第14話 東照の影

 天を突くような老杉の麓、犬村大角はひとつの陣に招かれていた。

 そこにいたのは、白い甲冑に身を包んだ男――徳川家康。

 微笑みを湛えつつも、その瞳には深い警戒と覚悟が宿る。


 「お主が、あの“信”の霊玉を持つ男か。……実に、火薬の香がする」


 焚火の前に据えられた漆塗りの箱から、家康は一本の剣を取り出した。


 「これが、“蛇骨肋骨剣じゃこつろっこつけん”」



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 蛇の骨、肋の呪


 それは南蛮より献上された奇剣。

 柄には蛇の骨、刀身は肋骨のように節を持ち、斬るたびに血に飢えるという。

 かつて忍びに盗まれ、伊賀の谷で行方知れずになっていたが、家康の手に戻ったという。


 「この剣は、斬った者の“誓い”を奪う」


 「誓いを……?」


 「つまり、この剣で斬られれば“信”を失い、魂が漂う。……お主の信、試してみようか?」


 家康が立ち上がる。気配は老将でありながら、猛る獣のようでもある。



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 火と剣


 「試すなら、我が火で受けよう」


 犬村大角は火縄銃を手に取った。引き金に指をかけるが、撃たない。

 霊玉「信」が淡く光る。


 ――信じるとは、殺すことではなく、退かぬこと。


 家康の剣が振るわれる。だが、大角は一歩も引かない。

 剣は、彼の頬を掠め、血が一筋流れた――その刹那。


 蛇骨肋骨剣が軋むように震えた。家康が目を細める。


 「……面白い。剣が退いた。信の前に……この剣が負けたか」



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 戦と信


 家康は剣を鞘に収め、背を向けた。


 「戦は信を喰らう。だが、信がなければ国も守れぬ」


 「ならば、なぜそれを奪う剣など持つのか?」


 「己の“信”が、試される日が来るからだ」


 家康は最後に、こう言い残した。


 「もし東が乱れ、民が泣くときは、この蛇骨肋骨剣を抜け。

 信を貫く者にこそ、呪いを打ち砕く資格がある」



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 離別


 夜が明ける。

 大角は剣を見つめ、深く息をついた。


 ――信は、心に置くもの。だが、剣の重みもまた、真実だ。


 彼は剣を持たなかった。ただ、銃を握りしめ、仲間のもとへ歩を進めた。




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