ep16. 帝国の敵
「我が帝国に立ち向かって来る、愚かな敵が現れたわ」
王女殿下が言う敵とは、いつもの脳内妄想、イマジナリー魔王などではなく、リアルに現代社会に存在する敵らしい。
3つ並べた布団の上に、パンツ丸出しで正座している。殿下を知らない人には、真面目な様子には見えないだろうけどね。いや、美少女が真剣にしていれば、例えミツバチの様なパンツでも、耳を傾けるかも知れない。
敵とは何だろうか?
「敵ってなんやの?魔導士? 神獣?お巡りさん?」
「地上げ屋かしらね?」
平成初期の頃の地上げ屋と言えば、ザ・ヤクザだった。建物に、ダンプを突っ込ませたりね。令和の地上げ屋は、ちょっとは知性があるらしい。その分えげつないらしいが。
「なんや、リアルな敵やんけ。素直に売ったったら?」
「いえ、まだ買い上げの交渉には来てないの」
殿下はコミュ障のクセに、この雑居ビルの新任オーナーとして、テナントに挨拶周りに行った。ひとりだと迷子の幼女に見えかねないので、俺も一緒に行った。子供にしか見えない殿下は、すさんだ大人の心を掴んでしまったらしい。幼女に逆らえる大人はそうそう居ないからね。テナントの入居達とすっかり仲良くなって、遊びに行っては、おやつを貰って帰って来る。毎日が、ハロウィンな殿下だ。
そんな、お茶のみ話のかたわら、情報提供があったそうだ。
「近所に建った新築のビルが、我が領民達に営業をかけて来てるのよ。移転費用も出すから移転しませんかって」
「んー? それって、別にいいんじゃないの? 自主的に出て行ってくれた方が、こっちは助かるじゃん」
敷金の返済が、全テナント分一斉に発生すれば、かなりのダメージではあるけど。現金は、作れないわけではない。現代世界にも、借金という錬金術が存在するのだ。代償は利子、もしくは抵当の差し押さえ。
「それがね。不動産屋に、相場よりも高く出すから、ここが空いたら教えてくれってのが何人か来てるんだって」
「ああ、そいつらを居座らせてから、買い上げの交渉に来るのかな?」
こちらから立ち退いてもらう場合は、立ち退き手数料を支払う必要があり、これが結構な高額になる。不動産は借りている側の権利が強過ぎるからだ。敷金は賃料の10ヵ月分だけど、立ち退き料は最低でも3年分必要になる。借主によっては、もっと多額の立ち退き料を請求する事もある。これも、現代世界の錬金術の一種で、取り壊されそうなビルに立ち退き料目当てで入居する企業があるそうだ。
入居者が残った状態で、この雑居ビルの土地を売ってしまった場合。立ち退き料は、土地を担保にして借りたところで、返せる宛てがあるのか? って規模になるだろう。まあ、全部聞きかじった知識でしか無いんだけど。
「貸さんかったらええやん。空いても募集かける気ないんやろ?」
「そうなのよね。あほなのかしらね?」
「あほ過ぎて、逆にこわいな?」
俺は、システムエンジニアとして15年くらいやって来た。クライアントに不動産業が居たりもしたが、不動産の世界の事なんて分からない。ザ・ヤクザが来ても戦い方を知らない。ヤクザみたいな顧客なら、金融業界に腐る程居るけどね。
「とりあえず、その新築のビルを見に行かない?」
「ええな、スタッフTシャツでも着て行こか」
「相手は、こっちが見た目、幼女とJKだって知ってるのかな?」
「さあ? まだパパがオーナーだと思ってるんじゃないの?」
税理士のお手伝いをする様になってから、殿下の中で、異世界設定が薄れつつあるようだ。漆黒王がパパになっちゃってる。お金の世界、特に税金の世界は現実味が強いのかも知れない。俺は、逆にファンタジーな気がするけどね。見えないところで、億単位のお金が、妖精か天使の様に飛び交っている様な気がして。まあ、実際そうなのだろうけども。
「ふむ。敵地に乗り込むなら、ひとりくらいは強面のおっさんが欲しいわね。姉さんは、強面のお兄さんだもんね。うちのメンツの中に、テナント借りて事業起こしそうなのが居ない」
「せやなー。でもウチ、友達おらへんで」
「私もよ」
「俺もだな」
いや? 別に友達を呼ぶ必要はないだろ。くたびれたおっさんと言えば。
「ロッテンマイヤーさんは?」
「あれは、引退して地元に帰ったでしょ」
「このビルの店子に頼んだらええやん。実際に移転するかも知れんのやし」
「あ、そっか」
明日早々に、テナントのおっさんやお姉さん達に声をかけてみよう、って事で、さっさと寝る事にした。3人共乙女だから、布団で中でする事も無い。あるかも知れないけど、誰もやり方を知らない。
そして、翌日。
1階の喫茶店、といっても営業する事なく終わりそうだけど。その店内に、ニャアちゃん近衛騎士隊なる連中が集っていた。この雑居ビルの全テナントから、代表者が集まっている。テナントは全部で4つ、4人の騎士達だ。
騎士達は、何故こんなポンコツ帝国に忠誠を捧げてくれるのだろうか?
「ニャアちゃんには、年度末の決算手伝って貰ったからね! 報酬は高かったけど」
「アン先生には、うちのネットワークの不調を直して貰ったからね! 報酬は高かったけど」
「さっちゃんには、夜の店で接待して貰ったからね! 何故か、うちが飲み代払ったけど」
「私は、単純にロリコンだから」
なんか犯罪者予備軍が混じってますけど。プラトニックなロリコンであって欲しい。きれいなお姉さんなんだけどな。クール系美女って感じの。まあ、餌食になるのは変態王女だし、いいか。いや? 傷を負うのはお姉さんの方かな?
「17歳くらいの乙女の血がもっともうまい。くくっ」
しまった! バンパイヤ姉さんだった!? ターゲットは師匠か。じゃあ、尚更どうでもいいや。中身は還暦間近だからね、コレ。17歳に見えてるみたいだけど。
「17歳の男の子の血はもっとうまい!」
俺には、ちんちん無いんだが? まあ、いいや。手を出して来たら、風呂に沈めてやろう。慣用句的な意味でもいいぞ。やり方知らんけど。そんなコネあるわけないし。
「ほいでー? 4人も居るのは心強いねんけど。どないすんの?」
「うーん? 移転するからって言って、仮で予約したまま半年くらい引っ張るとか?」
「詐欺罪に問われないかしら? 半年も空室のままだと、かなりのダメージだろうけどね」
「名言しなきゃいいんよ。向こうも、貴重なタマなんだから、簡単には手離せないでしょ?」
「わー、ここ綺麗でおっされー! 移転したいなー! って、騒ぐだけでも、勝手に空けといてくれるかも?」
「シンプルに爆破しちゃえば?」
やっぱり犯罪者予備軍が、混じってるね?
「まあ、ともかく行ってみましょうか」
敵に連絡すると、今すぐにお迎えに上がります! とか言ってる。暇なのかな?
果たして、やって来た敵とはどんな奴だったのか?
それは、ただの小娘だった。20歳くらいじゃない? まさか殿下の、かつてのクラスメイトだったり?
「営業かけて来たのと違うわよ?」
「うちには、くたびれたおっさんが来た」
「うちも、そうだよ。いろいろ患ってそうだった」
「血の不味そうな奴だったな、こいつも旬は過ぎてそうだけど」
人見知りらしい。店の前で、もじもじうろうろしてる。どう見ても、営業担当じゃないな。ビルのオーナーかな? こいつも、殿下と同じでパパの遺産を引き継いじゃったのかな?
しばらくそうしていたが、覚悟を決めたらしく、小さく拳を握りしめてから、店のドアに手をかけた。悪いな、その扉は内開きなんだよ。店舗の入り口って、外開きが多いんだけどね。設計者が、いきってたんだろ。50年以上前の世界で。
ガフってなって、真っ赤な顔になり、泣きながら帰りそうになっているので、迎えに出た。
「えーっと、ユニコーン教会の人だよね?」
宗教法人などではなく、それが敵のビルの名称なのだ。うちのペガサス同盟と、いい勝負してるよ。時空を越えた中二バトルの開始だ。殿下のパパも中二だったんだね。50年以上前から、そんなの居たんだ。殿下の中二回路は、母親からの遺伝と、育った環境で形成されたらしい。一種の英才教育だな。
「あ、はい! え!? 先生!?」
「は? 俺の事を先生と呼ぶお前は?」
誰だっけ? 20歳前後の知り合いなんて、殿下しか居ないぞ。俺は、田舎で剣術の道場を開いてたりもしない。実質中卒だから、家庭教師とか塾の講師もした事ないよ。学力で言えば、小学生並だからね。ITとロックの知識しか無いよ。
「あれ!? そんな!」
「まあ、いいや。中に入ったら? お茶位出すよ」
「あ、は、はい!」
あー、何か思い出したかも? こんな地味っ娘じゃなかったと思うんだけどなあ?
確か、こいつもキョウコだよ。5人目のキョウコだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます