お霊参り
珈琲
また明日 上
「おばあちゃんが死んじゃったから、○○日は開けて来てね」
そう言った母の声は、重いようで淡泊な声だった。
まるで事務作業を耽々と進めるかのような、面倒くさげな声色をしていた。
まぁ、父方の祖母だから少しは致し方ないだろうけど。
「わかった」
俺は一拍置いて、了承した。
「ただその日、午前は外せない用事があるから午後から行く」
「はいはい」
スマホの通話が切れて、改めて深呼吸をした。
これまで散々言われていたことだ。年末の段階で年は越せないだろうと言われていたから、少しは伸びたのだろう。
だけれども、それでもなんだろうか。
一人暮らしの部屋の中で、嘆息を吐く。
窓の奥から見える雪景色に、少しだけナイーブな気持ちになる。
なんというか――――――――――。
########################################
「最寄りに△△分に着きそう」
「わかった。上のお姉ちゃんが車出してくれるから、その足で葬儀場まで来てくれる?」
「了解」
電車の中で母親からのメッセージに返信する。
姉二人は祖母が亡くなったことに対してどんな反応なんだろうか。
次姉は少しは祖母に可愛くしてもらっていただろうが、俺と長姉は違う。
決して毛嫌いされていた訳ではないが、ここ数年はあまり会話もできていない。
祖母が認知症になってからは、祖母は俺や姉の顔さえ忘れてしまっていたのだから。
電車の中でぽつりとこぼす。
「年取るって嫌だなぁ……」
そんなことを考えながら暫くすると、俺は最寄り駅についた。
改札から出て、見覚えのある車がないかを探す。
「――――あぁ、居た」
車を見つけて、助手席に乗ろうとする。
「えぇユウキ、運転代わって」
「えぇぇぇ…………めんどくさ」
「もう疲れたの」
はぁ、と長姉が溜め息まじりにそう言う。
俺はそれ以上聞くことはなく、運転席の方に出向いた。
長姉はとても疲れたように、眉間に皺を寄せている。
「葬儀場は?」
「案内するからいいよ。でもその前にコンビニ寄ってこ。お昼食べれてない」
「了解。俺も食ってなかったし、ちょうど良いや」
そうしてエンジンをかけて、近くのコンビニまで向かう。
「お母さんとお父さんは?」
「お父さんは喪主だから葬儀場。リサと一緒に」
「リサって……それ面倒なことにならね?」
「そりゃなるわよ。ていうか今なってる」
「ああ……」
次姉――――リサは葬儀屋で働いていたことがある。かつ、割と出しゃばりな性格だ。
長姉が頭を抱えるのも無理はない。
「お父さんはリサに連れられて面倒な話に巻き込まれてるし、お母さんは叔母さんの家族と話してる。私は葬儀屋の人たちのお茶出しで手一杯。家にすら帰れてないの」
「午前中そんなに悲惨だったのか……」
「葬儀屋で一旦おばあちゃんの顔見たら、一緒に家帰ろ」
「おっけ」
恐らく葬儀屋に全員いるのだろう。久々に従兄弟と顔を合わせるなぁ。
元気にしてるかな。
祖母も――――生きてる内に見たかったな。
涙を流すほどではないけど。なんだか――――。
うっすらと寂寥感を感じて、葬儀屋に着く。
「あぁユウキ、こっちこっち」
長姉に連れられて親族の控室に向かうと、母親が静かに俺を呼ぶ。
表情はとても普通で、でも僅かに少し不満げのあるような。
決して良くは思っていないような顔をしていた。
手招きされて向かった先には、叔母と従兄弟がくつろいでいた。
控室に着くなり、長姉は大きく嘆息を吐いてソファに向かう。
「あぁユウキくん! こんにちは」
「――――叔母さん、こんにちは」
「大きなったねぇ。今大学生?」
「はい、もう四年で。次社会人です」
「そっかそっか。ごめんね、こんな時期に呼んじゃって」
「いえいえ! ――――それより、」
「あぁ、おばあちゃんね、向こうの部屋に」
叔母さんと母に案内されて、祖母がいる部屋へ向かった。
次姉と父が見当たらないことから、恐らく別室で葬儀屋の人と話しているのだろう。
今は祖母の兄弟姉妹は見当たらない。夕方から夜にかけて続々と来るのだろう。
言葉足らずの家族から、状況を察するのには少し長けていた。
思うところはある。が、それよりも一旦、悲しませて欲しかった。
「こっち」
「うん――――――」
部屋の扉だけ開かれて、あとは俺だけが入る。
顔は見えない。
白い装束で、いつも動いていた身体はぴくりとも動かなかった。
それを一目見た瞬間に理解し、心臓が縮む。
「――――」
近くで、正座する。
何を考えればいいか分からない。
何をしてあげていれば、俺は満足していただろうか。
涙は出てこない。考える脳はしんと静まった凪のように落ち着いていた。
俺は目を閉じて、合掌する。
「年を取るって、――だなぁ」
そうして、目を開けた。――――瞬間だった。
########################################
通夜は六時からのようで、それまで長姉と母とともに実家に帰った。
「つっかれたぁ…………」
長姉がソファにくつろぎ始める。俺はそれを半眼を向けながら手洗いをしていた。
母は溜まっていた家事をするために、今は廊下を奔走している。
俺は手洗いを済ませ、近くにあった椅子に腰かける。
やっと実家に帰れて、ほんの少しだけ気持ちが和らぐ。
かといっても、まだ葬儀屋には次姉と父親がいる。恐らく通夜が終わるまで二人は帰ってくることは難しいだろう。俺達が帰れたこと自体が僥倖だ。数時間と言えど、今のうちに休んでおくに越したことはない。
俺は大きな溜息を吐いて、今後のことについて長姉に質問する。
「知らんわよ。お母さんかお父さんに聞いて」
「どうせ母さん知らんでしょ……父さん今ここにいないし」
「じゃあ葬儀屋戻って聞いてくれば?」
「えぇ……それは違うじゃんか」
ここまでずっと切り詰めていた家族に聞くのもやむを得ない。
けれど聞かねばこの先のことなど分からない。
このままテキトーに言われるがままに動いている方が楽だろうか。
だけれども…………――――。視界をスマホに移して、暗い画面の先を覗く。
長姉はとにかく面倒がっているのは見て取れた。それが葬儀に関することではなく、家族の動き方についてなのも理解できた。そしてそれの根幹にあるのは恐らく次姉だ。
母はまるで興味がない様子。帰りもとてもどうでも良い様子で、そっけない態度を取っていた。だが利己的な性格だ。時間のかかることは好まないだろう。この機嫌が明日の夜まで保てばいいのだが。
母がリビングに戻ってくると、その会話を聞いていたのか一つ提案をする。
「ならお父さんに喪服持ってってあげてよ。どうせ帰ってこないしお母さんたちが持ってくより荷物減って都合が良いんだし」
「えぇでも車どうすんの」
長姉が異を唱える。
「あっちに車二つ置くと私たち行けなくなるじゃん」
「それはユウキがもう一回戻ってこればいいじゃない」
「――――あぁ、それでいいよ。どうせすぐ戻ってくるし」
「――――……ふぅん、そ」
何か言いたげな様子だったが、長姉は食い下がることなく口を結った。
おおよそ「ガソリン代がもったいない」とか「往復時間がもったいない」とでも言いたかったのだろう。
その不貞腐れた顔を一瞥して、再度上着を羽織る。行かせたいのか行かせたくないのかどっちだよ、と思いつつ俺は鍵を手に取って母に言われるがまま父の喪服を用意する。
ほんの少しでも、一人の時間ができるのなら心の余裕ができて都合がいい。
「じゃ、行ってくるから。すぐ戻るよ」
「はいはい」「…………」
久々に会ってこれかよ、と改めて思いつつ、扉を閉める。
車のドアを開けて、運転席で再度大きな溜息を吐いた。
祖母の死なんて何とも思ってない様子の二人。
まぁ、母からしてみれば義母だし、長姉は社会人になって数年だ。それ相応の心の整理なんてできているだろう。それに、俺や次姉と違って先に家を出て行ってしまったんだ。最近の姿で会う機会なんて俺達より少なかっただろう。仕方ないんだ。
そう、仕方ない。
「…………はぁ」
ふと、冷たさを感じる。
けどあのもう熱は感じることはできなくて――――天を仰いだ。
「あぁぁぁぁぁ~~~…………」
自分の体内にある熱が、じんわりと広がっていく感覚がした。
――――数分後、車を走らせた。
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