第19話「芽衣の夢、レンの選択」

春の午後。

新生活の準備が進む中、校舎の屋上は静かだった。


瀬川レンは、最後の制服姿でフェンスにもたれかかっていた。

視線の先には、もう何もない教室棟の屋根と、淡い桜の花びら。


ここで何度、自分と向き合っただろう。

ここで何度、問いと迷いと、そして――


「やっぱり、ここ来ると思った」


その声に振り返ると、芽衣が立っていた。

制服の胸元には、卒業式でもらった花がまだ挿してある。


「……予知能力?」


「んー、レンくんの思考パターンがもうわかってるから?」


ふたりは笑い合って、並んでフェンスに背を預けた。


「ねえ、進路のことだけど……」

芽衣の声が、少しだけ揺れた。


「私、地元の教育大に行くことにしたの。……中学校の教師を目指す」


「……そっか。すごく芽衣らしい」


「うん。でも……ちょっと寂しいなって思った。

レンくんと、違う場所になるって、今日実感した」


風が吹いた。


春の風は優しいはずなのに、今日だけは少し切なかった。


「……俺さ、大学でAIと教育の間を勉強するつもり。

教師にはならないかもしれないけど、“問い”をつくる側に回りたい」


「うん、そう言うと思ってた。

レンくんがAIに飲み込まれそうだったときも、あんなに苦しんでたのに、

今は“AIと向き合いたい”って顔してる」


「俺、今でも怖いよ。AIに全部任せたら楽かもしれないって、たまに思う。

でも、自分で問いを立てて、それに向き合うって、

……それが生きるってことなんだって、今は思ってる」


芽衣は、何も言わなかった。

ただ、風の音にまぎれて小さく頷いた。


「芽衣は、どんな教師になりたい?」


少しして、レンがそう訊いた。


「うーん……“正解”を教えるんじゃなくて、

“問いに悩んでもいい”って言える先生。

失敗しても、回り道しても、“ちゃんと考えた”ってことが褒められるような」


「……それ、めっちゃいい教師になるよ」


「でしょ? ……そういうの、レンくんがくれたから」


レンは、返す言葉が見つからなかった。


「本当はね……大学、同じとこに行きたかった」


芽衣のその言葉に、時間が止まった気がした。


「でも、私が“先生になりたい”って言ったとき、レンくん、何も言わずに“頑張れ”って言ってくれたよね。

それ、すごく嬉しかったんだ。……だから私も、レンくんの道、応援するよ」


「ありがとう」


レンの声は、少し掠れていた。


「また、どこかで重なるよ。きっと、“問い”をつくる側と、“問い”を教える側。

交わらないように見えて、実は隣にいるかもしれない」


「……それ、いいな」


二人の間に、春の光が降り注ぐ。


高校という舞台は終わる。

でも、その先の物語はまだ始まったばかりだ。


その夜。


レンは新しいノートの表紙に、こう書いた。


「問いは、一人で考えるものじゃない。

ときどきすれ違い、ときどき重なる。

そうして、誰かと一緒に“学びの線”を描いていくんだ」


そして、小さく余白に追記した。


「また、会えますように。」


空には月。

もうすぐそれぞれの街に旅立つふたり。

でも、ふたりの中には、交差した“問いの記憶”がずっと灯っていた。


▶次回:第20話(最終話)「問いの、その先へ」

それぞれの道へと進んだレンと芽衣。AI時代を生きる若者たちの“物語の先”とは――今、最も大切な「問い」が浮かび上がる。

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