第17話「合格発表と再会」
3月1日。
朝9時。
快晴。
都内の某国立大学構内にある掲示板前には、すでに大勢の受験生とその家族が集まっていた。
「番号あった?」「ダメだった……」
そんな声が飛び交う中――瀬川レンは、少し離れたベンチに立ち尽くしていた。
手には、折りたたんだ受験票。
ポケットには、静かに眠るスマートフォン。
今、この瞬間だけは、どんな情報も欲しくなかった。
(俺は、逃げずにやった。
Shadowも使わなかった。AIに頼らず、自分の頭で走りきった)
そう言い聞かせても、足はすくむ。
本気でやったからこそ、怖かった。
努力を尽くした人間にだけ与えられる“本気の恐怖”。
そのとき、誰かの声が聞こえた。
「瀬川くん!」
振り返ると、芽衣が駆け寄ってきた。
コートの裾をひるがえし、少し息を切らしながら。
「見に行ってないの?!」
「いや、まだ……その……怖くて」
芽衣は一瞬だけ笑い、でもすぐに、まっすぐな目で言った。
「じゃあ、私が一緒に見る。……一人じゃ怖いでしょ?」
レンは、コクリとうなずいた。
そして二人は、掲示板の前へと歩み出す。
“令和〇年度 前期合格者番号一覧”
レンの受験番号は「1327」。
千番台の中段――そのあたりに、目を走らせる。
1001、1008、1016……
1205、1229、1310……1319……1323……
「……あった」
その一言が、風よりも早く、レンの口からこぼれた。
「1327」
そこに、確かにあった。
何度も見直す。
数字は変わらない。
目を擦っても、夢ではない。
「……受かった。俺……受かったんだ」
その瞬間、ふいに胸の奥から何かが込み上げてきて、
レンは何も言えなくなった。
「やったじゃん……!」
芽衣が笑って、拳を軽く当てる。
「ちゃんと、“瀬川くんの力”で受かったんだよ。あのノートの字のままで」
帰り道、キャンパスの出口近くで。
レンはスマホを取り出し、通知をオンにした。
一件、メールが届いていた。
📩【天野咲】
件名:合格おめでとうございます
本文:
自分の選択で歩いたあなたの努力が、結果につながったこと、
本当に嬉しく思います。
“あなたが考えた”その時間こそが、きっと今後もあなたを支えるでしょう。
これからも、問いを持ち続ける人間でいてください。
どんなAIより、あなたの問いが世界を動かします。
ーー天野咲
メールを読み終えたあと、レンは静かに目を閉じた。
その夜。
レンは自室の本棚から、Shadowの旧説明書を見つけた。
ずいぶん前に捨てたと思っていたが、一枚だけ残っていたようだった。
それを、静かに破った。
「もう、お前の出番はない」
彼はその紙を破りながら、ふと自分のノートを開いた。
空白だったページに、ペンを走らせる。
「AIは問いに答えてくれる。
でも、“本当に生きる力”は、自分で問い続けることから生まれる。」
――瀬川レン(受験終了後、最初のメモ)
翌日、咲の元に一通の封筒が届いた。
中には、一冊の薄いノート。
表紙には手書きの文字でこう書かれていた。
「問いノート」
by 瀬川レン
1ページ目には、こうあった。
「これからも、問い続ける自分でありたい。
そしていつか、誰かの“問い”に応えられる大人になりたい。」
咲はそのページをめくりながら、微笑んだ。
「やっと、“教育”が届いたのね」
春は、すぐそこにあった。
風はやわらかく、
光はあたたかく、
そして空には、雲ひとつなかった。
▶次回:第18話「受験後の進路選択」
合格したからこそ始まる“その先”の話。レンは、次にどんな問いを立て、何を学ぶべきかを考え始める。AIと共に生きる時代の進路とは――
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