贋焔の剣士、伝説を継がぬ者

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旅立ちの風

第1話偽物の英雄


 風の吹き抜ける音が、丘の上に響いていた。

 空は澄み渡り、遠くにうねる山並みが影絵のように重なっている。

 その頂に、一本の木が立っていた。枝は枯れかけ、葉もわずか。だが、ルガにはその姿が“剣”に見えた。


「……またここに来ちゃったな」


 少年は木の根元に腰を下ろし、懐から一本の木の枝を取り出す。

 太く、乾いていて、ちょうど両手で握るのにちょうどいい重さ。けれど、ただの枯れ枝だ。


「冥魔デュランダル、起動……!」

 そう言って、枝を掲げる。何度も何度も、幼いころからやっていた“ごっこ遊び”だ。

 だが今は、それが“本物”になっていた。


 枝が赤黒く染まり、焔のような気配が腕を走る。右腕は変化し、悪魔のような鋭い爪と黒き肌を纏う。

 手の中の枝が軋みながら、大剣の形を模して変形する。刀身には砲身のような円孔が浮かび上がっていた。


 ──《贋焔覇剣〈デュランダル〉》、発動。


 ルガは静かに立ち上がる。風が止み、空気が張り詰めたようになる。


「……いつ見ても、本物っぽくは見えるんだけどな」


 けれどそれは“贋作”だ。

 伝説に語られる“冥魔デュランダル”ではない。本物は、百年前の大戦の終焉とともに使い手と共に消え去った。

 その剣の模倣が、なぜかルガのスキルとして現れたのだ。


 「羨ましがられると思ったか? ぜんぜん。みんな笑うんだ、贋作じゃねえかって」

 「でもさ、誰も冥魔デュランダルを知らねえんだ。あの剣が、どれだけ格好良かったか……誰も語らねえ」


 だから、自分が語るしかない。誰よりもその剣に憧れ、誰よりもその剣を振るう男として。

 偽物でも、誇りは持てる。


「俺は──この剣で、旅に出るよ。冥魔の剣を、もう一度、世界に見せるためにさ」


 さぁー、と風が吹いた。

 剣は砲身を展開し、枝が限界を迎える。


「砲撃モード、試し撃ち──」


 ルガが構えた瞬間、大剣が赤黒い光を帯びる。砲口が熱を帯び、魔力が凝縮する。


「──魔焔崩砲インフェルノ・ブレイカー!」


 轟音と共に、光が丘を焼き払った。

 小さな崖が吹き飛び、辺りの木々が熱波でざわめいた。

 そして、手の中の“枝”がパキリと音を立て、粉々に砕けていく。


「……一本につき、一発。もったいないなあ」


 ルガは苦笑しながら破片を見つめた。

 枝は消えた。でも、剣は残っている。心の中に。腕に刻まれた熱に。


 背負ったリュックを背負い直し、ルガは歩き出した。

 ここから先、彼の旅が始まる。


 誰も知らない、偽物の剣士の、名もなき冒険が。

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