その海、まだ名もなきままで
柊野有@ひいらぎ
夏、薄明【本棚】🎐【三題噺 #105】
舟影に、占い灯す
上野のアメ横で、ぎゅうぎゅうの人混みをかき分けながら、ジーンズショップを冷やかして歩いた。
ふと、視線を感じて振り返る。
──『占』と書かれた灯り。
細長い業務用テーブル、鏡、黒布の上にコインとカード。
「あんた。ちょっと、ここ座んなさい。溢れてるよ、それ」
「……俺の運?」
半笑いで、篠原拓海は椅子に腰かけた。
仕事の合間、ちょっとくらいなら、と。
「あんたは、紅艶殺って星、持ってるね」
「なんすか、それ」
「人を惹きつける魅力の星よ」
「俺、すぐ別れるんすけど?」
「惹きつけた後が悪いわ」
「人生振り回されっぱなしっす」
茶化してみせた。
「たとえばさ」と、占い師は手元のコインを弄ぶ。指先には深い紫のネイル。
「人生は、海原を運ばれていく舟に近いの。大運はご先祖由来の生まれ持って与えられた舟、その舟には一年ごとに風が吹く。それに家族との関係、それが運。
その風をどう受けて、いつ帆を張るかっていう選択ね」
篠原はあごに手を当てて、ふうん、と真剣に聞いた。
「風を読めってことっすか?」
「そう。止まっても焦らず流れに任せれば、思わぬ港に着くこともある」
「へえ。それが同性でも?」
「それがあんたの舟ならね」
風が吹いた。甘いチョコバナナの匂いが鼻先をかすめる。
「芸能人の運で説明するわね。あんたの持ってる、紅艶殺はね。芸能人のマストアイテムのひとつよ。
この星を支える本人の土台のエネルギー量によって変わってくるの。
弱い土台に強い星が乗ると溺れてしまうわね。物事は陰陽、つまり裏表で関わっていて、それがよく出たり、命に関わったりする。
天刑と言う星を乗せてると、事件に巻き込まれたり怪我をしやすくなる。
光を浴びるほど、影も深い。同性でも異性でも目を離せなくなる。嫉妬、執着、時に破滅」
「こわっ」
「たとえば、野球のSOさん。生まれの星は至って普通。でも『大運』が特別仕様、石ころひとつない道。ひなた続きの人生よ」
「怪我やスキャンダルがあったとしても?」
「そう、本人は現役の間、ひなたを歩くわね。
一方、今どきの役者MSさん。天将星を二つ、紅艶殺、宿命天中殺まで抱えてる。
きらびやかだけど、35歳過ぎから翳りが出るかも。
天中殺の影響を理解し、独自の生き方を模索するのが大切ね。苦労を乗り越えることで、また光る。……人生は修行なの」
「修行っすか?」
「星はね、みんな生まれた時にそれぞれが選んで持ってきているの。先祖の因縁からくるものね。因果応報。先祖は自分自身。
変えられない悪いものは何もないけど、変わらないものは、ひとつだけ。愛のエネルギーによって人は生きているの。良くなるも悪くなるのも、自由。
人は、あらゆる体験をするために生まれてきたのよね。……次は、あんたの番よ」
「そうゆうの、わりと好きっすよ」
スマホの振動に気づいて立ち上がり、文字を追い、振り返ると、人混みの中に灯りは、なかった。
占い師も、露天商も、すべて幻のように消えていた。
その海、まだ名もなきままで 柊野有@ひいらぎ @noah_hiiragi
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