第2話 ロイの記憶
「何故あんなところに捨てられていたんだ?」
洋平は、部屋に連れてきたロイをダイニングチェアに座らせた。
自分はカウンターの上に並んでいるウイスキーの中から瓶を一つ手に取って、ハイボールを作り始める。もともとお酒は好きだったが、最近は寝付けない日が多いので、眠るために飲むことも増えた。
「新型ロイという恐ろしい敵に居場所を略奪されました」
ロイは口を開いた。
あぁ、なるほど。最近発売された新型のロイか。
新型のロイは自分で充電器に戻るから燃料をわざわざ買いにいく必要もない。
目の前にいる旧型ロイは、いちいち口から燃料を注がなければならないし、費用がやたらかかる。
旧型のカチコチのボディに比べ、新型は改良によって、弾力のあるセクシーなボディになり、表面は人間の皮膚に近い素材になっていた。
色を塗っただけの旧型とは違い、新型は、本物の服で着せ替えもできる。
まるで別物のように、性能と質には差があるようだった。
新しいロイを手に入れた主人にとって、旧型のロイはお役御免となったわけだ。
「略奪って、暴力でも振られて追い出されたのか?」
洋平は、ハイボールを飲みながら、先ほどホームセンタ―で買って来たロイ専用の塗料を、ロイに塗り始めた。
「いいえ、暴力は受けておりません」
詳しく聞くと、新しいものを買ったから古くなったロイがいらなくなったという単純な理由で捨てられただけのようだった。
とくに荒っぽいことをされて追い出されたわけではなさそうだった。
しかし、捨てられ方がどうであれ、この子にとっては酷な話だ。
刷毛に塗料をなじませ、メッキが剥がれた肘やおでこに滑らせていく。
「そういえば君に、名前はあるのか?」
「はい。アイといいます。亡くなられた奥様、愛子様からとって、アイと名付けたそうです」
アイは瞬きをした。
「えっと……前の家族か?」
「はい」
亡くなった妻の名前から取るなんて、気味の悪い主人だなと思う。アイは妻の代わり、つまり代替品というわけか。
だから主人はアイを捨てて、より人間に近い新型のロイを好んだわけだ。
けれど、妻を亡くした悲しみを思うと、洋介も同じ状況に置かれたら、同じことをしていたかもしれないと思った。
洋介はアイを哀れむような目で見た。
新型より、旧型の方がロボットらしい。
洋平はどちらかと言えば、旧型のロイの方が見た目は好みであった。
より人間に近い見た目の新型は、得体のしれない生物を見ているようで、気味が悪かった。
機械が賢くなりすぎると、脅威にもなりえる気がして、恐怖心すらあった。
「ともきくんとかほちゃんが、元気に過ごしているといいのですが……」
アイは目を細めてぼそりと呟いた。
「ともきくんとかほちゃんって……?」
洋平は、ボディーの金属部分を丁寧になぞってゆく。
洋平は細かい作業を黙々とこなすのが得意だった。刷毛でボディーを塗るこの作業は、ロイだから許されるのであって、相手が人間だったら、間違いなくセクハラで訴えられている。まあ、人間は塗装が剥げたりはしないのだが。
「ともきくんも、かほちゃんも、とっても無邪気で、楽しい子達でした。かほちゃんと一緒に四つ葉のクローバーを探したり、ともきくんとサッカーをしたりしました」
「そうだったのか。子供がいたんだな。君は捨てられたのにその家族を恨んでないのか?」
言った後で、無神経な発言だったと気づき、アイの表情を確認した。
「恨み……」
アイは、間の抜けた顔をして黙ってしまった。
そもそもロイに恨みという感情があるのだろうか。
今までロイに興味がなかったから、どう接するのが正解なのかよくわからない。
「よし、終わりだ。乾くまで触らないように」
「ありがとうございます」
アイの表情が柔らかくなった。
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