第2話

そんな訳で、来てしまいました。


比良間町は運よく住宅地とは程遠い場所で、駅前にアパートは一つしかなかった。


ポストにも名前がフルネームで書かれていた。


もしアパート見つからなかったらさっさと帰ろうと思ってたけど、こんなに簡単に知れるなんて!


むしろ向こうから呼んでるくらいな感じ!


そんな風にウキウキしながらインターホンを鳴らす私。



「……はい、内田です」



声もバッチリ涼太くんだった。



「亜子ですっ!」



私が来たことに驚いたのか、しばらく応答がない涼太くん。



「……涼太くん?」

「……なんでココ知ってんの?」



いつもとは少し違う声。

……まぁ、寝てただろうし体調も悪いわけだし。



「前、涼太くんが言ってた!『比良間町の駅前』って。

駅前のアパート、ここしかなかったから」



またしばらく沈黙が流れ微かにため息。



「おれ……、バカだ……」



そしてガチャンとインターホンが切れる。


私はしばらく待ったけど、なかなかドアが開かなくて。



不思議に思ってもう一度インターホンを押しかけた時。




「おまたせ、亜子ちゃん!」




病人とは思えないほどの優しい笑顔で私を出迎える。



「涼太くんっ!」


「わざわざごめんね?

もうほとんど治ってるから心配しなくて平気だよ」



涼太くんはとあるブランドのスボンにオシャレなシャツ、イケてるパーカーを羽織ってて。


やっぱり王子様ってどこに行っても王子様!


見とれる私にニコリと微笑む涼太くん。



「どーかした?」


「ううん。

やっぱり涼太くんって、いつでもどこでもかっこいいんだなぁって」



そして私は買った林檎を渡した。



「これ、りんご!もし良かったら」


「ありがとう」



また涼太くんは笑うけど、その額には微かに汗が浮かぶ。



「涼太くん、ちゃんと食べてる?」


「え?あ、うん、もちろん」


「良かったら私、料理作るよ?」



そう言った私のことをなぜかビックリした顔で見る。



「え……?」


「だって涼太くん、体調悪いみたいだし。


大丈夫!私、こう見えて料理の腕には自信が-」



しかしそう言った私を肩を掴んで止める。



「え?なに?」


「いや、その……、別に食べれてるし平気」



しかし涼太くんの手は熱であつかった。



「でも、すごい熱いし……、」



手を額に持って行くとやっぱり熱かった。



「やっぱり涼太くん無理してるんじゃない?」


「いや、そんなことは……、」



そう喋ったときフラリと揺れた涼太くんを私は思わず掴んだ。



「ほら、やっぱり!」



涼太くんに有無を言わさず私は家に上がろうとする。



しかし必死で阻止する涼太くん。



「ほんと、大丈夫……」



だけど途切れ途切れの息からは大丈夫って感じではなかった。



「……ごめん、涼太くん。

やっぱり私、病人放っておけな-」



そう言って涼太くんの部屋を見て思わず絶句した。


大量に靴が散乱する玄関。

壁に沿って積まれた雑誌。


あちこちに散らばる沢山の、もの。



「……え?」



私が恐る恐る部屋に入ると、ワンルームのその部屋は窓際の布団の周りを漫画やお菓子の空袋が囲んでいる。



枕の真上にはパソコンがあり、その隣には延長コードで様々な機器が充電されている。



携帯はもちろん、ゲーム、音楽プレイヤー、何か分からない小さな機械。



しかも驚くのは。



その隣にはちゃんとベッドがあるってこと。



しかし、そのベッドには服や本が乗っていて、人が眠れる様子ではなかった。



「涼太くん……、これ……」



キッチンを覗くと、コンビニの弁当箱が流しに大量に。



「と、とりあえず……、何かつくるよ……。冷蔵庫開けるね……」



涼太くんは壁に寄り掛かり座り込んで頷く。

……やっぱり体調は本当に悪いんだ。その姿にはいつもどおりトキメいた。


……しかし。


何も入ってない冷蔵庫を見て、いや、正確にはビールとチーズとチューハイ、冷凍室にアイスしか入っていない冷蔵庫を見て何も言えなくなった。



私は無言で冷蔵庫を閉じる。


「……因みに涼太くん、薬飲んだ?」


「……コップのとなり」



私は散らばるDVDや雑誌を上手く避けながらコップにたどり着く。


まだ水の入ったコップの隣には『胃腸薬』と書かれた薬が。



「涼太くん、腹痛なの?」


「いや、違う。頭痛と高熱」



じゃあ飲む薬、完全に間違ってるよっ!



私の困惑が恐らく顔に出たんだろう。

涼太くんは鼻で笑って私のことを見上げた。



「ごめん、引いたね。


みんなの癒し系アイドルの本当の姿が、こんなだらしないダメ男なんて」



そう言った笑顔はいつもの天使とはまるで違う、自虐的なものだった。



「そんなこと……、」



なくなかった。正直、戸惑ってる。

だって涼太くんはいつも完璧で優しくて癒し系で大人で、こんな汚い部屋だったりあんな漫画読んだりそうゆうDVD見たり、そんなイメージはゼロだったから。



「……と、とりあえず、薬買ってく-」



言いかけた私を後ろから、抱きしめる。

熱い息が耳にかかった。



「りょ、涼太くん……?!」



「言ったらどーなるか分かってるよね……」



その息がかった少し暗い声はいつもの癒しの涼太くんじゃなかった。



「俺のイメージ壊されたらマジで困るんだよ。

積み上げてきたモノ崩す訳にいかない」



そりゃそうだ。


あの店に来てる涼太くん目当てのお客さんはこんな涼太くんを知ったら幻滅するだろう。



「美波ちゃんにも秘密」


「でも江口さんは知ってたよね……?」


「江口さんと佑久は別」



淡々とした口調で呼吸を整えながら言う。



「それ以外に言ったら……、」



涼太くんは私を振り向かせニコリ、と笑う。




「亜子ちゃんのこと、美味しく頂きます」




その笑顔はもちろん天使なんかにはこれっぽっちも見えなかった。




**



しかしその笑顔にはどうにも、敵いそうにない。







2011.01.29

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