第11話 疑心暗鬼
真由美も佳代も良も私も黙り込んだままで1時間が経過していた。
自販機で買ってきた飲み物にも誰も口をつけていない。
それぞれ床に座り込んだり、丸椅子に座って視線を合わせることもなかった。
一志はまだ目を覚ましていないけれど、拘束を解いたあと頭部の傷の手当は終わらせていた。
保健室の中には呼吸をするのも苦しくなってしまうほどの重苦しい雰囲気が漂っている。
それは良への指示が原因だったことは明白だった。
今までは半死半生になりながらも助け合い、励ましあって指示をクリアしてきた。
だけど今回は違う。
仲間同士の信頼を打ち砕いてしまうような指示がでてきるからだった。
誰も信じられない。
そんな空気が漂っている。
「うぅ……」
ベッドからうめき声が聞こえてきて視線を向けると、一志が薄めを開けていた。
「おい、大丈夫か?」
近くにいた良がすぐに声をかける。
「頭が……」
一志は顔をしかめて頭に触れる。
「あまり触らない方がいいぞ。手当したけど、傷が深かったから」
良の説明に一志は大きく目を見開き、椅子に座っている真由美へと視線を向けた。
その瞬間真由美が怯えたように椅子から立ち上がり、壁際の佳代の隣へと移動した。
「真由美、お前俺になにしたんだ?」
気絶する前の記憶が曖昧なのか、一志は疑問を投げかける。
真由美は「わからないわ」と首を振るだけだった。
「わからないじゃねぇだろ! 俺はお前になにをされたんだ!? なんだよこの怪我はよ!!」
怪我の痛みを忘れるくらいに興奮しているのか、一志はベッドから降りると大股で真由美に近づいていく。
真由美は真っ青になって立ち尽くすだけだ。
「お前まさか、俺を殺そうとしたのか?」
一志の声がひどく震えている。
好きな人に裏切られたショックと、殺されていたかもしれないという恐怖が心を蝕んでいる。
「なんで、真由美がそんなことすんだよ!!」
青ざめた一志の目からも真由美の目からも大粒の涙が溢れ出す。
隔離された空間にいて無理難題を突きつけられ体に傷を追ってもずっと支え合ってきたふたりなのに、激しい疑心暗鬼がふたりの中に渦巻いている。
それは私だって同じだ。
閉じ込められて何時間も経過している時点で、精神的におかしくなってしまいそうだった。
「ごめんなさい。ごめん……」
真由美が必死になって謝る中、一志が震える両手を真由美の首にかけた。
細い首に一志の指が食い込んでいく。
「良、お前が誰も殺せないなら、俺が殺してやる」
一志の言葉に良が息を呑むのが聞こえてきた。
すぐにやめさせないといけないと思うのに、体が動かない。
「うっ」
真由美が苦しそうにうめき声を上げて天井へ顔を向けた。
細くて白い首に汗が流れていくのが見えた。
こんなときなのに、キレイだと感じてしまう、それほどまで真由美は美しかった。
一志が覚悟を決めて更に指先に力を込めたときだった。
《今回の指示は小出良さんへ向けたものです。勝手なことをしないでください》
スピーカーからそんな声が聞こえてきたと同時に一志の電流が流されていた。
一志は真由美の首から両手を離し、その場に崩れ落ちてしまった。
「くそ! くそ!」
と何度も何度も床を拳で殴りつける。
行き場のない怒りをどうにか発散させようとしている。
そんな一志の前で真由美は「ごめんなさい」と、謝り続けていたのだった。
☆☆☆
スマホで時間を確認したら夜の11時近くになっていた。
外の様子はわからないけれど、もうすっかり暗くなっているはずだった。
スマホの電波が入れば心配している両親からのメッセージや着信もあったことだろう。
「お父さんとお母さんの声が聞きたい」
落ち込む声夜のトイレに少し響いて消えていく。
グスッと鼻水をすすり上げて、手洗い場で顔を洗ってハンカチを取り出した。
佳代はさっきからうつらうつらしていたけれど、とても眠れるような雰囲気ではなかった。
顔を洗って少しスッキリしてからトイレを出ると、廊下に良が立っていた。
私が出てくるのを待っていたみたいだ。
「どうしたの?」
「オレが保健室にいたら、みんなゆっくり眠れないと思って」
良が苦笑いを浮かべて言う。
その表情はとても寂しそうで胸がチクリと傷んだ。
「良が誰かを殺すはずないって、みんなわかってるよ」
「……そうだよな、ありがとう」
弱々しく微笑むその姿は見ていられない。
自分が同じ指示を受けていたらと考えると胸が苦しくて仕方なかった。
良はなにもしていないのに、みんなから敵のような目で見られているんだ。
「でもどうせ眠れないし、もう一度地下へ行ってみようと思うんだ」
「それなら私も一緒に行く。私も眠れそうにないし」
そう答えてふたりで肩を並べて歩き出す。
「オレと一緒に行動して大丈夫か?」
「何言ってるの、良は人を殺すような人じゃないじゃん」
「それはそうだけど、他のみんなから怪しまれないか?」
「怪しまれたって平気」
そう答えると良はおかしそうに笑い声を上げた。
それは普段から聞いている良の笑い声と同じで、なんだか泣きそうになってしまった。
それからふたりで職員室へやってくると、開けっ放しにしていた地下室への入り口までやってきた。
「この戸なんだけどさ、どうして鍵がかかってなかったんだと思う?」
「え? 鍵?」
そんなことは考えてもいなかったことで、首をかしげる。
取っ手のついた戸を確認してみると、たしかに鍵の差込口があった。
「大切なコアが保管してある場所なら鍵くらいかかってても不思議じゃないだろ?」
「本当だね。もしかして鍵を掛け忘れたとか?」
自分でそう言っておいて頭の中では否定する。
職員室をどれだけ探してもコアの在り処にたどり着くヒントはなかった。
それだけ厳重になっていると考えた方がいい。
「もし鍵をかけ忘れたんだとしたら、誰が?」
「それはきっと、AIに命令している人物だと思う。それが誰なのかはわからないけど」
AIの影に隠れている人物を特定することができればこんな指示に従う必要もなくなるのにと、下唇を噛み締めた。
「その人物は鍵を掛け忘れたことに気がついていないってことになるよな。でも今回オレたちが地下に入ったから鍵のかけ忘れに気がついたはずだ。それでもこうしてまだ戸は開いたままになってる」
良が顎に指を当てて考え込む。
確かに、おかしいことばかりだ。
「わざと鍵を開けておいたってこと?」
「その可能性もあると思うんだ。実際にその人物が鍵を締めに来なくてもAIに命令すればいいだけだから、オレたちに見つかるリスクはないはずだしな」
「どうしてそんなことをするんだろう?」
一瞬地下室で呼吸ができなくなったときのことを思い出して体が寒くなる。
見えない誰かは私達を地下室におびき出して一網打尽にするつもりだろうか?
いや、それならさっきの段階でできたはず。
考えれば考えるほどにわからなくなっていく。
「もしかしたらその人物は、見つけてほしいと思っているのかもしれないな」
「見つけてほしい?」
それなら普通に姿を見せればいいだけじゃないか?
そう思ったけれど、良が階段を下り始めたのでこの話は途切れることになったのだった。
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