第18話 義重、悪鬼と化す

 琵琶首館にて変死を遂げた母と妹への悼みと、義頼への怒りが義重の心を黒く染めていた。出家後もなお、その怨念は魂を蝕み続け、ついには彼の肉体すら変貌させた。

 かつて「梅王丸」と呼ばれた男は、人の姿を保ちながらも眼は赫々と燃え、皮膚は煤け、指先は鉤爪のように変わっていった。世の理を恨み、己の運命を呪い、義重はついに悪鬼と化して安房の山野を彷徨うようになる。


 人の言葉を失いながらも、彼の咆哮は夜風を裂き、村人たちを恐怖に陥れた。

「……母を、妹を、返せ……!」


 犬田小文吾、討つ


 その噂を聞きつけたのが、関東一円を放浪する盗賊・犬田小文吾であった。かつては火盗改に追われた身でありながら、正義感の強さと怪力を買われ、今では人知れず妖異退治を請け負っていた。


 小文吾は義重のかつての名と生涯を調べ、彼がただの怪物でないことを察する。


「義重、怨みに囚われるな。あんたの魂はまだ、人のままだ!」


 だが義重は耳を貸さず、小文吾へと襲いかかる。山中に響くは、刃と爪の音、破砕される巨岩、火のような憎悪と鉄のような意思の激突であった。


 激戦の末、小文吾の一撃が義重の胸を貫く。しかしその刹那、義重の瞳から一筋の涙が零れた。


「……妹の笑顔が……見えた……」


 悪鬼の姿は崩れ落ち、義重は人として最期の息を吐いた。


 悌の珠


 その亡骸より、まばゆい光が浮かび上がる。小文吾の手に収まったのは、温かなぬくもりを湛えた小さな珠。

 それは、義重が生涯守ろうとした「悌(兄弟の情)」の心が昇華した霊珠であった。


 小文吾は珠を懐にしまい、空を見上げた。


「義重、おめぇの魂、無駄にはしねぇよ……」


 こうして悌の珠は、小文吾の旅路に新たな力と使命をもたらすこととなった。




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