第12話 名前
地下室を下りてくると前回使用したチェンソーとアクリルの箱に守られたコアがそのままそこにあった。
景色はなにも変わっていないけれど息苦しさを感じて首元に手を当てる。
「どこかにヒントがあるはずだ。絶対に」
良がつぶやく。
夜明けまであと6時間ほどだ。
それまでにコアを壊すか、命令を覆すことができなければならない。
私はゴクリと唾を飲み込んでコアに近づいた。
アクリルの箱はチェンソーによって細く穴が開いている。
けれどこれじゃ指一本入れることだって不可能だ。
もう1度チェンソーを使ってみようかと視線を落とすが、すぐに良が気がついて「やめといた方がいい」と言われてしまった。
一志と同じように電流を流されて終わりになることは目に見えている。
コアを直接壊すことができないとなれば、やっぱりパソコンのパスワードを当てて中に入るしかなさそうだ。
私は近くにあったパソコンの電源を入れて考え込む。
セキュリティ上、そう何度も失敗することはできない。
失敗を繰り返せば翌日まで使用できなくなってしまう。
それだけは避けなければ……。
デスクまわりになにかヒントがないか見回してみるけれど、ここには紙もペンも置かれていない。
すべてパソコンでの管理になっているみたいだ。
「なぁ、これなんだと思う?」
コアを調べていた良に声をかけられて振り向いた。
良は床にしゃがみこんで、頭を床にくっつけるようにしてコアを観察している。
「なに?」
椅子から立ち上がった近づいてみてもなにも見えない。
「同じ角度でここを見て」
そう言われて良と場所を入れ替わり、床にくっつくほど頭を下げる。
けれどやっぱりなにも見えない。
「ここだよ。コアじゃなくて、アクリルの箱の方」
「あ!」
ようやく良が言っていることの意味が理解できた。
箱の下に、小さく文字が彫り込まれているのだ。
それは今の私の角度でしか見ることのできない文字になっていた。
「『NAGAKURA』」
刻まれた文字を口に出して読み上げた瞬間ハッと息を飲んだ。
良と顔を見合わせる。
NAGAKURA確かにそう書かれている。
そしてNAGAKURAとは世界進出しているAI機器を作る会社名だった。
その名前を知らない人はいないほどの大手だ。
「この学校で使われているAIはすべてNAGAKURAで作られたものってことだな」
「もしかして!!」
思いつくものがあり、すぐにパソコンに飛びついた。
そしてパスワードを入力していく。
「入れた!」
入力したパスワードは見事的中、パソコン画面が表示されてガッツポーズを取る。
「嘘だろ、なにを入力したんだ?」
「NAGAKURAの創立記念日だよ。それがダメならNAGAKURAを創設した人の生年月日かもしれないって思ってたんだけど、最初ので当たってたみたい」
パソコンのデスクトップ上には重要書類のフォルダがズラリと並んでいる。
何気なく自分たちのクラス、2年A組と書かれたフォルダを開いてみると生徒の個人情報がズラリと出てくる。
成績や出席日数や授業中の態度、部活動などはもちろんのこと、そんなことまで監視されていたのかと驚く情報ばかりが出てくる。
「この腕輪が筒抜けにしてたんだな」
良がため息まじりに呟いた。
「本当だね。わかっていたことだけれど、こうして目にすると気分が悪くなる」
私はすぐにフォルダを閉じてAIのコアについて調べ始めた。
こちらは少しわかりにくい場所に保管されていたけれど、パソコン内を検索すればすぐにひっかかった。
フォルダ名はNAGAKURA‐AIとなっている。
「これでコアの制御ができればいいけれど」
フォルダを開けばそこにはNAGAKURAについての情報や、学校で使用されているAIについての詳細が書かれていた。
「創業者は長倉勲、1980年代からパソコン機器に参入してそこから世界的有名な会社になるまで育ててる。今の社長は長倉佳男、勲の長男だって」
「長倉佳男?」
情報を読み上げていく私の横で良がなにか引っかかったように呟いた。
「なに?」
「長倉って佳代の名字と同じだよな?」
「そうだけど、長倉なんて珍しくないでしょう? 佳代の家がNAGAKURAだなんて話聞いたことないよ」
「そっか。ただ、この佳男の佳って漢字も佳代と同じだなと思って」
言われてみれば確かにそうだ。
佳男、佳代。
似ているけれど、単なる偶然だとも感じられる。
「でも佳代は関係ないよ。だって佳代にも指示が出たじゃん」
佳代への指示は1人で千羽鶴を折るというものだった。
健康な私達だってしんどくなるような作業を、佳代は1人でやってのけている。
その後倒れ込んだのだってちゃんと覚えていた。
「佳代はあの時1人で千羽鶴を折ったよな? 邪魔にならないように、オレたちは1度も相談室の戸を開けなかった」
「そうだけど、それがなに?」
「もし、最初から千羽鶴を用意していたとしたら? それで、今折ったように見せかけていたら?
良の言葉に私は目を見開いた。
「本気でそんな風に思ってるの?」
あの病弱な佳代がそんなことをするはずがない。
ましてあのNAGAKURAの娘だなんて思えなかった。
もし家が大金持ちであれば、佳代の体は最新医療でもっと良くなっているのではないかと思う。
こんな議論をしていても仕方ない。
私はコアの設定変更画面を開いた。
英数字がズラリと並んでいて、見ているだけで目がチカチカしてくる。
ここに組み込まれている数値を変更することでAIからの指示を解除できるはずだった。
「こういうのはオレの方が得意だ。変わってくれ」
良に言われて私は素直に席を渡した。
普通科の5科目は得意だけれど、専門的な問題に弱いのが私の欠点でもあった。
こういうときに役に立てないのがもどかしい。
「学校のAIに命令できる人間はごく少数だ。全員の音声データが入っているのはここだな」
良が素早く指先を動かして次々と画面を表示させる。
私にはその画面になにが書かれているのか認識することさえ難しいけれど、次の画面が表示された瞬間良の顔色が変わった。
「これ……」
そう言ったまま固まってしまう。
「なにが書かれてるの?」
私が質問したそのときだった。
階段を下りてくる足音が聞こえてふりむくと、そこには佳代の姿があった。
「佳代、眠れないの?」
微笑んで近づこうとした私の腕を良が掴んで引き止める。
「AIに音声で命令を出せる人間の1人は……佳代だ」
「え?」
「このデータによると佳代の音声データが最優先されるようになってる!」
嘘でしょう?
そう思ったけれど、佳代がゆっくり微笑んだのを見て言葉を切った。
「ついにバレちゃった? でも思っていたよりも遅かったね。もっと早い段階で気がつくと思ってた」
佳代がゆっくりとこちらに近づいてくる。
「なにそれ、今回のことは全部佳代が仕組んだことだっていうの?」
まだ信じられない気持ちだ。
だって佳代はずっとおとなしくてこんなひどいことをする子じゃなかった。
「そうだよ」
すんなりとうなづく佳代を見て愕然とする。
今までの佳代という少女のイメージがガラガラと崩れ落ちていき、目の前に立っている人間が初めてみる人間に見えてくる。
「どうしてこんなひどいことをするの!?」
一志も真由美も私も傷ついた。
怪我は治るかもしれないけえれど、永遠に消えない傷を心につけられてしまった。
「知ってる? どれだけ科学が発達しても治せない病気がある。それは病気自体が日々変化を続けているから。人間がどれだけ頑張っても病気の方がずっと賢くて、強い」
佳代がコアを包み込んでいるアクリルの箱に触れてつぶやくように説明する。
「わたしにも夢があった。幼稚園の頃からずっとお父さんの職場に出入りしていたから、いつかここで一緒に働くんだって思ってた。だけどそれはできないの。わたしの体が病弱だから」
佳代は愛おしそうに巨大な機械を見つめる。
「いつかこんなすごいものを作るんだ。世界で通用するような研究者になるんだ。でもその夢はかなわないって気がついた。だからせめて健康になりたいって願うようになった。
でもね、それすら叶わないんだって。一月前病院で検査したときに、先生にハッキリ言われたんだ。これ以上よくなる見込みはないって」
「そんな……! 私なにも聞いてないよ!」
「言ってないもん。だって誰かに話をしたって反応に困るでしょう? 口先だけでかわいそうがられるのだってうんざりだよ。だから誰にも言わなかった。代わりに、今回の計画を思いついたんだ」
佳代はコアの周りをくるくると回りながら話続けた。
佳代がこれほど熱っぽく自分のことについて語る姿を初めて見る。
「自分の夢が叶わないのなら、みんなの夢を壊してやるって」
ニヤリと口角が持ち上がる。
それは自分の人生に絶望した佳代が見せる悪意ある笑みだった。
「みんなの夢をひとつひつつぶち壊していけば、わたしだけが可哀想なんてことなくなるから、みんな一緒でいられる」
「それならどうして完全に夢を壊さないんだ? 佳代がやってることは全部中途半端だろ!」
良の言葉に佳代がうろたえたのがわかった。
一志も真由美も怪我をしているけれど、それは治る程度の怪我で済んでいる。
本当に夢を壊したいのなら徹底的にやるはずだ。
AIを自在に操作できる佳代になら、簡単なはず。
「ここの鍵も開けてたよね。それにさっきも『もっと早く気がつくと思ってた』って言ってた。佳代、本当は自分の苦しみに気がついてほしかったんじゃない?」
語りかけるように言うと佳代がうつむいた。
その肩が小刻みに震えている。
「今ならまだ間に合うよ。みんな佳代の仲間だもん、きっと許してもらえる!」
佳代がまだ戸惑っているのなら、引き返すことはできる!
そう思ったのに。
「やぁ!」
そんな声がしたかと思うと佳代がうずくまっていた。
佳代の後ろにはホウキを握りしめた真由美が立っている。
「真由美! いつからそこに!?」
「佳代が保健室を出て行ったときから後をつけてたのよ。佳代が犯人だってわかって、ホウキを取ってきたの」
真由美の顔は怒りで真っ赤に染まっている。
うずくまる佳代を殺してしまいそうな殺気を感じる。
「佳代のせいで私達がこんな目に……! 絶対に許さない!!」
再び佳代がホウキを振り上げる。
「真由美やめて!」
私が叫ぶより先に真由美の腕輪に電流が流され、ホウキを取り落していた。
真由美がすぐに見をかがめてホウキに手を伸ばす。
けれどそれも電流によって遮られた。
「卑怯よ!!」
真由美が叫ぶ中、佳代が出口へ向かって走った。
「佳代、待って!」
その後を追いかけるが、一足早く戸を閉められてしまった。
「開けて佳代! 話をしようよ!」
戸をドンドンと叩いても外から反応はない。
佳代の足音が遠ざかっていくのが聞こえてくる。
仕方なく階段を駆け下りた。
良に頼んで早くここから出ないと、今の佳代は自暴自棄になっていてなにをしでかすかわからない。
「もう少し佳代の話を聞くべきだったのに!」
地下へ戻って真由美にそう言ったとき、真由美の呼吸が荒くなっていることに気がついた。
ふと耳をすませてみるとシューッと空気が抜けていく音が聞こえてくる。
「また、空気を抜かれてる!」
「わかってる。今やってるんだ!」
良がパソコンに向かってなにかを打ち込んでいるが、地下室の空気はどんどん薄くなっていくばかりだ。
あっという間に呼吸が苦しくなって冷たい床に倒れ込んでしまった。
良は必死でパソコンにしがみついているけれど、座っていることも難しくなって椅子から転げ落ちてしまった。
「良……」
どうにか手を伸ばしてその体に触れようとするけれど届かない。
良が涙の滲んだ目をこちらへ向けた。
もう酸素はほとんどなく、吸い込めるものはなにもなかった。
こんなところで死ぬなんて。
徐々に意識が遠のいてきて、脳裏に良との思い出が蘇ってきた。
『夏季、こっちこっち!』
笑顔で良が手招きしてくれたのは去年の夏休みのことだった。
沢山ある宿題をふたりで放り出して遊園地に遊びにいったんだっけ。
そこで良はお化け屋敷に入ろうといい出した。
ホラー系が苦手な私は拒否したかったんだけれど、良がすごく嬉しそうだったから断れなくて、一緒に入ることになったんだ。
ところが、入ってみると怖がっているのはむしろ良の方で、驚かされるたびに私の背中に隠れてガタガタ震えていた。
『お化け苦手なの?』
どうにかお化け屋敷をクリアして近くのベンチに座ってそう聞くと、良は真っ青な顔で何度も頷いていた。
『どうしてお化け屋敷に入ろうなんて思ったの?』
呆れながら質問すると良は途端に口ごもって、頬を赤く染めた。
『お化け屋敷に入れば、夏季との距離が少しは縮まるかなって思って』
そんなことをとても小さな声で言うものだから、意識せずにはいられなかった。
さっきまでとは違う心臓のドキドキが聞こえないように視線を遠くへ向けて、聞こえないふりをしたけれど、本当はちゃんと聞こえていたし、良の思惑通りこの時から良のことを気にするようになっていた。
でも、まだ気持ちを伝えていない。
中学校生活はまだまだ長いからと思って、焦って告白しなくていいと思っていたから。
こんなことになるなら気持ちを伝えておくべきだったのに。
良へ伸ばした手の力がだんだん抜けていく。
意識が薄れていき、視界が霞む。
もう、ダメだ……。
意識が途切れる寸前、バンと乱暴に戸が開く音聞こえてきた気がした。
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