第18話「受験後の進路選択」

春。

制服のボタンを開けた風が、やわらかく頬を撫でる季節。


瀬川レンは、駅前のカフェでノートを開いていた。

前のページには、合格発表の日に書いた言葉があった。


「これからも、問い続ける自分でありたい。

そしていつか、誰かの“問い”に応えられる大人になりたい。」


その下に、彼は新しい言葉をつけ加えた。


「――では、その“誰か”とは、誰なのか?」


「ねえ、大学って“ゴール”じゃないよね?」


芽衣が、ふいにそう言ったのは、帰り道の河川敷だった。

春の花が咲き始め、サッカー少年たちの声が風に乗って届く。


「うん。……多分、スタートラインに立っただけだと思う」


「わたし、将来は“人に教える仕事”がしたいな。

でも、ただ“教える”んじゃなくて……“一緒に考える”仕事」


「……“問いをつくる人”か」


「うん。まさにそれ」


芽衣のその言葉に、レンは自分の心のどこかが再び動き出すのを感じた。


自分は、何を“問いたい”のか。

そして、どんな“答え”を世の中に返したいのか。


進学先のオリエンテーション資料の中には、

AI倫理、情報教育、未来社会構築論――そんな講義名が並んでいた。


レンの心は、自然とそこに惹かれていった。


「AIは便利だけど、すべてじゃない。

でも、AIがあることで“人間らしさ”が試される時代が来る」


咲がかつて語った言葉が、また浮かぶ。


「AIが答えてくれる時代だからこそ、

“何を問うか”を考えられる人間でありたい」


春休みのある日。

レンは咲を訪ねて、研究棟の教官室を訪れた。


「先生、大学で、AI教育とか、倫理とか、勉強できる場所ってどこにありますか?」


咲は驚かなかった。

それは、きっと来ると分かっていた問いだった。


「あるわよ。しかも、君が行く大学に。

いくつかの研究室は、“教育×AI×人間性”をテーマにしてる。

そこにはね、“Shadow”を知ってる君だからこそ語れる話が、絶対ある」


レンは、静かにうなずいた。


「……俺、あの時、“ズル”もしたし、“逃げ”もした。

でも、それがあったからこそ、“正直でいたい”って今思えるんです」


咲はその言葉に、静かに目を細めて答えた。


「君は、自分の過ちを“消そう”としなかった。

だから今、次の問いを見つけられたのよ」


その帰り道。

レンはベンチに座って、スマホのメモを開いた。


そこには、新しく書かれたテーマがあった。


「AIが教える時代に、“問いを教える”ということ」


自動生成される情報に囲まれて、

人間は何を“選び”、どう“学ぶ”のか。


答えを超えて、問いへと向かう学びの再定義。


かつてShadowにすべてを委ねた自分が、

今、AIの“先”を考える側に立とうとしている。


数日後。

レンは、大学の履修登録画面で、こう記した。


【履修希望】

●現代教育思想とAI

●認知科学入門

●情報リテラシーと社会倫理

●問いの技術ワークショップ(仮配属)


その入力ボタンを押したとき、胸の奥に確かな手応えがあった。


「これは、“答えを探す”んじゃなくて、“問いと生きる”旅なんだ」


春は完全に開いた。

桜が舞い、大学の門には新しい未来が満ちていた。


影はもう、そこにはなかった。


問いが、彼の進む道を照らしていた。


▶次回:第19話「芽衣の夢、レンの選択」

芽衣の進路が明かされる。教師を目指す彼女と、“問いの探究者”として進み始めたレン。2人の未来が、重なるか、分かれるか――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る