第5話 完成する
結局なにもできないまま1時間が経過していた。
その頃には一志が目を覚ましていたけれど、隣に真由美がいることで落ち着いた表情を見せていた。
「佳代!!」
スピーカーから《制限時間終了です》と聞こえてきてから私と良はすぐに保健室を飛び出して相談室へやってきていた。
戸を開くとすぐそばに立っていた佳代が倒れ込むようにして廊下へ出てきた。
全身ビッショリと汗をかいていて、体温が高い。
「佳代、大丈夫?」
「大丈夫……」
弱々しい声を聞いて不安になるけれど、相談室のテーブルの上には沢山の鶴が置かれているのが見えた。
まだ折れていない折り紙はひとつもない。
「佳代すごいよ! 全部折ったんだね?」
「うん……。わたし、みんなの迷惑になりたくて……頑張ったよ」
微かに微笑んでそう言った佳代がそのまま目を閉じてしまう。
両腕にかかる重みが増して、良が慌てて駆け寄ってきた。
《これで長倉佳代さんは夢に近づきました》
AIが淡々とした声で告げる。
「一旦保健室へ運ぼう」
良の言葉に頷き、私たちは軽い佳代の体を抱き上げて歩き出したのだった。
☆☆☆
保健室に入っていくと一志が上半身を起こして、その横に真由美がついていた。
「佳代は大丈夫なの?」
「うん。気を失っているだけだと思う」
佳代の体を一志の横のベッドに横たえる。
「佳代は千羽鶴を折らされたんだって? 真由美から聞いた」
一志の言葉に私は頷いた。
「でも、佳代はそれをやってのけたんだよ。病弱なのにすごく頑張ったんだよ」
私は棚から新しいタオルを取り出すと少し濡らして佳代の額に置いた。
1時間も集中していたから発熱しているけれど、横になっていればよくなるはずだった。
「これから先もこんなことが続くのかしら」
真由美が不安そうな表情になっている。
一志が真由美の肩を抱き寄せて「大丈夫」と安心させようとしているけれど、真由美の顔は青白いままだ。
「これで終わると思う?」
私はなにか考え込んでいる良へ向けて聞いた。
良は顔をこちらへ向けて首をふるだけだった。
一志と佳代だけがひどい目に遭う理由がわからない。
それなら、ここに閉じ込められている全員がターゲットになっていたほうがまだ納得のできることだった。
「夏季の夢は教師だったよな?」
「うん。良はみんなのために役立つことがしたい。だったよね?」
「あぁ。それから真由美はモデル。オレの夢だけ曖昧なんだよな」
「それなら佳代の夢も同じようなものじゃない? 佳代にとって健康になりたいっていうのは本心からの夢だけど、私達からしたらあまりピンと来ないし。きっと、どんな夢を持っているかは関係ないんじゃないかな?」
曖昧な夢である分、なにが起こるのか予測できない恐怖心はある。
もしも次が良の番だとすれば、一体どんなことをさせられるのか。
考えてみても検討もつかなかった。
「少し、立ち上がってみる」
私と良がこそこそと会話している間に、一志がベッドから降りようとしていた。
両足の先には包帯が巻かれていて痛々しいけれど、もう出血は停まっているみたいだ。
「無理しないでね?」
真由美が声をかけながら肩をかしている。
一志はそろそろと両足を床につけて立ち上がった。
体重がかかった瞬間顔をしかめたけれど、その後は一歩また一歩と前に進んでいく。
「なんとか大丈夫そうだな」
一志がホッとした様子で微笑んで真由美と目を見交わせた。
思っていたよりも怪我は大きくないのかもしれない。
これならちゃんと治療すればまたサッカーに復帰することもできそうだ。
「よかった。一志が歩けなくなったらどうしようかと思ってた」
真由美が今まで黙っていた不安を口に出す。
すると次から次へと感情が溢れ出してきたのか、涙が止まらなくなってしまったようだ。
「心配かけてごめん。でも俺が歩けなくなることはなさそうだな。心配なのは――」
一志がそこまで言ったときだった。
ジジッとスピーカーから音が聞こえてきて咄嗟に身構えた。
佳代が成功したから、次のミッションが始まるのだ。
次のターゲットになるのはおそらく私か真由美か良の誰かだ。
自然と緊張感が生まれて保健室の中の空気が張り詰めた。
《続いての夢をお手伝いさせていただきたいと思います》
AIの言葉使いは丁寧だ。
だからこそ余計に悪意を感じて、背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。
誰もがかたずを飲んで次の言葉を待つ。
《中谷真由美さん》
呼ばれた真由美が一瞬息を飲み、次にきつく目を閉じて一志の肩に顔をうずめた。
一志も切ない表情でそれを見つめている。
《次はあなたの夢をお手伝いします。廊下へ出てください》
そう言われても真由美は動けなかった。
これから自分に降り掛かってくることを考えると、体がかたまってしまっていうことをきかない。
「真由美、言う通りにしないと電流を流されるぞ」
一志が腕輪を少しずらして真由美に見せる。
真由美の美しい体にあんな痛々しい傷ができるところなんて、誰も見たくはなかった。
真由美はぐすぐすと涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。
一志が痛む足を引きずりながらその横に寄り添った。
佳代をのぞいた全員で廊下へ出てみれば、そこには真由美の身長と同じほどの高さのある平均台が設置されていたのだ。
「なにこれ……」
思わず呟き、後退りをした。
平均台は高さがあるだけでなく、廊下の端から端までの長さがある。
見たことのないほど長いものだったのだ。
《モデルを夢見ている中谷真由美さん、ワタシにおまかせください! モデルになるために美しい歩き方を練習するため、平均台を用意しました》
「こんなの高すぎるわよ!」
真由美が反論するが、AIは聞く耳を持たない。
《端から端まで歩いてください》と、命令を出すばかりだ。
真由美は渋々と平均台の端まで歩いていくと、そこでなにかを見つけたようで戸惑った表情を浮かべている。
《そこに用意している靴に履き替えてください》
「靴ってこれ、ヒールが10センチはあるわよ!?」
真由美が手に持ってみせたのは真っ赤なハイヒールだ。
ヒールの高さは真由美が言う通り10センチはありそうなほど高い。
あんなものをはいて平均台の上を歩くなんてできっこない。
「こんなのできない! 私やりたくない!」
ハイヒールを壁に投げつけて講義する真由美。
「そんなこと言ったらダメだ真由美!」
すぐに一志が叫んだけれど、一歩遅かった。
AIは真由美の腕輪に電流を流したのだ。
「う!」
短い声を上げてその場にうずくまってしまった。
すぐに駆けつけて確認すると、腕がうっすらと赤く染まっている。
それでもミミズ腫れまではできていないので、手加減しているのがわかった。
「真由美頑張って」
今はそれしか言えない。
指示に従わなければもっと痛い目に遭うからだ。
「なんでこんなことしなきゃいけないの? 私、なにか悪いことをした?」
グズグズと泣きながら真っ赤なハイヒールに足を通す。
スラリとしたスタイルの真由美によく似合っている。
が、ここから身長ほどある高さの平均台に乗って端まで歩かないといけないのだ。
それは至難の業だった。
「真由美頑張れ」
これは良の声だった。
私達には応援することくらいしかできない。
「ここにいるから」
階段を使って平均台の上に乗った真由美に一志が下から声をかけた。
今真由美は頭が天井についてしまいそうな高さにいる。
足元はバランスの悪い細いヒールで一歩前に進むごとに真由美の体がグラグラと揺れた。
「大丈夫だから、ゆっくり、ゆっくり」
平均台の下で一志が声をかけて一緒に移動していく。
真由美の額から冷や汗が流れ、それが顎を伝って平均台の上に落ちた。
そこに右足が乗った瞬間、真由美が体のバランスを完全に崩してしまっていた。
「イヤア!!」
悲鳴と同時に平均台から落下した真由美が右半身を打ち付けてしまった。
「真由美! 大丈夫か?」
一志が駆けつけるよりも早く冷たい声が聞こえてきていた。
《落下した場合は最初からになります》
「ちょっと待てよ! こんなことを最初からやらせるのか!?」
真由美の体を気遣いながら一志がスピーカーをにらみつける。
真由美はどうにか立ち上がったけれど、ヒールをはいたまま落下したせいで足首を痛めたみたいだ。
「一志、私大丈夫だから」
そう言うもののヨロヨロと2、3歩歩いては壁に手をつけて休憩している。
そんな状態で最後まで歩けるとは思えなかった。
「一志だって最後まで頑張ったんだもん。私だって頑張らなきゃ」
真由美は自分自身に言い聞かせるようにそう呟いたのだった。
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