第41話 あの言葉にまだ俺は…

改めてひよりと真斗の関係編に戻ります!

あと10話ほどになると思われます、どうぞ最後までお付き合い下さい!





――――――――――――――






 放課後の空は、もうすっかり秋色だった。

 夕焼けに染まった雲の下を、俺とひよりは並んで歩いている。

 校門を出て坂道を下るこのルートは、気づけばふたりにとって当たり前になっていた。


「今日、部活めっちゃ走った~! コーチに『フォームが甘くなってきてる』って言われてさ。ひたすら基礎練だったよ。ひたすら、だよ?」


 ジャージを羽織ったままのひよりが、笑いながら言う。

 その声には疲れの色はなくて、むしろ走り切った爽快感がにじんでいた。


「……無理すんなよ」


 俺がぼそっと言うと、「ふふ、ありがと」と返ってくる。

 気づけばこういうやりとりも、自然になっていた。

 ほんの少し前まで、俺は彼女のことを“罰ゲームを仕掛けてきた陽キャ美少女”だと思っていたのに。今では、こんなふうに隣を歩くことが、怖くない。


 ――はずだった。


 それでも、胸の奥にある微かな引っかかりは消えてくれない。


「……なあ、ひより」


「なに?」


「……いや、なんでもない」


 言えなかった。“このままでいいのか”という思いが、喉の奥で渦を巻いたまま、出てこない。

 言葉にすれば壊れてしまう気がして。

 だけど、言葉にしないまま進むには、少しだけ、もう遅れてる気がした。


 風が吹いた。落ち葉がカサカサと音を立て、ひよりの髪に一枚絡まった。

 俺は、無意識に手を伸ばしてそれを取る。


「ん、ありがと」


 笑顔。

 ひよりのその笑顔を見るたびに、俺は思う。


(この人の気持ちに、俺はちゃんと返せてるんだろうか)


 信じてるつもりだった。罰ゲームじゃないって。

 でも“受け止めた”と、ちゃんと返した記憶が――俺にはない。


 そしてその瞬間、ひよりがふと立ち止まる。


 信号待ちだった。赤信号に照らされながら、彼女はぽつりと言った。


「ねえ、真斗くん」


「ん?」


「……私が、最初に“好き”って言った理由って、知ってる?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 このタイミングでそれを聞かれるとは、思ってもみなかった。


「え……いや、たしか……猫っぽいとか。静かで、ミステリアスで……って」


「うん、それもあるよ。でもね」


 ひよりは前を向いたまま、少しだけ声のトーンを落とした。


「……ほんとは、ちゃんと理由があるの。最初から、ずっと」


「……」


「でもね、真斗くんが聞いてくれなかったから。まだ、言ってない」


 信号が青になった。

 ひよりはゆっくり歩き出す。俺の方を見ないまま、スタスタと。

 俺はその背中を、追いかけることもできず、ただしばらく立ち尽くしていた。


(聞かなかった、んじゃない。……聞けなかったんだ)


 心の中で、ずっと後ろめたさがあった。

 彼女はあの日、「ほんとに好き」って言ってきた。

 俺はそれを、“罰ゲーム”だと思って、否定しようとして――それでも、ひよりの言葉に揺らされて、流されるように付き合うことになった。


 楽しかった。嬉しかった。大切だった。

 でも――


(それでも、俺は……まだ「好き」って、返しきれてない)


 いつの間にか歩き出していた俺の背中に、ひよりの声が届いた。


「ねえ、今度もまた帰り一緒にしよ?」


「……うん。わかった」


 何事もなかったかのように、笑顔で。

 でも、その笑顔の奥に、少しだけ“なにか”が見えた気がした。


 夕焼けが深くなる。

 空がオレンジから紫へと染まり、街が少しずつ夜の準備を始めていく。


(ひよりは、ずっと俺に“向き合って”くれてたのに)


(俺は――逃げてたのかもしれない)


 歩きながら、俺は初めてその可能性に気づいて、思わずポケットの中で拳を握った。

 彼女が俺を“好き”になってくれた理由。

 その本当の言葉を、俺はちゃんと、聞かなくちゃいけない。


(今度こそ、ちゃんと向き合おう)


 風がまた吹いた。

 ひよりの髪が、秋の風にふわりと揺れる。


 その背中に、いつか「好き」と返せるように。

 俺はようやく、一歩踏み出そうとしていた。

 

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