新築ボロアパート、悪魔メイド付き。

阿堂リブ

第1話「悪魔城の権利を買い取りました」




「……はい?」


 薄暗い黒霧に包まれ、山奥にひっそりと存在する古城。

 私、この悪魔城で主に仕えるメイドである「フェリチア=ヴァーミリオン」は、目の前の眼鏡を掛けたスーツ姿の男に書類を提示された。


「……なにをおっしゃっているか分からないんですが……」

「ですから、この悪魔城ですが、王国が買い取らせて頂きました。フェリチアさんに置かれましては即日退去をお願いいたします」

「退去!?!?」


 いや、この館で従僕として仕えている私が何故に退去せねばならんのか。


 1000年ほど前に、我が主「ドラルクシア=ミッドガル」様が、貴族の勢力争いに巻き込まれて呪いを受けて悪魔となった。

 以来、悪魔として人類の脅威となられた我が主が、帰属していた国を手ずから滅ぼして、この”悪魔城”が生まれた。

 主人に仕えていた執事、メイドらは全員が悪魔となりて付き従った。

 それからというもの、別の王国が立ち上がったり、なんだかんだあって1000年ほど経って今がある。


 ありえない。と思った。

 誇り高きドラルクシア様が、この悪魔城を売り払う???

 いや、ありえない。この目の前の不躾な人間を喰い殺し、そのようなことを二度と言えないようにしてやろう。

 そう思い立ち、爪を伸ばして凶器と変えると……目の前の眼鏡の男が目を光らせた。


「ほう? 契約書に記載された事項をよくお読みにならずに手を出すと?」

「誇り高き主様の城を土足で踏み入る愚か者の弁など聞き耳持ちません」

「血気を荒立てても建設的に物事は進みません」


 一触即発。

 私の身体能力であれば、この男のそっ首などいかようにも取れる。

 そもそも、前回生き血を飲んだのは幾ばくか前か……そう思うと目の前の獲物が極上のように思えてくる。

 いかにも健康そうな体躯、痩せてはいるものの男らしく服越しにも肉質がうかがえる筋骨、こちらを射貫くような鋭い目つき、しかし見目は麗しく、それゆえに実に美味そうだ。

 舌なめずりをし、主への侮辱、いかんとしてやらんばかりかと考えていると「やれやれ」と男が肩をすくめる。


「ドラルクシアさんから何も聞いていないのですか?」

「はい?」


 唐突に我が主の名前があがり、素っ頓狂な声が出る。


「そちらにはドラルクシアさんのサインが入っていますでしょう?」

「……。」


 そういわれて契約書と書かれた紙を受け取り、読む……。

 読むのだが……ここで、ある一つの疑問が頭に浮かんだ。


「……ドラルクシア様の筆跡ってこんな感じでしたっけ……?」

「……えぇ?」

「いや、仕方がないではないですか。ドラルクシア様がお出かけになられてしばらく経つのですから」

「ちなみにどのぐらい?」

「さぁ? 軽く50年ほどではないでしょうか?」


 目の前の眼鏡が絶句している。

 なんか不思議そうな目で見られて不快だったので、こちらも睨み返す。


「なんでしょう?」

「流石に気が長すぎるでしょう」


 人の寿命と一緒にされても困る。


「仕方がないではないですか。日光当たると私死んじゃいますし」

「試してみました?」

「そんなことしたら死んじゃうじゃない!!!」

「いや貴方吸血鬼じゃなくて悪魔の方ですよね。ドラルクシアさんは普通に日中出歩いていますよ」

「え?」


 そう言われて、普段は日光が入ってこないように全部の窓が締められているエントランスに、唯一開けられた眼鏡の男が入ってきた玄関を見やる。

 ……試してみよう。


 恐る恐る指を差し出す。


 すっ、すっ……………。


 な、なんともない。


「もしかして、私、進化した……日光の下に出られるように……???」

「鬼〇の刃の妹さんみたいなことになってますね」

「なにそれ?」

「あ、そうですよね知らないですよね」


 何を言っているのか分からないが、とりあえず馬鹿にされてることは分かった。

 やっぱり殺そうか?


「そういえば、貴方、名前はなんというのでしょうか?」


 とりあえず殴る相手の名前ぐらいは知ってから殴ることにした。

 すると「これは失礼しました」と胸ポケットを探りながら、彼は軽く一礼し、一枚の紙を差し出してきた。


「私、こうゆう者です」

「……株式会社イルミナティカンパニー代表取締役社長……”三浦 夏樹(みうら なつき)”?」

「はい。ドラルクシア会長から社長職を任命されましてね。その当人が私になります」

「ドラルクシア……会長……?」

「ご存じなかったんですか?」


 いつの間に、そんなことになっていたのか分からずにぽかんと口を開ける私に三浦は手を振っている。

 私と古城を置いておいて一体なぜそんな会社を立てたりなど。


「そ、そもそも何故古城が貴方が購入することに……?」

「いえ、私が未婚の身の上であることを会長に知られましてね。どこかに良い人が居ないものかと呑みの席で相談した際、この古城のことを思い出したらしく……」


 そういわれて、がくりと膝から崩れ落ちる。

 ドラルクシア様……私のことすっかり忘れてた……。

 打ちひしがれていると、頭の上から声を掛けられる。


「ドンマイ」

「うるさいですよ」


 マジで今とてつもなく殺意が沸いた。


「まぁそうゆうわけですので、即刻退去をお願いします。内装は綺麗に管理が行き届いておりますが、やはり老朽化が激しいですから」

「お待ちください! 私は一体どうしたら!?」

「知りませんよ」

「お前ホント殺しますよ!?」


 私が叫ぶと、この鬼畜眼鏡男はケタケタと笑っていた。やはり私をからかっているようだ。


「冗談ですよ。ドラルクシアさんから貴方のことを頼まれています」

「え……」


 まさか、ドラルクシア様……この鬼畜眼鏡に付き従えとおっしゃったのですか!?

 普通に嫌ですけども!

 私が露骨に嫌そうな顔をしていることを分かっている目の前の男は、やれやれと一枚の冊子を手渡してきた。


「はい、こちらドラルクシアさんから預かっています令状です」

「……げ、マジでございますか」

「はい、マジです。まぁでも……」


 そこで一度眼鏡をかけなおした三浦は、ふっと笑った。

 なんとも大人びた笑顔を携えており、一種の男の色気というものを、この若干20半ばの男は持っている。


「フェリチアさん。貴方に苦労は掛けさせないと誓いますよ。ちゃんと代わりの住居については用意があります」


 そう言われても納得はしづらい。今までほとんど外に出たことがなく、上手く生活出来るか不安が残る。

 不安そうにしている私を見て、目の前の彼は眼鏡を光らせた。


「では、貴方にハウスキーパーのお仕事を紹介します。それであれば現代の社会経験というものがなくても大丈夫ではないでしょうか」

「ハウスキーパーですか? それはどんなお仕事でしょうか」

「メイドの別名みたいなものです。主従関係というものではなく、あくまでホストとキャストという平等な立場になります。これであれば貴方の誇りを傷付けずにすみます」

「なるほど……」


 この男なりの心遣いなのだろう。

 どうやらドラルクシア様のこともよくわかっていると言わんばかりに私たち悪魔のことを心得ているようだ。

 社会経験がないと決めつけられているところは癪に触るため、いつかガッツリと外の世界に馴染んでやろうと思った。


「では、契約成立でしょうか?」

「ドラルクシア様の命であるならば、致し方ありません。……貴方と契約して差し上げましょう人間」

「ふむ……」

「……?」


 目の前の眼鏡が突然考え込むようにして黙る。

 反応を待っていると「よし」と言って指を立てた。


「私のことは”ナツ”と気軽に呼んでください。フェリチアさん」

「フェリで大丈夫です」

「では、ドラルクシアさんのところまで送迎いたしますので、参りましょうか」


 そういわれて手を差し出される。

 エスコート?ということなのだろうが、私はその手を無視して前を歩く。

 空しくなったその手で恥ずかしそうに首を掻くと、私の後ろをついてくる。

 この日、およそ1000年ぶりに、悪魔城の外の世界に繰り出すのだった。




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