第2話:バッド・カウント

投稿内容を考えるのに、湊は30分以上かけた。

 ふざけすぎればスルーされるし、正論を吐いてもバッドは集まらない。悪趣味であればあるほど、人は反応する。湊はそれを理解していた。


 そして彼が投稿したのは、こうだった。


 >「電車の中で寝てる赤ん坊ってさ、枕にしたらすごく寝心地良さそう。あれだけうるさいんだ、せめて役に立てよ」


 送信。

 画面に反映された自分の投稿が、すぐに反応を得る。


 BAD:1

 BAD:3

 BAD:7

 LIKE:0


 「うわ、速ぇ……」


 投稿から数分で、10件を超えるバッドがついた。

 当然、湊に罪悪感などない。どころか、軽い興奮と高揚感を覚えていた。自分の言葉が、無数の誰かの心に波紋を投げている感覚。


 けれど、その夜。

 布団に潜り込んで、いつものように眠りにつこうとした湊の耳に、奇妙な音が入り込んできた。


 


 ──コッ……コッ……コッ……。


 


 時計の針のような音。それが、耳の奥に直接響いてくる。


 はじめは部屋のどこかの音かと思った。だが音源はない。鳴っているのは、頭の中。


 まるでカウントされているような、リズム。

 湊は目を閉じて、頭を振った。


 「寝不足だな……」


 そう思おうとした。


 けれどその夜、彼は夢を見た。


 


 薄暗いホーム。電車が来るはずの時間なのに、線路には赤ん坊が何十人も並べられていた。全員が目を閉じて眠っている。


 そして、その上に──誰かが横たわっている。

 湊だった。

 電車がゆっくりと迫ってくる。


 


 ──コッ……コッ……コッ……。


 


 電車の車輪が、赤ん坊の身体を轢いていく音と、時計の音が重なっていた。


 


 ──バッド数:121


 


 翌朝。湊が目を覚まし、スマホを確認すると、投稿はまだ勢いよくバッドを集め続けていた。


 >BAD:134

 >LIKE:0


 それを見たとき、背中に氷を滑らせたような冷たさが走った。


 夢と現実が、繋がってしまったような感覚。


 


 そのときだった。

 投稿に、一件の返信がついているのを見つけた。


 >【管理零】

 >「あなたの発想、素晴らしいですね。999まで、あと865。」


 


 湊はスマホを落としかけた。


 「管理零……? 誰だよ、それ……」


 その名前は、裏スレで噂されていた「管理人」だった。

 公式では存在が否定されている。だが、“BADの呪い”に詳しい者たちの間では、この管理零が「死の観測者」として投稿者のカウントを監視していると信じられていた。


 


 湊は初めて、あのスレッドに投稿したことを、ほんの少しだけ後悔した。

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