ep17. 5人目の魔女
「実家に帰ったんじゃなかったのか?」
「はい。家業を継いだのです」
「ああ、そっか。実家っていうから勝手に地方を想像してたわ」
「実家は、川崎なんですよ」
今から、15年前。俺は、川崎に越して来た。都内の会社に就職が決まっていた。
俺は、都の華やかに胸躍らせながら上京した。川崎は東京じゃないけどな。
しかし、俺が扉を開いたそこは奴隷商人が蠢く魔窟、ブラック企業だった。引っ越しで大部分の預金を使ってしまった俺には、仕切り直す余裕が無かった。地獄行きの扉を開けてしまったんだ。
この辺の書きっぷり、後で読み返して悶えるやつだな。だが、これだけ陳腐な言葉を並べても、当時の俺の絶望は伝わる気がしない。
いや、俺はまだ希望を失ってはいなかったよ。品川辺りの高層ビルを何本か俺のモノにしてやろうなんて思っていたっけ。
奴隷商人にも利用価値はあったのだ。スキルマッチを無視して、上流工程の派遣先へ入れてくれた。何社も間に挟まっていたので、情報が正確に伝わらなかったのかも知れない。当時の俺のスキルではこなせない難易度の業務だったのだが必死でこなした。やりきれば「実務経験あり」を勝ち取れるのだから。
今でも、京急のドレミファインバーターの音色を聞くと、当時のざらついた暗い心情を思い出す。派遣先は横須賀の山の中にあった。若者の街、渋谷で勤務だぜー! 住まいは大都会川崎だぜー! なんてテンションは子供じみた夢想だったと、すぐに気付かされた。
RPGで例えるなら。木の棒だけ持って、装備もパンツ一丁な低レベルなのに、強敵の居るフィールドに迷い込んだようなものだ。致命傷さえ回避すれば、レベルの上昇は早い。生と死の狭間で、俺はレベルを上げ、当初は難解だった資格も取得し、確実にシステムエンジニアとして成長出来た。
やりたくない事はやらんでいい。でも、やらなあかん事も時にはあるんや。
そんな事を、ぼけーっとしたツラで言う師匠と、たまに一緒に飲む事だけが、俺の救いだったよ。
あと、お風呂ね。川崎の漆黒の湯に感動した俺は、師匠も洗脳してオフロスキーにしてやった。あれは、人の魂をふにゃっとさせる悪魔の湯だ。
そのブラック会社を逃げ出す余裕が出来た時には、フリーランスとして大手金融機関の上流工程に参画していた。
今の時代だと、同じ様な事は、無理だろうね。初心者のIT派遣は一体何処でレベル上げをすればいいのやら?
で、こいつだが。そのブラック企業に新卒で入社して来た。俺が、中途で入った翌年度だ。横須賀の派遣先から生還した俺は、ちょっとしたドラゴンスレイヤー気取りだった。だって、同期で入った中途採用は、俺以外派遣先で滅んでしまったから。
渋谷の社内勤務になった俺は、現場作業を日々こなしていた。現場作業というのは、手順書に従って、パソコンを操作する程度の、まあ誰でも出来ちゃう程度の作業だよ。人手の足りない大手から、営業が請け負って来る。社内勤務と言いつつも、手順書の廃棄と回収以外では社に行った事は無かった。
俺は、この地獄から早く抜け出そうと、少しでも実力を示すため、現地のリーダー役を買って出た。そのチームの中に居たのが、こいつだ。
2年目に抜け出す準備が整い、俺が退社する日。こいつは、一通の手紙をくれたよ。それは、今でも大切に保管してある。ラブレターなんかじゃないぞ? 先輩への感謝と激励を綴った手紙だ。
「あの頃は、もっとこうギャルっぽいってか、ヤンキーじゃなかった?」
髪も明るい色だったし、目元もバサバサしてた。こいつにIT系の仕事は無理じゃないか? と思ったけど、根性だけはあった。真摯であろうとする真っすぐさも持ち合わせていた。なので、そこそこ目にかけては居たんだよ。一緒に、こっそり現場を抜け出して、コンビニでアイス買ってやって、さぼったりね。悪い先輩だな、俺。
「いや、あれは擬態って言うか。これが素の自分なんです」
三つ編みのお下げが似合いそうな、華やかさには欠ける佇まい。つい、マシュウになって「そうさのう」と言い出したくなる。こうして見ると、思ってた以上に小柄だ。
それでも、殿下よりは大きいけど。新卒だった時期から推定すると、もうアラサーってやつか? そりゃそうか、俺と5つ程度の差だもんな。それが20歳前後に見えるのだから、俺らと同じ種族かもなあ。
俺が抜け出してから1年程経ってから、そのブラック企業は経営が傾いたらしい。社長が、経費で愛人囲うマンション借りたり、ドイツ車に乗り回したりする様な会社だったからな。世界的な景気の悪化の影響から抜け出せずに、倒産寸前までいったようだ。
どういうやり方をしたのか知らんが、人事担当者が生贄として解雇され、そいつが採用した新卒も居なかった事にされた。カヲルコも巻き添えになる形で、解雇されたのだ。それで、田舎に帰ったのだと、人伝に聞いたのだが。
実際には、川崎に居て、実家の家業を手伝っていた。そして、殿下と同じタイミングで、親が亡くなり跡を継ぐ事になり、ユニコーン教会なる自社ビルを運用する事になった。何があったのかは知らないけど、すっかり自信の無い娘になってしまっている。あの頃よりも小さく見えるのは、背中を丸めているからだな。
そんなところを付け込まれたんだろうなあ。くたびれたおっさんに、うちのビルを潰して乗っ取る話を持ち掛けられ、押し切られたのだ。今日は意を決して、おっさんの所業を詫びに来たそうだ。根性と、真摯であろうとする真っすぐさは、まだ失っていなかったのだ。
そんな事を、つっかえながらも、俺達に話してくれた。
高津
「なるほど。敵のボスは、そのくたびれたおっさんね」
カヲルコが、何故この幼女は偉そうなのか? って顔をして殿下を見ている。そういや、まだ紹介してなかったか。まあ、今後も会う様なら、その時でもいいか。今この場には、俺を含め7人も居るからな。おかしな生物多めで。
「くたびれたおっさんで、うちに害をなそうとしている、と言えば」
「ロッテンマイヤーかしらね?」
王家に仕えた税理士だか会計士。どんな恨みを抱いているのやら。王家ごっこ遊びが苦痛だったとか? 親が残した不動産を食い潰しているような小者が、ワシは王じゃー、とか言ってりゃ、殺意も沸くってか? その娘は殿下で、輪をかけてどうかしてるしな。
このビルを残したのも、奴の仕込んだ毒だったのだろう。奴が俺らに向けて放った、初弾だったのだ。おかしな名義の通帳をオマケに付けた事にも、何らかの意図があったのかもな。まさか、通帳の本来の持ち主が、俺の師匠だとは知らなかったのだろうよ。十字路で交わした悪魔の契約を破棄しなかったら、何らの罪には問えただろうなあ。
「いたいけな乙女達を、こんなマヌケな罠に嵌めるなんてね。そういう奴はどうすればいい?」
「さすがに殺したらあかんやろ」
「まあそうね。元家臣なのだし? 手足をもぐ程度にしておきましょうか?」
ちゃんと止血しないと死んじゃうよ? 昆虫じゃないんだから。
「具体的にどうすんねん? うちは音楽業界の事すら、よう分かってない隠居老人やで?」
「そうね。近衛騎士団の、お姉様方に知恵をお借り出来ないかしら」
どういう偶然なのか、このビルのテナントの代表者達は、全員お姉様なのだ。我が帝国には、Y染色体が存在しないな。
染色体構造はどうでもいいが、いずれも歴戦の事業家である。くたびれたおっさんのひとりやふたり、スナック感覚で抹殺出来るんじゃなかろうか?
「そうねえ。今日は金曜日だし? 各自早めに仕事を切り上げて、夕方もう一度集合しない?」
「そうだねー。飲みに行っちゃう?」
「いいね! 今までこんな交流無かったけど、私達年も近そうだし」
「これを機会に結束しよう!漲ってきたわあ」
屈強なお姉様方は、業務に戻って行った。暇なわけじゃ無かったんだね。
「母さんも後で呼びましょうか。仕事はひと段落してるはずだし。で、あんたはどうする?」
殿下が、香子に問う。
「夕方までここに居てもいいですかね? まさかここに居るとは、あのくたびれたおっさんは思わないでしょ?」
「そうかもね? いずれにしても、あなたは我が帝国の敵ではないって事ね?」
「は、はい!せ、聖女の名にかけて、王女様に忠誠を誓います!」
教会の聖女だったんだ。なんだ、こいつも同じ
いつの間にか、目の前の幼女を王女様と認定している。意外と目聡いな。こいつに逆らうとクビを刎ねられそうな狂気が漏れてるもんな。いや、自分に自信が無くて、びくびくおどおどしているから、他人の振る舞いに過敏なんだろうな。空気の読めない俺には無い能力だ。
「よし! じゃあ、お風呂へ行こうか!」
「アンは、風呂ばっかりやなあ」
「魂を洗いっこするんだよ」
カヲルコが、はぁ? って顔してる。コイツ案外表情豊かだよな。
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