運ぶ者たち(短編)
桶底
その少年は”外”に興味を持ってしまった
「ねえ、村長。ときどき地面が揺れるのは、どうして?」
「そんなこと、気にしても仕方ないよ。私は何十年も気にせず生きてきたが、特に困ったことはなかった」
「でも気になるんだ!」
少年は、そう言って何度も村人に問いかけていた。
村は真四角に囲まれた、小さな箱のような場所だった。人々はその中で平和に暮らし、外の世界には関心を持たなかった。
「くだらないことを考えるんじゃないよ」
「与えられた世界を受け入れれば、余計な苦しみはないのに」
そんな大人たちの言葉にも、少年の好奇心は消えなかった。
「僕はこの世界が不思議なんだ。きっともっと広くて、自由な場所があると思うんだ!」
村の隅に行っては、壁を叩いたり蹴ったりする日々。
そしてある日、いつものように体当たりをすると、壁にぽっかりと穴が空いた。
「……あったんだ。本当に、外の世界が!」
少年が穴から首を突き出すと、視界いっぱいに広がる荒野があった。
けれどすぐに背後から声がした。
「とうとう見てしまったか」
振り返ると、そこには村長が立っていた。
しかし、その顔には微かな哀しみが浮かんでいた。
「どうして……そんな顔をするの? 外の世界は、あるんだよ!」
「もちろん知っているとも。私たちは、神のように崇められながら、この地を運ばれているんだ」
「でも! 僕たちは歩けるよ、自分の足で! この世界を、自分で選べるはずだよ!」
「……ならば、自分の目で確かめてみるといい」
村長は、そう言って少年の背を押した。
次の瞬間、少年は穴から外へと放り出されていた。
転げ落ちた先で、彼は初めて全貌を知る。
自分たちが暮らしていた村は、まるでひとつの箱。
その箱は、数え切れないほどの人々の手によって、黙々と持ち上げられ、運ばれていた。
「ねえ、どこに運ぶの? 僕の村を、どこに持っていくの?」
必死に叫んでも、誰も返事をしなかった。
彼の存在など眼中にないかのように、彼らはただ前を向いて歩いていく。
村は、どんどん遠ざかっていった。
少年は立ち尽くし、声を失った。
「……戻れない。けど、あの中に戻ることも、もうできない」
広がる大地を歩く中で、空は暗くなり、また明るくなった。
それは彼の意志と無関係に、何度も繰り返された。
やがて、彼は絶望した。
「なんてことをしてしまったんだ。村に残っていれば、何も考えずに済んだのに。希望なんて、幻だった」
心は荒れ果て、足はふらつき、声は枯れた。
そのとき、別の群れが見えた。
またひとつ、異なる形の箱を運んでいる人々の列だった。
少年はしばらくそれを眺めた後、その箱の隙間に自分が入り込める場所を見つけた。
そっと歩み寄り、何の声もなく、その列の一人になった。
もう一度、箱の中に戻ることはできない。
知ってしまったから。
暗さも、閉塞も、虚しさも。
けれど、誰かの村を運ぶことはできる。
かつて自分が中にいたように、誰かが今、中にいるかもしれない。
その誰かが、いずれ外に出てくる時のために。
少年は、箱を運ぶ者になった。
この群れの中で、自分と同じように「知っている者」が何人いるのだろう。
それでも彼は信じた。
この重さに意味があることを。
運ぶ者たち(短編) 桶底 @okenozoko
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