴフッと血を吐いた。


口の端からボタボタと鮮血が落ちていき、床に両膝をつく。

「佳代!!」

すぐにかけよって背中をさするが、佳代はぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返すばかりだ。

「こんな……中途半端で終わるなんて……」

真っ青になった佳代が笑う。


どうしてこんなときに笑えるのか。

私は佳代の体を強く抱きしめた。

「スマホが通じるようになってる! すぐに救急車を呼ぶから待ってろ!」

良が叫んで通話を始める。

その間に佳代は徐々に目を閉じていき、そして私の腕の中で意識を手放したのだった。


☆☆☆


フロンティア中学校のAI暴走は全国的にも大きなニュースになったけれど、そこに1人の生徒が関わっていたことはふせられていた。

代わりにNAGAKURAはフロンティア中学校に設置しているすべての機器を最新型にアップデートすると決めた。

これに命令を下すことができる人間は佳代を抜いたごく一部の人間のみということだ。


けれど生徒の命に関わるような命令は決して聞き入れないということだった。

そして生徒と教師につけられていた腕輪は任意のものとなり、私と真由美と良と一志の腕からは消えていた。

健康管理をしてくれるのはいいと思うのだけれど、もうあんな経験をするのはごめんだった。

「先生が無事でよかったよね」

放課後、4人で先生の病室を訊ねたところだった。


担任の先生はあの後ゴミ捨て場に捨てられていたところを無事に救出されていた。

打たれていた薬物は鎮静剤だったから、命に別状もないらしい。

「佳代は先生のことを一番恨んでると思っていたわ。あれだけ宿題を出すんだもの」

真由美はまだあの時のことを根に持っているみたいだ。


そもそも先生が佳代に意地悪なことをしなければ、私達が放課後居残りをすることもなかったのだから。

そんな先生も無事で済んだということは、やっぱり佳代は踏み切ることができなかったんだと思う。


私達のことを、友達だと思っていたから。

前を歩いている良と一志が立ち止まったので、私と真由美も同じように足を止めた。

右手にはガラス張りになっている病室があり、中に入ることはできないので廊下からその様子を確認するしかない。

「佳代」


私は小さく呟いた。

病室のベッドの上では、沢山の機械に繋がれた佳代が眠っている。

あの日血を吐いてから1度も目覚めていない。

1度佳代の父親と病院で鉢合わせして話を聞いたところでは、もう目覚めないかもしれないということだった。


「佳代、早く目を覚ませよ。みんなの怪我は治ったんだ」

良が話しかける。

「そうだぞ。こんなことしといてずっと寝続けるなんて卑怯だからな」

一志は文句を言う。

「もう誰も怒ってないから、また学校に来てよ」


真由美が涙声で言う。

「佳代、私達待ってるから。ずっと、友達だからね」

最後に声をかけると少しだけ佳代のまつげが震えた気がした。


☆☆☆


わたしは眠っていた。

NAGAKURAが開発した機器に囲まれて幸せな夢を見ていた。

『聞いて聞いて! ついに専属モデルになったんだよ!』

真由美が満面の笑顔で2年A組の教室に雑誌を持ってきた。


背が高くて美しい真由美がセンターに立っている雑誌の表紙にみんながざわついている。

『俺もレギュラー取ったんだぜ』

一志がサッカーボールを頭に乗せて調子に乗りながら自慢している。

すごいね!

よかったね!


みんな笑顔で、みんな幸せで、それでわたしだって元気いっぱいで。

『佳代、早く行くよ!』

『うん!』

走り出すみんなにすぐに追いついて、肩を並べて走ることができる。

あぁ、幸せ。


☆☆☆


「残念ですが、やはり今の医学では娘さんが目覚めるのは難しいようです」

白衣を着た医師が残念そうに言葉を紡ぐ。

それを聞いていた白髪の男がため息を吐き出し、ガラスの向こうで眠っている佳代を見つめた。


「そうですか。では少しでも幸せな夢を見られるように、これまでと同じようにNAGAKURAのAIのを使って夢を操作することにします」

白髪の男は自分の娘が夢を見ながら穏やかに微笑んでいるのを見て胸を痛めた。


娘の夢は潰えた。

けれど夢の中でそれは叶えられているはずだ。

それは幸せなことなのか、それとも……。


☆☆☆


「オレさ、決めたことがあるんだ」

病院からの帰り道、不意に良がそう言った。

「決めたってなにを?」

私が聞くと、良はまっすぐ前を向いて微笑んだ。


「将来、どういうことで人の役に立つか」

「へぇ、なにをするの?」

「オレ、医者になろうと思う。医者になって将来佳代が目覚めるように頑張ってみようと思うんだ」

その言葉に誰もが目を見開き、そして微笑んだ。


良らしい夢の持ち方だと思う。

「そっか。良ならきっとできるよ」

「だから、これから勉強は夏季に教わろうかなって」

「え、私!?」

突然名前を呼ばれて驚き、自分で自分を指差して聞き返した。


「だって、この中で一番勉強できるのは夏季だろ」

それは、そうかもしれないけど。

良とふたりきりの勉強風景を想像するだけで心臓がドキドキしてきてしまう。

「勉強するのはいいけど、放課後の教室だけはやめてくれよ」

一志が顔をしかめて言うと真由美が楽しそうに声を上げて笑った。


「それはもうこりごりだよ」

良も肩をすくめてそう答え、私達は病院を振り返ること無く未来へ向けて歩き続けるのだった。


END


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AI暴走教室 西羽咲 花月 @katsuki03

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