第2話 閉じ込められる

佳代に出された宿題をすべて終えたころ、学校内は静かになっていた。

居残りを開始して1時間くらいしか経過していないから、部活動はまだやっているはずなのに。

少し疑問に感じながらもひとまず大きな問を終えたことで心が軽くなっていた。


おまけに一志がコンビニでアイスをおごってくれるというのでワクワクしている。

「よし、じゃあ行くか」

帰る準備を終えて5人でゾロゾロと教室を出ようとしたそのときだった。

開きっぱなしにしていた戸が突然ピシャリと閉まってしまったのだ。

その後カチャリと自動で鍵がかかる音が聞こえてくる。


「なんだ?」

良が首を傾げつつ戸に近づいて開こうとする。

けれど戸はしっかりと締め切られてしまって開かない。

「ちょっと、なんなの?」


真由美が近づいて鍵を開けようとしているけれど、それもビクともしていない。

「AIが勝手に施錠したんじゃないかな? この教室にはもう誰も残っていないって判断して」

佳代が眉を下げて呟く。

確かに、教室はいまや見回りの必要もなく勝手に戸が閉まって施錠されるシステムになっている。


だけど、腕輪がついている人間が教室内にいれば施錠はされないはずだ。

廊下側の窓を確認してみたけれど、こちらも施錠されてしまっている。

その上すりガラスになっているから外の様子はわからない。


「もしかしてシステムエラ-とか?」

私が聞くと佳代が「たぶん」と、うなづいた。

それならエラーを直さなければ教室から出られないことになる。

私はすぐにスカートのポケットからスマホを取り出した。


手のひらサイズまで小型になったそれで職員室へ電話をかける。

けれど何度ためしてみても誰も出てくれなかった。

「職員室には誰もいないみたい」


「困ったな」

良が頭をかいたときだった。

廊下からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。

とっさに5人でドアに近づく。

「おい、誰か残っているのか?」


この声は担任の先生だ!

ホッとして隣に立つ佳代と目を見交わせて微笑む。

「先生、ここです! 勝手に戸が閉まってしまったの!」

真由美が声を上げる。


「大丈夫か? 今開けるからな」

そう聞こえてきた直後にカチャカチャと鍵を探す音が聞こえてくる。

AIで自動施錠できるが、担任や顧問の先生たちはちゃんと鍵を持っているのだ。

「あぁ、よかった」


佳代がそう呟いたときだった。

廊下からドサリと重たいものが落ちるような音と、チャリンと鍵が遠くに投げ出されるような音が聞こえてきたのだ。

「先生、どうしたんですか?」


私はドアへ向けて声をかける。

けれど返事は聞こえてこない。

「先生? 返事してください」

良も声をかけるけれどやはり結果は同じだった。


しばらく沈黙の時間が続いたあと、今度はブーンと低い機械音が近づいてくる。

これは日常的にあらゆる場所で聞いたことのある音だから、すぐになんの音かわかった。


「これってお掃除ロボットの音だよね?」

私の問いかけに他の4人もうなづいている。

家庭用の小さなものではなく、業務用の大きなお掃除ロボットの音だ。

掃き掃除吹き掃除はもちろん、モニターで外の様子を確認して大きなゴミでも自動で運んでくれる機器だ。


それが先生が立っていた辺りで止まるのがわかった。

「もしかして先生を運ぼうとしてるの?」

真由美がハッと息を呑んで呟いた。


「そんな、お掃除ロボットが先生とゴミと間違えるなんてこと、ありえねぇだろ」

一志はそう言うが、お掃除ロボットはとどまったまま動く気配を感じない。

「ねぇなにしてるの? ここの鍵を開けられない?」

佳代が声をかけるが、お掃除ロボットは反応しないみたいだ。


しばらくその場にいたお掃除ロボットが再び機械音を発しながら動き出した。

と、同時に今までびくともしなかった窓からカチャリと音が聞こえた。

右手を伸ばして開いてみると、窓がスッと横へ動く。

「窓が開いた!」


良がすぐに窓を前回にして廊下の様子を確認した。

「先生!?」

良の横から廊下を見てみればそこには倒れている先生と、先生を運ぼうとしているお掃除ロボットの姿があった。


「先生どうしたの!?」

真由美が驚きの声を上げる。

みんなで声をかけてみても先生は目を開けなかった。

そのままお掃除ロボットが先生の体を持ち上げて運んで行ってしまったのだ。

「後を追いかけよう!」


良が窓枠に足をかけて廊下へと飛び出した。

私たちもそれに続いて廊下へと出る。

全員が教室から出たときにはもう、お掃除ロボットと先生の姿はどこにもなかった。

「あのお掃除ロボット、どこへ行ったと思う?」


良からの質問に私はゴクリとつばを飲み込んだ。

通常お掃除ロボットは大きなゴミを回収するとその後学校専用の粗大ゴミ置き場へと向かう。


大きなゴミを運ぶのには時間がかかるから、各階にゴミ置き場へ直接ゴミを投入できるスロープが備え付けられているのだ。

けれど、そのスロープは人間が使っていいものではない。

中は暗黒、途中でゴミが引っかかっていないとも限らない。


そんなところに先生が入れられてしまったら……!

考えただけでサッと血の気が引いていく。

大怪我だけじゃすまされないかもしれない。


そう思った瞬間体が勝手に動いていた。

大急ぎで2階のスロープへと走る。

けれどそれよりも先の廊下を遮断するようにシャッターが下り始めていたのだ。

目の前に迫る灰色のシャッターに思わず足がゆるんでしまった。


ガシャンと大きな音を鳴らしてシャッターが下まで下りてしまう。

呆然とする暇もなく同じ音が立て続けに聞こえてきて振り向いた。

廊下の反対側も同じようにシャッターが下りているのだ。


「なにこれ……」

後ずさりをして灰色の壁を見つめる。

これは火災などがあったときに自動で下りてくるシャッターで、なにもないときに使われるものじゃない。


さっき教室が勝手に施錠されたことといい、今日のAIはどこかおかしい。

良が一歩前に出てシャッターを無理やり上げようとするけれど、ビクともしない。

次第に冷や汗が額ににじんできた。


「私、反対側を確認してくる」

そう言いおいて廊下の反対側まで走った。

近くにいた佳代があとからついてきて一緒にシャッターを上げようと手伝ってくれたけれど、こちらも少しも動かない。

「なにかの原因でAIが暴走しているのかも」


シャッターから手を離して佳代が呟く。

「そんな。私たちここに閉じ込められちゃったの?」

「わからない。けど、先生が急に倒れたのは鎮静剤を打たれたからだと思う」

佳代の言葉に私は自分の右腕に光る腕輪を見つめた。


月に一度メンテナンスが行われるこの機器には様々な用途がある。

パニック状態になった人を一旦鎮めるための役割があってもおかしくはない。

「でも、先生は別にパニックになってはなかったよね?」


「うん……」

佳代はそのまま黙り込んでしまった。

「くそっ! どうなってんだよ」


一志が廊下の窓へと近づいて外の様子を確認している。

同じように外を見てみると、グラウンドにはもう誰も残っていないことがわかった。

普段ならまだ部活動をしている時間なのに。

「とにかく、助けを呼ばないといけないわよね」


真由美が青ざめた顔で言う。

しかし、外が見えている窓もしっかりと施錠されてしまっていて開くことができなかった。

「スマホも使えないんじゃ助けを呼ぶのは難しいな。よし、模造紙にSOSを書いて窓に貼り付けてみよう」

良がそう提案して2年A組に戻ろうと窓枠に手をかける。


その瞬間、窓がバンッと音を立てて閉まったのだ。

寸前のところで手を引っ込めて良が目を丸くしている。


「今の危なかったな。手がちぎれるところだった」

一志が良の腕を引いて教室の窓から離れた。

みんなも一歩ずつ教室から離れる。

そこに近づくとなにか恐ろしいことが起こるとでもいうように。


「紙にSOSを書くのは無理か」

良は落胆した声で言い、外の見える窓へ視線を移動させた。

同時に「すりガラスになってる!」と叫んだ。

振り向けばさっきまで普通の窓だったのが白く濁っている。


真由美が近づいていき、指先で窓に触れた。

窓の表面を拭うと筋ができる。

「すりガラスじゃないわ。これ、曇っているのよ」

真由美が指を離すと瞬時に筋は消えていった。

窓の下から生暖かな空気が出てきているのがわかる。


それは肌に絡みついてきて不快だけれど、幸い空調は正常に動作を続けているようで暑さがこもるようなことはないみたいだ。

「これってどういうこと? AIの暴走っていっても、ちょっとひどいよね?」

佳代へ向けて言うと佳代もコクコクと頷いた。


その額には冷や汗が浮かんできている。

「どうしてこんなことになってるのかわらかないけど、どうにかしてAIを正常に戻さないと学校から出られないかもしれない」

早口に説明する佳代に深い溜息が漏れた。

AIを正常に戻すと行っても今はこの廊下から外へ出ることも、教室の中へ入ることもできない。


この状況をどうにかして打開する必要があった。

「そうだ! この学校のAIって声にも反応するんじゃなかったか?」

思い出したように言ったのは一志だった。

確かに音声で使うこともできるようになっているけれど、それはごく限られた先生たちのみだ。

私達生徒の声にはいちいち反応してくれない。


だけど一志は「やってみないとわかんねぇだろ」と、いろいろな声を真似してAIに命令し始めた。

「AI,シャッターを上げろ! AI,シャッターを上げてほしいんだけど?」

低い男の声だったり高い女の声だったりするけれど、そんなことで反応するはずもなかった。

どれだけ待ってもシャッターはびくとも動かない。

「どうすりゃいいんだよ」


一通りの出せる声でチャレンジした一志が疲れ切った様子でその場に座り込んでしまった。

廊下に閉じ込められてもう20分は経過している。

他のメンバーたちも恐れや疲労と言った変化が見え始めていた。

まだ20分だからこれで済んでいるけれど、このまま1時間も2時間も閉じ込められてしまったらどうなるかわからない。

最悪の事態を考えて体が寒くなるのを感じた。



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