その翡翠き彷徨い【第19話 炎の紋章】

七海ポルカ

第1話



 


 深緋しんひの術衣で知られるサンゴール宮廷魔術師団の、管理室に属する若き宮廷魔術師エンドレク・ハーレイはその日、魔術師長からの依頼で、宮廷魔術師団の本拠であり王立魔術学院でもある【知恵の塔】からサンゴール本城の方へ来ていた。

 用事は早々に済ませる事が出来たのだが、地位を得た後も尚、知識の探求に貪欲なエンドレクは久しぶりに王宮書庫室に立ち寄る気になったのだった。

 魔術書の質で言えば【知恵の塔】に保管されている文献に劣るものの、王宮書庫室の書物の量は莫大だ。

 昼下がりの中途半端な時間で人気は全く無い。

 自由気ままに好きな文献を漁ろうとしていたエンドレクは、閲覧室に入った途端、そのうちの一つの机のところに何冊もの本を並べて突っ伏している一人の人間を見つけたのだった。



(あれは……)



 確か、サダルメリク・オーシェではないだろうか?


 エンドレクは記憶を辿ったが確かにそうだったと思い出す。

 件の少年だ。女王アミアカルバに保護されたという。

 あまり表舞台に出て来る人物ではないので最初は分からなかったが、王宮にあって明らかに一際若い容姿に思い当たったのだ。

 今サンゴール王宮に居る子供と言えば【鋼の女王】アミアカルバの一人娘である王女ミルグレンか、この女王の『養子格』たるサダルメリク・オーシェしかいない。

 何かの折に見かけた事はあったがそれは垣間見程度で、しかも数度しかなかったが……珍しがって覗き込んでみると確かにあの少年だった。


 多分今年十二、三歳になるはず。

 

 十歳にして精霊契約を果たしたときは魔術の神童かと随分話題になったものだが、その後、結局ぱたりと表舞台に出なくなった。

 いつも王宮の奥に居て、女王アミアカルバや王女ミルグレンと時間を共にしているらしい。

 当時はサンゴール大神殿に入り神官になるのか、それともエンドレクも属する宮廷魔術師団に入り、宮廷魔術師になるのかと関係者の関心を誘ったものの、その話もそのうちに立ち消えになる。

 今は、結局彼はどの勢力にも籍を置いていないはずだ。


 実は当時は宮廷魔術師団への入団が濃厚なのではと言われていた。

 理由は精霊契約までの彼の魔術の師が第二王子リュティスだったからだ。

 もともと彼もまた表舞台に出て来るタイプではないのだが、籍は一応宮廷魔術師団に属している。だから弟子のメリクも師に倣うのではないのかと思われていたのだ。

 しかしその話もどこへ行ったやら、王子リュティスの方も相変わらず奥館の方に籠ったまま、まともに外界に出て来ようとしなかった。


(いやはやどのような師弟関係だったやら)


 想像だに出来ないとはまさにこの事だ、とエンドレクはメリクの机を覗き込んでいた。

 少し見てみると、手元に重ねられている沢山の文献の全ては魔術に関するものだった。

 それが少し意外な気がした。もう彼は魔術の事など忘れてしまっているに違いないと思っていたからだ。



 ――――ゴォン…………。


 

 ふと遠くの鐘が鳴って、その拍子にメリクが身じろいだ。

 彼は目を覚まして身を起こすと、すぐ近くにエンドレクがいることにひどく驚いたような表情をした。


「申し訳ない、起こしてしまいましたか」

「いえ……」


 メリクは首を振ったが、すぐにハッとした。

「しまった、寝過ごした……」

 今何時か把握したメリクは慌てて立ち上がり、手元の持ち物をまとめて抱えると、エンドレクに礼をして直ちに駆け出して部屋を出て行った。

 そのパタパタという無邪気な子供の足音にエンドレクは苦笑した。

 この昼間から人気の無い書庫室でうたた寝とは。

「意外と暢気な……ん?」

 視線を落とした先にメリクが座っていた椅子がある。その隣の椅子の上に何かが置かれたままになっているのを見つけたのだ。

 近づいてみると、本のようである。随分と厚く使い古されている感じだ。

 王宮書庫室の主立った資料には目を通していたと思っていたのだが、その本には見覚えが全く無い。

 興味を引かれて少し本を捲ってみると、内容を見てエンドレクは僅かにその目を見開かせたのである。



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