ep15. 王宮をDIY

 新たな領地である雑居ビルの屋上には、探偵が住んでいそうな小屋がある。


 老朽化が進んでおり、そのままでは住めないので、師匠と俺とで修繕する事にした。王宮をDIYで修繕する、音楽家と近衛騎士。我が帝国は、資金難なのだ。


「あかんな」

「そうだね」


 師匠も俺も道具を揃える所から始めたがる性格だから、早々に諦める事になった。

 だって、あれもこれもと揃えようとすると、高過ぎたのだ。買い揃えたら、その道具だけで、この小屋埋まるんじゃないの?


「そもそもが。アンもウチも不器用やんな?」

「破壊なら、まだしもね?」


 ここは、動物たちが集う島ではない。神聖カワサキ帝国だ。チュウニ回路全開の、年齢不詳な動物しか居ない。住居のリペアは難易度が高過ぎた。


「森といいながら島の、あのゲームを参考にしても楽しくはならんな?」

「師匠まだあのゲームやってんの?」

「いや。今行ったら、相当にカオスやろな。こわくてよう行かんわ」

「分かる。どうしよう、大型動物の全裸死体が転がってたら」


 殿下のマンションを建てた職人ギルドに、見積もりを依頼した。


「素人が手を出す前に呼んでくれて正解ですよ」


 などと言われた。似たようなケースが多いんだろうな。人類はチャレンジ精神を失ってなどいないのだ。謎の神目線で安堵する俺達。やらかしちゃった世界線の俺達よりもマシってとこかな?


 ワンルームで風呂も無い小屋だ。100万円で十分だそうだ。

 それくらいなら、帝国の国家予算から捻出出来るな。


「師匠、家賃はいくら払ってくれんの?」

「ん-? ボロとはいえ、立地はええからなあ。10万円ちゃう?」


 じゃあ、10ヵ月で投下した資金が回収出来るな。


「敷金出す?」

「えー? ビルごと、その内取り壊すんやろ? とんなや」

「まあ、そうね。お猫様と同居してもいいよ。というかして」

「屋上に猫住まわせたら、危なくない? お猫様は、喫茶店に住んでもろたら?」

「いや、猫カフェにしちゃうと、第一種動物取扱業になるから。資格も必要だし。かなりハードル高い」

「猫に爆音でヘビメタ聴かすんもようない気がするな」


 ジャズ喫茶クロスロードは、爆音喫茶として生まれ変わる予定だ。

 店名は、そのまま。看板をそのまま使えるからね。


「爆音喫茶って成立するんやろか?」

「難しいかも知れない。会話すんの無理だもんね」

「ま、ええか。爆音でロック。最高やんけ。客はともかく、ウチらは最高や」

「いっそ会員制って事にして、客の入店を阻止しちゃう?」

「ただの遊び場やんけ。でも、ええな!」


 程よく経費を溶かして遊びたいだけなのだ。それでいいのではないだろうか?


「何バカな事言っているのよ? それだと営業の事実が認められないじゃないの」

「せやなー。あかんかー」

「だいたいが、著作権にうるさいのよ、昨今の音楽業界は。あんたの曲だけ流すの? 誰が聴きに来るのよ」

「根本からダメ出しされてもうたで?」


 殿下の言う通りだった。下手したら自身の楽曲でも徴収に来るって言うからね。

 でも、どうすればいいかなんて思い浮かばないので、お風呂に行こうか。


「私は、これから母さんの手伝いだから。お風呂行けないわよ」

「ほんとに税理士になる気?」

「それはともかく、今忙しいんだって。納期ギリギリまで仕事しないのよね。あの人」

「ほな、ウチとアンだけで行こか」


 まだ、日が高い。風呂上りにビールを飲むのは贅沢というものだろう。

 どうせ、夜になれば、爆音喫茶で師匠と飲むのだ。第5期もええな、とか言いながら、爆音で音楽をかけて。

 ならば、車で行くかな? この辺りは、カーシェアの車が沢山あって便利だ。


「お風呂行くのもいいけどね。部屋探しはどうなってんの?このまま喫茶店に住むの? それでもいいけど、それだと喫茶店経営は無理よね」


 殿下と俺は、喫茶店に住んでいる。

 マンションは満室なので、もう戻れない。喫茶店の営業を再開するなら、他に部屋を探さなねばならない。日中帯は喫茶店に居るわけだから、寝に帰るだけの部屋になりそう。娯楽設備は、喫茶店に揃えるつもりだし、家に帰らないかもね?


「この小屋でええんちゃう? 寝るだけやろ」


 ワンルームで6畳も無い。設備は簡易的な流し台がひとつと、トイレだけ。シャワールームも、洗面台も無し。乙女たちが暮らすにはどうかしてる設備だな? 流しで顔洗うの? 別にいいよな。寝るだけなら3人でも住めそう。


 喫茶店にも当然と言うべきか、お風呂は無いので、近所のスポーツジムの会員になった。ジムの会費の方が、銭湯に毎日行くよりも安く済むのだ。この辺りに銭湯は一軒しかないけど、ジムは沢山あるし。その気になれば運動も出来るしね。

 もちろん、それとは別にスーパーなお風呂にも行くよ。


「まあ、過ちが起きる組み合わせでもないしね。それでもいいわよ」


 仮に起きたとしても、何も問題はないような。問題って何だろうか? 難しい問題だな。


「ほな解決したし。お風呂行こか」

「どうやって行く? 車? そういえば軽トラどうすんの?」

「あー、あれな。引っ越しで使ったら、手放そうかな。この辺の駐車場全然空きないやん。あっても高いし」


 日常的に、機材運ぶ用も無いしね。カーシェアがあるから、車は必要な時だけ借りればいい。JR川崎駅と京急川崎駅があれば、車は無くても困らない。車の維持費と、かかる手間を考えれば、タクシーでも安いくらいだ。


「歩いて行こ。年取ったら歩かなあかん」


 師匠が、ルフロンの家電量販店に寄りたいと言うので、歩いて出発する。

 確かに、体がなまると腰痛や肩こりがひどくなる。だったらジムで運動しろよって気もするね。それは、まあその内。


 うちの殿下も即断即決だけど。師匠は、それを上回る。もしかしたら、何も考えていないのかも。そのお金出すの、師匠でいいの?

 喫茶店で使う、テレビとオーディオを一気に揃えた。配送の手続きが面倒なので、スマホのアプリを駆使してその場で、オンラインショップに注文を入れていった。ここは、店舗で見て、オンラインショップで買う事も推奨しているからね。


「スピーカーは見ても分からんが、ここで聴いても分からん。音響は部屋で全く変わるからな。これや、こいつがええ感じがするで!」


 と、直感だけで選び、同じものを12個くらい買おうとして、踏みとどまった。


「アトモスやんないの?」

「どうやって天井にスピーカーつけんねん。不器用なウチらに出来ると思うか?」


 前後左右に加えて、天井にまでスピーカーを設置するのがドルビーアトモスだ。

 昔のSF小説に、極小のレコードと、256chくらいスピーカーセットが出て来て、どこまで現実になるんだかね? と思ったものだけど。

 現実には、紙吹雪くらいのSDカードにレコード数百枚分入っちゃってフィクションを越えたけど、スピーカーの数はまだ10個とかそんなもんだ。

 

「設置出来たとしても、上の階から苦情来るかもね?」

「上はオフィスやから、深夜休日は無人やろ? 環境としては問題無さそうなんやけど」


 スピーカーは2つにしておいた。

 ステレオを極めてからや! なんんてカッコ付けた事言っていたけど、考えるのが面倒になったんだね。


 ブルーレイプレイヤーも買った。「一番高いソニータイマーでええやろ」と即決だった。今は亡きDVD-Audioの再生にも対応してるやつだけど、師匠はメディアを持ってるの?


「使えんかったら、魔神メルル・カリルに捧げたらええ」


 そんな師匠は、スーファミではなく、メガドライブやPCエンジンを迷う事無く買った様な人だ。もちろん、サターンもXBOXも買った。ビデオデッキはベータだった。そういう人なのだ。ブルーレイが師匠の呪いで廃れてしまう予感。


 ところで、今日は平日なのだが、昼間からセーラー服を着てうろつく師匠は、何故か補導されないし、職質も受けなかった。国家権力でも、声をかけづらい妙な迫力があるからなあ。馴染んでいる俺には、よく分からんけど。俺は、単純に強面なので、誰も寄って来ない。強面だけど真面目そうっていう矛盾してそうな感じなので、警官も寄って来ない。


 まあ、ここ川崎だしね。何が居ても不思議じゃない。


 セーラー服は本来、海兵隊の軍服である。還暦間近の師匠が着ていてもなんら問題は無いんだぞ? オーダーメイドだそうで、妙に高級感のある漆黒のセーラー服だ。ラインやスカーフも全部黒。実際に、高価なんだろうな。さらっとすべすべの重厚な素材だ。師匠が着ていると、弾丸も弾きそう。実際には、撃たれたら貫通するだろうけど。


 買い物を済ませて、チネチッタに行く。目当ては、映画ではなく、併設されているレコードショップだ。CDやブルーレイをざっと眺めて、「別に買うもん無いな!」と言って、何も買わなかった。じゃあ、なんでブルーレイプレイヤーを買ったのか? などと問うても無駄なので何も言わなかった。

 俺にも、この浪費癖が遺伝してる気がする。血の繋がりは無いんだけどね。母親よりも、長い時間ずっと一緒に居たからね。成人前から俺にもっとも影響を与えたのは師匠だ。


「やりたくない事はやらんでええんよ。でもなあ、時には、やらなあかん事もある。それも、楽しめればそれでええんよ。どうにも楽しめへんかったら、やめて他の方法を探したらええ。嫌な事から全力で逃げるのも生存戦略やで」


 それが、師匠の信条。下手に真似すると、俺みたいに中途半端な大人になり、幼女に騙される事になるよ。まあ、その幼女を主君として得た俺は、騎士として完全体になったわけだけどね。ニート騎士だけど。


「なんか映画観ていこ」


 風呂の事はもう忘れ去っているらしい。いつもの事だし、俺も観たい映画があったので、一緒に観た。


「やっぱ、チネチッタの音響はええな。ちまちまとホームシアター組むのあほらしなるな?」

「確かにねー。結構高かったもんね。アンプとスピーカー。あれの代金で、何回ここに来られるのか?」


 家からも近いし、チネチッタが、我が帝国のホームシアターって事でいいんじゃないの?


「せやな。でも、家で観るのも乙なもんやろ。飲んだくれてもええしな」

「それはあるなあ。映画は配信でいくらでもあるしね」

「ブルーレイプレイヤー要らんかったかな? 特典映像あっても観んしな」


 そのブルーレイプレイヤーもネット配信の動画再生に対応している。ディスク再生部分はオマケか?


「使ったもうた分、稼がなあかんなあ」


 どうやって稼ぐのか考えないくせに。堂々と言い切る。でも、師匠ならきっと!


 どうにもならないんだろうなあ。

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