第5話
翌日からルーカスは学校に来なくなった。
アシーナたちはルーカスに話を持ち掛けようと彼らの教室に行くのだが、いつもいるのはロナルドだけで、ルーカスの姿はなかった。
アシーナがルーカスの行方を聞くが、ロナルドは軽口をたたくだけ。
「君の婚約者は私だよ。なぜルーカスを探すの?私と話をしようよ」
いつもの軽口、けれどもアシーナはロナルドがどことなく陰を抱えているようなそんな印象を受けた。
「……どうしよう」
「うん」
アシーナ達は八方塞がりだった。
しかしロナルドから接触されることもなくなった。
嫌がらせもルーカスと戦った日からぴったり止んだ。
どうやら嫌がらせを続けると、物理的に酷い目にあう可能性がある、そんな噂が広まったようだった。
アシーナは何度も投げられ、何度も立ち上がった。
ルーカスが強いことは知られていたが、それに立ち向かえるアシーナの評価も高まった。もちろん互角に渡りあったベルに関しては怯えの視線を見せるものもチラホラいた。
「……もしかして、ルーカス様、ロナルド様に秘密をばらしたのかな?それで来なくなったとか」
「ロナルド様がルーカス様を振ったってこと?許せない!」
アシーナはいつの間にかルーカスの味方になっているみたいで、ロナルドに対して闘志を燃やしていた。
「アシーナ。ルーカス様に会いに行こうか?」
「うん。会いたい」
会いたいと言われて、ベルは少しだけ苛立ったが、事情を知るためには会ったほうがいいとその感情を押し殺した。
「ルーカスの家の住所を知りたい?」
「はい!」
「本当に妬けちゃうね。私の家ではだめなのか?」
「だめです。嫌です」
「ひどいなあ。まあ、いい。君たちはルーカスのお見舞いに行くつもりなんだろう?それなら一緒に行こうか」
「え、それは」
ロナルドがいればいろいろ聞けないとアシーナは躊躇したが、ベルは違った。
「はい。ぜひお願いします」
「それはよかった。今日の学校帰り一緒に行こう」
「ベル」
「大丈夫だって」
「どうしたの?何か不都合が?」
「なんでもありません。それではまた放課後に教室に来ます。ありがとうございます」
ベルはやけに愛想よく振る舞い、何か言いたそうなアシーナを連れてロナルドから離れた。
アシーナはとりあえず口を噤むことにしてベルについて行く。
しばらく歩いて、自分たちの教室の近くまできて、ベルはやっと口を開いた。他の人に聞かれないように小声だ。
「ロナルド様がいると相談はできないけど、反応は見られる。それで僕たちはルーカス様の秘密をロナルド様が知っているか判断できる。それから、対応を考えよう。ほら、それにロナルド様の馬車に乗ったほうが簡単にいけるだろう」
「そう言われればそうだね。ベルはすごいよ」
いろいろ考えているベルにアシーナは感心してしまった。
「すごくないから。全然。でもアシーナに褒められると嬉しいよ。ありがとう」
ベルは綺麗な微笑みを見せて、アシーナはドキドキして思わず視線をそらしてしまった。
「どうしたの?アシーナ」
「なんでもない。放課後楽しみだね」
「うん」
そうして迎えた放課後。
ロナルドが用意した馬車は公爵家のものではなく、下級貴族が使うような馬車だった。
「……どうしたのですか?この馬車」
アシーナはそんなことに気が付かなかったが、ベルは目ざとく気が付いて尋ねる。
「いやあ、家の馬車が壊れていてね」
朗らかにロナルドは答えたが、どう見ても怪しかった。壊れたならもっといい馬車を用意したはずだった。公爵令息に相応しい。
この馬車は下級貴族、もしくは裕福な平民が乗るようなものだった。
ベルはそれ以上聞かず、馬車に乗り込む。
馬車の中で、アシーナだけは珍しそうに窓から外を見ている。
ロナルドは何か考え事があるのか、珍しく無言。
ベルはアシーナと会話しながら、終始ロナルドの様子を窺っていた。
「……ロナルド様。これは、いったい」
到着したルーカスの家で出迎えた執事が不思議な顔をした。その後、どこかに行こうとしたので、ロナルドが慌てて止める。
「ルーカスには伝えなくていい。そのまま案内して」
身分の高い貴族、しかもルーカスの友人であるロナルドにそう言われれば従うのみ。
執事は、ロナルド、アシーナ、ベルを迎え、部屋に案内した。
扉を開けると、そこにはルーカスがお茶を用意して待っていた。ロナルドの顔を見ると顔色を変える。
「ルーカス。お願いだ。無視をしないでくれ」
逃げるようにどこかに行こうとしたルーカスを止めたのはロナルド。
「卑怯な真似をしたことは詫びる。だけど、こうでもしないと君とは会えなかった」
アシーナはロナルドの言っていることがまったく理解できなかった。
しかし、ベルはロナルドの言葉から状況を理解する。
「ロナルド様はルーカス様の秘密を知って、きっと酷いことを言ったんだ。だからルーカス様はロナルド様を避けている。きっとこの訪問も僕たちの名前を使ったんだよ」
「そういうこと!だったら!」
「まあ、まあ、状況見ようよ」
アシーナに小声で説明した後、ベルは彼女を宥める。
「君が何に傷ついているのか、私にはまったくわからない。だけど君と会えなくなるのは辛い。こんなにつらいとは思わなかった。だから、前みたいに学校にきてくれないか。そのためなら、なんでも言うことを聞く」
「……なんでもですか?」
「ああ」
「それではアシーナさんとの婚約を解消していただけますか?」
「ああ」
ルーカスの問いに、ロナルドは即答する。
口にこそ出さなかったが、アシーナは喜び、ベルと顔を見合わせた。
「それで君と婚約を結ぶ。そういうことだろう?」
「ええ。だけど、一人にしてほしいのです。私一人だけを見てくださいますか?」
そう言うルーカスの紫色の瞳は涙で濡れていて、とても色っぽく、アシーナはなぜかドキドキしてしまった。ベルはそれに気が付き、アシーナの腰に手をやる。
アシーナは今度はそれに対してドキドキしてしまって、俯く。
ベルは彼女の反応に満足して、再び視線をロナルド達に向けた。
「君はずっと私を見続けてくれる?よそ見をせずに?私だけを。そう約束してくれるなら、君だけを見よう」
「誓約をしていただけますか?」
「ああ」
王族の血を持つものは、その血を使い誓約を結ぶことができる。
王女が結んだ誓約もそうしたものだ。
誓約内容を紙にしたため、その上に血で拇印を押す。
「本当にいいのですか?ロナルド。あなたは本妻をお飾りの妻として置き、遊びたかったのでしょう?」
「そうだ。だけど、そうすれば、君は離れて行ってしまうだろう?君が女性であれば、どこかに嫁ぐ可能性もある。それは嫌だ。君には傍にいてほしい。ずっと」
「ロナルド」
二人の世界が作られ、アシーナとベルは完全に置いて行かれた。
そうして、アシーナとの婚約は解消され、ロナルドは誓約を結び、ルーカスもといルイーザと婚約することになる。そうなるとアシーナの父、木こりを苦しめていた誓約は無効になった。
王女こと公爵夫人は怒り心頭だったようだが、それをロナルドがどうにか収めたらしい。公爵に離縁まで言われてしまい、王女は大人しくするしかなかった。
「うーん。なんだかな」
「そうだね。でも学校卒業まで通えるようになってよかったね」
「それはいいけど」
公爵とロナルドのおかげで、アシーナとベルは卒業まで費用を負担してもらうことになった。迷惑料みたいなものだった。元王女が他人の妻の命を楯に誓約を結ばせたなどと外聞も悪いので、この際少しでも印象をよくする狙いもあるらしい。
ベルは女装をやめ、男子として学校に通っている。もちろん寮は別でアシーナが寂しい想いをするようになった。
そうなると自身の想いも自覚するようになり、ベルに近づく女子に嫉妬するようになった。
しかしベルはアシーナ一筋、しかもアシーナが強いことはすでに知れ渡っているため、二人の邪魔をしようとするものはいなかった。
ルーカスが女性、ベルが男性として通い始め、学校では少しだけ混乱があった。しかし、人は慣れるもの、混乱は収まり、学園生活は穏やかに過ぎていく。
波乱万丈ではない学園生活、しかしアシーナにとっては貴重な学園生活を楽しみ、卒業後アシーナとベルは森に帰った。
数十年後、再び王族が誓約を使って問題を起こすのだが、それはまた別の物語で。
木こりの娘は森で幼馴染と末永く仲良く暮らしました。
(おしまい)
森の木こりの娘は公爵令息に嫌われたい ありま氷炎 @arimahien
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