ep20. 魔女たちの宴
「札幌と言えば、ニッカウヰスキーとサッポロビールやんなー」
師匠はアルコールにしか興味無いのだろうか。
札幌大通りのニッカの看板を見上げながら、そんな事を言う。
「札幌と言えば味噌ラーメンでしょ?」
「いや、ジンギスカンだ」
「とうもころしじゃろ?」
「じゃがいもを串に刺して揚げたのは?」
みんな好き勝手な事を言っているが、事前に意見をまとめる事が出来なかったので、何も予定が決まっていない。
「もっと高いモノにしてくれ、経費が余ってるんだ」
「借金があるのに、社員旅行をする経費が余っている。不思議よねー」
「経費と言っても、錬金術じゃないんだぞ? 税金を払うよりマシってだけで、設備投資の一環なんだからな?」
「ワシら設備じゃないぞ」
神聖カワサキ帝国の社員旅行で札幌に来ているのだ。
何故そんなに経費が余っているのかというと、自称俺の弟子から巻き上げた雑居ビルの入居者達が反社だったから。正確には暴対法の対象組織ではなく、もっとたちの悪い連中。奴隷商や金貸しならマシな方で、振り込め詐欺とか闇バイトとか。
マネーロンダリングの一環で、相場の10倍20倍の家賃を納めてくれる。
前オーナーは、そこから何らかの形で還元をしていたらしいのだが、俺達はそんなものは引き継いでいない。こっちには弁護士に会計士、税理士、司法書士、行政書士と士業が揃っているので、「契約に無い事は知らん」と突っぱねている。
故に、神聖カワサキ帝国はキャッシュが余ってしょうがないのだが。
当然、連中は暴力で報復して来たので、避難と余剰利益の消費を兼ねて社員旅行にやって来た、というワケだ。
旅行が終わった後に、帰る場所が残ってればいいけどなあ。
旅行には、士業四天王とヴァンパイア美容師に加え、彼女達の仕事をサポートするパラリーガルなども参加している。総勢16名。好き勝手に生きている連中ばかりなので、気を付けていないとバラバラになりそうでこわい。大人なんだから、はぐれてもどうとでもするとは思うが。
彼女達を引率するのも、騎士である俺の仕事なので、心休まらない。
まったく、騎士って何なんだろうな?
殿下と出会ってから、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような日々だ。
経費の処理に苦心するなんて、お時給を稼いでいたほんの数か月前には思いもしなかったよ。
普段は、ビル設備の補修とか、雑用ばかりやっている。何しろ俺にはインフラエンジニアとしてのスキルしか無いからね。とはいっても、物理作業は得意では無いのだが。不器用だし。
でも、でもそういう作業に従事している時だけは、現実味があるよ。
旅行の手配も、地方出張の規模を少し大きくしたものだと思えば、慣れたものではある。
「お高いものと言えば、やっぱり蟹かしらね?」
「ほなら小樽で寿司でも食べたらええんちゃう?」
「函館もいいんじゃないの?」
「簡単に言ってるけど、札幌と函館は近くないからね?」
俺も現地に来て初めて知ったのだが。
札幌と函館は300キロ以上離れている。川崎市起点に置き換えると名古屋や仙台までの距離だ。小樽は比較的近いが、それでも40キロくらいは離れている。この人数で予定外の移動をするには厳しい。
たったの2泊3日で北海道を堪能するなんて、異世界ファンタジーでも無理な話なのよ。新千歳空港と札幌だけでも手一杯だろうな。
「これは朗報かも知れん。私の高校時代の同級生がフレンチの店をやっているのだが、貸し切りのドタキャンが発生して困っているそうだ」
「それって詐欺なんじゃないの?」
「だろうな。前日になって高級ワインを特定の酒屋から仕入れるよう指示して来たそうだから」
「詐欺師って頭良いのかバカなのか分からないわね」
「クズなのは間違いない。そんなクズのお陰でワシはメシを食えるわけじゃがー」
「先生、その発言は問題が」
「ともかくその店に行こうじゃないの。人助けにもなるし」
「のじゃー!」
札幌まで来てフレンチというのもどうか? と思ったけども。
北海道産の魚介や野菜が大量に用意されていて、十分北海道さらしさを味わえた。
フレンチのシェフに「醤油ないのか」とか「これ酒蒸しにして」だの、みんな好き勝手言っているけど、寛容なシェフはそんなオーダーに応えてくれている。さすがに、名古屋の赤味噌だけは無かったが。
士業四天王達の出身地が多彩である事も知れて楽しいよ。
「お? 平日の昼間から怪獣映画やってるぞ」
「地方局ってそんなもんでしょ?」
「平日昼間にのんびりテレビ観てる事なんてまずないからなー」
「うちは美容室で火曜日が休みだけど、テレビをそもそも見ないな」
店内の壁面に設置された巨大なモニターは、普段はスポーツ観戦とかに利用しているのだろうか? だとすると、フレンチとは言っても大人しく食べる雰囲気のお店ではないのだろうな。
そのモニターには大きな穴の開いた川崎を上空から捉えた映像が映っている。JR川崎駅辺りを中心とした半径1キロくらいのすり鉢状の穴だ。
シン・ゴジラがそうだったけど、普段見慣れた景色が怪獣に襲われていると臨場感が俄然上がる。今のところ、怪獣は登場していないけどね。
「JR川崎駅を中心として半径1キロ程度のクレーターが見えます。原因は、隕石の落下との事ですがー、まだ詳細な情報は入って来て居ません」
「へえ、本物のニュースキャスターだぞ。平成ガメラシリーズみたいだな」
「番組独自で専門家に伺ったところ、形成されているクレーターの大きさから推測して、直径200メートル、2千万トンくらいの隕石ではないか、との事です」
「ふーん? 考証も割としっかりしてんな?」
インフラエンジニアだった頃の俺自身もそうだったけど、仕事が忙しいとオタク化し易いのだろうか? 深夜に酒飲みながら、配信のアニメや映画見たり、寝る前に寝床でラノベ読んだりとか、それくらいしか娯楽を消費する暇が無いもんな。
神聖カワサキ帝国の従業員達は、ほぼ全員が怪獣映画を観ながらオタクトークに花を咲かせている。
「ニュース速報のシーンちょっと長くない?」
「怪獣もウルトラマンも出て来んしー」
「チャンネル替えていい?」
「どうぞー、貸し切りなんでご自由に」
店員に渡されたリモコンでチャンネルを切り替えてみたのだけども。
「おい、BSテレ東まで同じニュースやってんぞ!?」
「まじかー、これ現実かよー。しかもテレ東が緊急ニュース流しちゃうレベルだよー」
「JR川崎駅から半径1キロっていうとー?東は15号線辺りまで入るかな?」
「うーん、競馬場と競輪場の端っこが入るくらいかなー?」
「じゃあ、うちらのビルは?」
「跡形も無いでしょうね」
現実感が無いにも程があるが、これは現実なんだよな?
神聖カワサキ帝国の王女様と近衛騎士 へるきち @helkitty
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