ep19. 魔界会議

「えー、神聖カワサキ帝国の、役員会議を始めます。議長は、私って事でいいですかね? 美容師のアゼリア凶子です」

「ねえ、それって本名なの? 株式会社として議事録残さないといけないんだけど」

「本名よ。全員の戸籍は洗ったでしょ」

「社長が言うと架空の設定にしか聞こえないんだけど」


 神聖カワサキ帝国は、株式会社になった。

 取り壊しの決まった雑居ビル「ペガサス同盟」に入っていたテナントの経営者達が役員として参画した。

 売り上げは全て神聖カワサキ帝国に献上されるわけだが、家賃は不要だし、移転の費用も会社持ち。彼女達にも少なくないメリットがあるのだ。士業が多いから協業も捗るしね。


「父親がイタリア人で、母親が日本人なのです」

「アゼリアってイタリア語じゃないだろ。何よりも、純和風なツラなんだけど」

「すっとんつるりんだしな」

「父親が遺伝子的にも父親であるとは限らないでしょ?」

「なるほど。母親の不貞がバレバレじゃねえか」

「凶子ってなんなのよ? キラキラネームってやつ?」

「改名したいなら、実費で手続きしてやるが」

「父が付けてくれた名なので。唯一の繋がりだから、このままで結構です」


 初回の会議だから、いきなり脱線するのも仕方ないだろう。

 むしろ、いきなり打ち解けあっているのはいい事だろう。


「人の名前をいじったらあかんよ。そろそろ本題に入ろ」


 師匠の芸名も、似たようなもんだからなあ。


「ではー、最初の議題は裏切り者の処刑について」

「殺すワケにはいかんしなあ」


 裏切り者とは言っているが。

 最初から敵だったのだ。この会社が居を構えるこのビルのオーナーは。

 俺の後輩だったせいで、話が分かりづらくなったけどね?

 くたびれたおっさんに、そそのかされていた様にも見えていたけど、聖女を自称する高津 香子が主犯だった。なお、くたびれたおっさんは、俺と殿下の予想通りロッテンマイヤーだったよ。


 あのボロビルを殿下に押し付けた辺りから、聖女様のシナリオだったらしい。

 奴隷商やら高利貸しをやっていた親の跡継ぎなのだ。聖なる女であるはずもなかった。魔物の子は、魔物だったのだ。


「既に社会的には抹殺しちゃってるけどね」


 弁護士、行政書士、会計士、税理士、美容師、元ミュージシャンのチンピラ、システムエンジニア。

 これだけのプロフェッショナル集団を敵に回してしまったのだ。しかも、プロフェッショナル達は結託してしまった。

 真新しいビルの1本を横取りしてしまった。


 いやまあ、俺は証拠保全をデジタルで行っただけで、ハッキングとかはしてないよ?

 映画じゃよく、タカタカタカッ! すっぱーん! ってキーボード叩いて「今、敵の口座の残高を全て、うちに移したわ。闇口座で洗ってね」なんてやってるけどね?  

 あんなの現実にやれるのは国家規模のテロ集団くらいでしょ。闇口座って何デスかね?

 極めて合法的に、敵の資産をうちに付け替えたのだ。

 現代社会で最強の魔法は、法律ってやつだ。異世界の近衛騎士には太刀打ちなんか出来んよ。


「追い詰め過ぎると、かえって危険よ」

「だったら、嫁に出そう。ついでに、戸籍から抜いてしまえば、この不動産と完全に無関係になるし」

「なるほど。イケメンでもあてがっておけば、奴もハッピーって事ね」

「見た目は、美容師の私が、どうとでもしてやりますよ」

「美容師が意外になあ、役に立ってんだよなあ」

「認めたくないけど、人は見た目だからね。特に、ワシら女は。それが嫌で、青春時代の全てを法律の勉強に捧げたんだが」

「また話が逸れてるわよ。そういうのは、この後の懇親会にしてね」


 しかし、イケメンなあ?

 イケメンに心当たりありそうなメンツじゃないんだけど。

 青春時代だけじゃなく、社会人生活も仕事に捧げちゃってる人達だもんなあ。


「きっとアンちゃんに似たイケメンが好みなのよね?」

「アンちゃんって、兄さんみたいやな。見た目も兄さんやし」

「姉さんが結婚してあげたら?」

「ややこしくなるだろ? それに結婚するなら、ニャアちゃんのがいい」

「議事録に残るのよ? それこそこの後の懇親会にして」


 ロッテンマイヤーってワケにはいかんしなあ。

 あれは、アンコ大魔王の元でやらかしたアレコレで収監確定だ。

 生きて出て来れないかも知れない。

 聖女の方は、罪に問える様な事はしていなかった。

 余計に、えぐいんだけどね。


「マッチングアプリに勝手に登録してやるとか?」

「犯罪だからなあ、それ。揉み消すのは弁護士の仕事じゃないよ」

「うーん、この件は保留にして、お金の話をしましょう」

「それは、会計士の私に任せてくれ」


 テナントの移転にかかった費用など、お金の動きについて会計士が報告してくれた。ちなみに、会計ソフトをクラウドに移したのは俺だよ。ちゃんと働いてるんだよ。


「なるほど。ボロビルの跡地にビルを建てるのは、少し先の方がいいかしらね?」

「そうだねえ。利益の出る事業を増やしてからの方がいいかな。今年度は、十分に設備投資をしたよ」

「ふふっ、四天王である我らを買ったからな」

「あんたは、四天王じゃないでしょ」

「別に買ったわけじゃないし」


 雰囲気がだれて来たな。そろそろ、頃合いだろう。


「この辺で、切り上げましょうか。なにか急ぎで共有したい情報や、相談事項はあるかしら?」

「ん-。無いね。相談したい事ならあるけど、飲みの席の方がよさそうだし」

「じゃあ、各自仕事を片付けたら、19時までに1階の喫茶店に集合してね」

「のじゃー!」


 され、俺はそれまでに議事録を清書しておくか。

 残せない話題もあったけど。


 ユニコーン教会という名だったビルは、カワサキペガサスゼロ、と名を変えて神聖カワサキ帝国のものになった。ゼロと付けた以上は、ファーストやマークⅡもあるのだろなあ。

 1階に入っているのは、師匠が経営している喫茶店だ。ジャズ喫茶でも爆音喫茶でもない、純粋な喫茶店だ。昨今は、チェーンのカフェに圧されて淘汰されつつあるらしい。カフェと競合する事もなく、むしろカフェよりも純喫茶でしょうという客層に受けている。ジャズ喫茶クロスロードから持って来た昭和な内装が、若者に受けてもいる。何が成功するのか分からんもんだよ。


 その店の、隅っこ。トイレ前の不人気席で、俺はノートパソコンを開き、議事録を清書している。対面で会議しながらも、敢えてWeb会議をしてAIに議事録をとって貰ったのだが。大半は、ノイズとしてばっさりカットされていた。

 AIの判断だと、俺達の会議は世間話にしか聞こえなかったらしい。

 

 なお、ノートパソコンはオサレ感皆無の、真っ黒なB5サイズだ。決してカフェでどやってるワケじゃないぞ? 俺専用の仕事部屋は無いわけじゃないけど、ここの方が気分が変わっていいんだ。師匠が遊んでくれるし。


「外歩いてんの、カヲルコちゃうか? なんや雰囲気変わっとるけど」


 師匠に言われて、外を見る。

 内装な昭和な雰囲気にしてあるけど、ビルの方は現代的にガラス多めでオープンな構造なのだ。窓際に外を向いたカウンターなんかは無いし、外が良く見える。

 横須賀の山奥で籠ってたデータセンターとは、雲泥の差だよ。あそこに一日居ると、刑務作業でもしてる気分になるからな。俺は、太陽光が好きなのだ。


 今日は晴れていて、気分がいい。

 外に居ると煮えそうだけど。

 そんな煮えそうな大気の中、カヲルコが若い男に連れられて歩いて行く。

 わざわざ、ここを通っているのだろうか? いや、どうやら偶然みたいだな。こっちには、まるで意識を向けていない。


「俺らが、余計な事するまでもないみたいだね?」

「そうやとええけどなあ。アレ、ツボとか絵画売り付けてんちゃうか?」

「それならそれで、いいんじゃないの? 楽しくやってるみたいじゃん」

「せやなあ。あの不屈さは師匠譲りなんかなあ」

「弟子をとった覚えはないよ。勝手に懐いてただけで」


 実際のところどうなのかは、案外と本人にも分からないのかも知れないけれど。

 彼女は、父親の遺産という呪縛から解放されて、自由になったのかもな。

 うちの殿下は、父親の遺産から浄化された部分だけを受け取ったけども。

 カヲルコの方は、負の遺産も含めて、いろいろと背負ってしまったのだろう。


 知らんけどな。


 明るい太陽の下で輝く笑顔は、可愛く見えたよ。

 殿下に知れたら、どんなに目に会うか分からないから、言葉にはしないけど。

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