第27話 急いですすきのへ


「まさか……もう会えないのか」


 フユナは知らぬ間に歯噛みしていた。

 なぜあの時、食い下がってでも名前を聞かなかったのだろう。


 自分はなんの手がかりも――。


「いや、なにかあるはずだ」


 記憶の中から、探すのだ。


 フユナは先程の出来事を丁寧に洗い直す。

 彼が自分のことに言及した内容を、思い出すのだ。


(……そうだ)


 あの人は探索者ではないと言っていた。


「あり得ない……探索者ではないはずがない」


 あれほどの強さだ。

 なにか事情があって休止されているか、十二分に稼いで引退されたとかだろう。


 ならば、かつての彼のことを知っている人物が、どこかに……。


「あっ!」


 と考えた矢先、すぐ思い当たる人がいた。

 そう、ルイーダの酒場のマスターである。


「そうだ、あの人なら……!」


 フユナの顔に久しぶりの笑みが浮かんだ。


 北は北海道、南は沖縄まで、探索者界の全てを知る人物、マスター・ダン=ダン・スズキ。

 あの偉人なら、あれだけの実力の持ち主を知らないわけがない。


「ルイーダの酒場まで」


「あいよ」


 フユナはすぐにタクシーを拾い、乗り込んだ。


「いつもよか、ちょっとかかるぜぇ」


「はい。ゆっくりで大丈夫です」


 シートベルトをして座っていても、気持ちが急いてじっとしていられない。


 そしてお約束のように、こういう急ぎたい時に限って車は進まない。


 向かう先のすすきのは有名な歓楽街であり、この時間になると道路は同じようにすすきのへと向かう車で渋滞するのだ。


 最寄りの駅から地下鉄に乗った方が断然早かったと気づくが、もはや後の祭りである。


 耐えること一時間超。


「ありがとうございました」


 タクシーから降りるなり、駆け込むように目的の店に入る。


 扉を開けると、黒を基調にした店内に、静かなピアノが流れていた。

 曲は『 Fly Me to The Moon 』だ。


 客たちはグラスを片手に、ピアノの方へ体を向けて聞き惚れている。

 自分も好きな曲だったのでついそのまま聴いていたくなるが、今日はそのために来たのではない。


(混んでいるな……)


 店内を見渡すと想像以上に混雑していた。

 カウンター席にもびっしりと客が座っている。


 強引にでも座らなければと探すが、空席がなかった。


「いらっしゃいませ」


 そこで店員がやって来た。

 動画で見たことがある白髪の人物だ。この人がマスターかもしれない。


「……おや、これは【ヴェルサイユ】の……」


 向こうも、自分のことを知っているようだった。

 マスターらしき人は紳士的な態度で一礼すると、いかにも気さくそうな笑みを浮かべた。


「はじめまして。フユナといいます」


 フユナは深く頭を下げた。


「ようこそいらっしゃいました。お一人様で?」


 フユナは頷き、待っていたように口を開いた。


「このたび、どうしてもここのマスターにお聞きしたいことがあって」


「……おや、私に?」


「はい。どうか、少しばかり時間を頂戴できないだろうか」


 フユナはもう一度深く頭を下げた。


「あらら、私などに畏まらないでください」


 マスターは慌てた様子で、フユナを直らせる。


「そのご様子ですと、かなり差し迫った内容でございますかな」


「困ってはいる。が、至極個人的な問題なのだ。急ぐ類のものでもない」


「……ふむ」


 マスターが顎をさする。

 フユナの余裕のない顔色から、なにかを感じ取ったようだった。


「……わかりました。できるだけすぐに時間をつくります。どうぞこちらに」


 マスターはフユナを奥へと案内し、磨かれたガラスで覆われたスイートルームへと連れる。

 予約と書かれた札を拾い上げ、その六人席を手で指し示した。


「こちらにお座りください」


「よ、予約などしていない」


「そもそもないのでどうぞ使ってください。今日の来客ではあなたが一番ふさわしい」


「わ、私が?」


 フユナは目を瞬かせる。


「そうです。私の目に狂いがなければ」


 どうぞ、とマスターが再び促した。


「……感謝する」


「フユナさんはお酒ではない方がよろしいですね」


 マスターがスイートルームに備え付けられたカウンターに入ると、慣れた手つきでノンアルコールカクテルを作って、コースターとともにフユナの前に置いた。


「ありがとうございます」


「では少々失礼しますので」


 マスターが部屋から出ていく。


「……ふぅ」


 ひとりになったフユナは、小さく息を吐く。

 でもよかった。これで今日中に答えを知ることができそうだ。


 置かれたワインレッドの飲み物を口にすると、さらりとした甘さの中にツン、とミントがきいていて、火照った体にぴったりだった。


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