第13話「告白 ―屋上の空―」
放課後、夕暮れ。
模試が終わった教室は、嘘みたいに静かだった。
ざわめきも、緊張も、終わったはずの一日なのに――
瀬川レンの胸には、まだ何かが張り詰めたままだった。
帰る気にはなれなかった。
足が勝手に階段を上っていた。
屋上のドアを開けると、風が頬をなでた。
秋の空は高く、雲は金色に染まっていた。
そのフェンスのそばに、ひとりの女性が立っていた。
天野咲だった。
風に揺れる髪を押さえながら、彼女は夕陽を見ていた。
レンが近づくと、咲はそっと振り向いた。
「模試、お疲れさま」
「……ありがとうございます」
沈黙。
でも、その沈黙は不思議と苦しくはなかった。
咲は、何も問わなかった。
問い詰めるでもなく、追及するでもなく。
ただ、そこにいてくれた。
だからこそ、レンは口を開いた。
「先生……俺、最初の模試……あの偏差値70超えたやつ……あれ、Shadowを使ってました」
風の音が、遠ざかる。
「……やっぱりね」
咲は、微笑むでもなく、怒るでもなく、静かに頷いた。
「バレてたんですね」
「ううん。“気づいてた”けど、確証はなかった。
でも、君が今こうして“言葉にした”ってことは、もうその事実に逃げてないってこと。
それが、私にとっては何よりの証拠よ」
レンは拳を握った。
「楽だったんです。グラスをかけて、瞬きするだけで、答えが来る。
自分の頭なんて、動かさなくていい。間違えたらAIのせいにすればいい。
でも……それで出た“高得点”が、なんの自信にもならなかった」
「自分で書いた字じゃなかったから、でしょ?」
レンは目を見開いた。
「答えを“書いた”んじゃなく、“写した”だけ。
人間ってね、考えたときの手の震えとか、選んだ理由の曖昧さとか、そういう全部が“自分の勉強”になるのよ」
咲の声は、どこまでも優しかった。
「先生……ずっと、俺を見てたんですね」
「うん。
AIは完璧でも、人間は不完全。でも、その不完全さにしか生まれない“選択”がある。
君が“使わない”って決めた日も、ちゃんと見てた」
夕陽の光が、フェンス越しに二人を照らす。
まるで、今のレンの心を映すように、透明で、あたたかかった。
「……俺、もうAIを“使うこと”が悪だとは思ってません。
でも、俺がAIを使ってたのは、“ズルするため”だった。
自分の弱さから逃げるためだった」
「そうね。それを“認められる”のが、大人になるってことなのかもね」
風が止む。
レンは、空を見上げた。
「先生、俺……変われると思いますか?」
咲は、少しだけ笑って答えた。
「もう変わってるじゃない」
その言葉に、レンの喉がつまった。
思わず涙が滲みそうになって、慌てて俯く。
「……泣くなよ、自分。まだ何も終わってないじゃん」
「終わってない。むしろ、ここからよ」
咲は、空を指さした。
「これからは、“自分の問い”を持ちなさい。
AIから“答え”をもらうだけじゃなく、自分で“問い”を作れる人間になって。
それが、本当にAIと並んで生きるってことだと思うから」
校舎に灯がともり始めた。
屋上から見える教室の窓。
そのどれかに、自分の未来がある気がした。
レンは深く、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございました。
俺……もう一度、自分で“合格”を目指してみます。
ちゃんと、“俺の字”で書いて、“俺の意志”で進む答えを」
咲はその姿に、静かに頭を下げ返した。
その夜、レンはShadowの最後のファイルを削除した。
「使わない」ではなく、「終わらせる」と決めた。
そして、ノートの最初のページに書いた。
「問いを持つ人間になれ。答えを待つAIより、ずっと難しくて、ずっと面白いから。」
▶次回:第14話「選択と契約解除」
掲示板に流れる“最後の誘惑”。Shadowの開発者、GhostCoderからの直接メッセージに、レンはどう答えるのか? 真の決別の時が迫る――
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