考えるだけの人(短編)
桶底
その間に、町は誰かの手で動いていた
ある青年が、町を散歩していた。
広場のベンチに腰かけた瞬間、ぎぃ、と鈍い軋み音がした。
よく見れば、ベンチは古びてひびが入り、脚もぐらついていた。
「危ないな……」
彼は近くの紙切れに「修理予定中」と書いてベンチに貼り、通行人が怪我をしないように注意喚起した。
そして後日、町に修理費を請求するつもりで、書類の準備を整えてから改めて作業に取り掛かることにし、その場を離れた。
町を歩いているうちに、彼は他にもいくつかの不備を見つけた。
石畳のひび割れ、橋の欠けた欄干。
それらすべてに、注意を促す紙を貼り、いずれ改善策を講じることを決意した。
「この町は、一度ちゃんと作り直すべきだ」
そう思った彼は、自宅にこもり、計画づくりに没頭した。
参考文献を山ほど読み、予算や工程を緻密に計算し、「理想の町」の姿を描き出していった。
数ヶ月が経ち、ようやく全ての計画書が完成した。
彼は希望に胸をふくらませ、広場へと戻った。
久々に浴びる太陽がまぶしかった。
ベンチのあった場所を見ると──
「あれ、なんで座ってるの?」
例のガタガタだったベンチに、若者たちが談笑しながら腰掛けていた。
青年は慌てて尋ねた。
「ここ、危なかったはずじゃ……張り紙は?」
「え? ああ、近所のじいさんが直したよ。暇だって言ってたから、やらせてあげたんだ」
見ると、ベンチの脚には添え木があてられ、しっかりと補強されていた。
嫌な予感がして、青年は町中を巡った。
驚くべきことに、割れていた石畳も、欠けた欄干も、すでに誰かが修理していた。
だが、彼にはそれが“応急処置の継ぎはぎ”にしか見えなかった。
彼は叫んだ。
「こんなのじゃダメだ! この町はもうボロボロなんだよ! 一度きれいに作り直すべきなんだ!」
懐から計画書を取り出し、通りかかった人々に見せて回る。
「これを見てくれ。これが新しい町の設計図だ。もっと良くなるんだ。僕はみんなのために考えたんだ!」
町人たちは立ち止まり、そして口々に言った。
「ほう、すごい紙だ。で、あんた、自分で直したものはあるのかね?」
「……いや、でも僕は、この計画を」
「いやいや、そもそも危ないって言ってたベンチはどこにあるんだい? もう問題ないじゃないか」
青年は言葉に詰まった。
町人たちは肩をすくめ、やれやれと首を振った。
「私たちは今ここで、ちゃんと暮らしてるんだ。考えるだけじゃ町は良くならんよ。手を動かす者が必要なんだ」
そう言って、彼らはまたそれぞれの生活に戻っていった。
青年は再び自宅に閉じこもった。
その間も、町の人々は互いに助け合いながら、少しずつ町の手入れを続けていた。
町は今日も静かに機能し続けている。
完璧ではないけれど、誰かの手によって、確かに保たれていた。
考えるだけの人(短編) 桶底 @okenozoko
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