ep13. 召喚魔獣
「電気使い魔のニャンボルギーニが、また滑落しているわ」
冷蔵庫や洗濯機などの電気使い魔は、まだ家に来ていないが。一足先に召喚された使い魔が居る。
掃除機を使役したいよね、という事で放し飼いに出来るロボット掃除機が我が家に召喚されたのだ。3ヶ月レンタル出来る魔法があるので、それを使ってね。正式な主従契約を結ぶ前に、お試しをしようというわけだ。
「この子、いつか家出するんじゃないかしら?」
障害物センサーとか、多少の段差は乗り越える機能はあるみたいだけど、さすがに玄関ドアを勝手に開ける機能までは無いと思うぞ。自動ドアなら脱走もやりかねないが。
ニャンボルギーニと命名された我が家のお掃除使い魔は、よく遭難する。今も、玄関のちょっとした段差から滑落している。
「これは、ダメかな? もっと学習してくれたらいいんだろうけど」
「そうね。今は、家具も無いスカスカの状態だけども。テーブルやソファが増えたら、遭難のリスクが上がってしまいそう」
「購入は見送りかなあ?」
「もう少し様子を見ましょう。あなた、使い魔を切り捨てるのが早いわよ」
非情なPMOの経験がそうさせるのかも知れない。経験を積ませるために残す、なんて理想論でしかない。ダメなメンバーは即切る。そうしないと、腐ったミカンは箱の中全てのミカンを腐らせてしまうのだ。最後は、箱まで腐る。俺は、偉大な先生ではないので、腐ったミカンはすぐに捨てる事にしている。そして、俺こそ腐ってやがるよ、もちろんな。
「ここに来てからギターも弾いていないじゃないの」
「ん、ああ。だって、アンプ無いし」
「あれがあったじゃないの。銀色の電気魔獣。アンプシミュレーターとかいうの」
「あれ? もう魔神メルル・カリルに捧げちゃったよ」
「え? あれ新製品じゃなかった? もう飽きちゃったの? そんな事してるから貯金が無いのよ。そのスマホだっていつの間に機種変更したのよ」
「違うんだこれはグーグルさんの修理召喚で、新型に転生したんだ」
「グーグルさん太っ腹なのね?」
「いや、交換品の在庫を持たないほうがコスト削減になるんだろ。二世代も転生しちゃった。しかも上位機種に。無償交換なのに」
そんなには新製品をすぐに買ったりはしない。一時期浪費してた時期は、スマホは四半期毎に機種変更、というか買い足していた。3台くらい同時に使役してた事があるけど。今は、そんな事しない。
銀色の電気魔獣は、新製品が出てスグに買ったけどね。だって、マーシャルが異世界へ旅立ってしまったから。王女が勝手に解放しちゃったせいで。でも、ひと月くらい使ってみたら飽きた。なので、魔神メルル・カリルに捧げた。
「アンプ買えば? 10W程度の出力なら、隣にも漏れないと思う」
「そうかな? 気になっているのはあるんだ」
10Wのギターアンプ。アッテネーターもあって出音は絞れるはずだ。アンプシミュレーターに、空間系のエフェクターに、ルーパー、簡易的なリズムボックスまで搭載している。それで、2万円前後。映画ボヘミアンラプソディでスタジオにあったアンプと同じブランド。ロックンロールだ。
「これね。週明けに届くって。置き配でいい?」
「え? もう買ったの?」
「私も使いたいから。せっかくギターがうちにあるのだから、弾いてみたい」
躊躇無いなあ。即断即決の王女だな。これは、経費にならないだろうなあ。
「動画配信すれば経費になるかしらね?」
「収益化しないと無理じゃないの?」
「じゃあ無理ね。他の手を考えておいて。得意でしょ、小狡い魔法」
マイクのアンプとしても使えるから演説でもする? 何処で、誰に向かって何を語るのかは、知らんけど。騒音で通報されるだろうな。
「殿下ー」
何だ? 殿下を呼ぶ声がするぞ。お掃除使い魔ってしゃべる機能あったっけ? あぁ、インターフォンか。誰か来たの? 殿下の家臣が。
「なに? ロッテンマイヤー」
「契約の箱が発掘されたので、お持ちしました」
ロッテンマイヤー? 契約の箱? あ、あれか、漆黒の王家のお抱え税理士? ロッテンマイヤーなんて真名持ってるんだ。
ロッテンマイヤーさんは、くたびれたおっさんだった。
セバスチャンでもヨーゼフでもないんだ。おっさんなのに。
「まだ、うちの仕事なんかやってたの?」
「そりゃまあ、破産宣告した程度じゃ魔族は見逃してくれませんから。でも、もうお終いですよ」
「そう。パパ … 父に代わって礼を言うわ」
「我々臣下は、殿下を子供の頃から知っていますからね。最後は殿下への奉公ですよ。はっはっは」
「そういうからには、何か私に役立つものがあるのでしょうね?」
「あーまあ、役に立つかどうかは? 最近は、ガールズバンドが流行りだそうですが。どうなるでしょうかねぇ」
ガールズバンドが流行っているのは、あくまでも2次元の中だけだ。黒いレスポールタイプの中古が大量にショップに並んでいたという。赤いランダムスターも一時期投げ売りされてたなあ。
「ライブハウスを含むビルの土地と建物が残りました。それも無傷の状態で。あ、建物はそこそこボロですけど、抵当に入ってないって意味です」
ライブハウスだって? 川崎には有名なあれも含めて、ライブハウスが数軒ある。その内の、ひとつって事?
「んー、ライブハウスっていうよりはジャズ喫茶ですかね? 大昔に流行ったんですよ。防音されているし、ステージもあるのでライブハウスとしても使われたみたいです。何曲分か著作権がオマケでついています。売れないバンドマンが飲み代として置いていったとか」
くたびれた王宮税理士は、必要な事を告げると、すぐに帰って行った。だって、椅子もテーブルも無いからね、落ち着かなかったのだろう。
「では、殿下お元気で。あと1000年くらいは、そのままのお姿で居て下さい」
などと物騒な事を言い残して。
「負債まみれじゃなかったの? アンコ大魔王は」
「漆黒の王よ。何か魔法でも駆使したのかしらね? 相続税も納付してあるわよ」
「領地が増えたって事か」
ジャズ喫茶なあ? 俺の世代は、知らない世界だ。飲み代とか言ってたから、夜は酒も飲めるのかな?
「行ってみようか。場所分かるよね?」
「そうね。スマホさえあれば住所だけで行けるものね。魔法なんか無くっても」
時代は変わったもんだなあ。それでも、俺の母さんは何処に居るかさえ不明なんだけど。まさか、異世界に行ってるんじゃ? あり得る。
「ここかあ。これジャズ喫茶ってやつなのね?」
「そうらしいな。マップ上のピンの位置も合っている。見た感じ、昭和の純喫茶だな。よくもまあ、再開発の中を取り残されたもんだな」
銀柳街から西の路地を入った、ごちゃっとした界隈の片隅にそれはあった。そこそこボロとは言っていたけど、周囲の新しいマンションと比較すると、かなりのボロに見える。定礎を見ると、魔暦前どころか築50年以上だね。俺より古いな。
5階建ての雑居ビルの1階に喫茶店。2階以上は、よく分からないテナントが入っているな。屋上にペントハウスがあって探偵でも住んでそうだ。鳩かも知れんけど。
「そろそろ区画整理で無くなりそうだけどね」
喫茶店は営業していなかった。権利関係の書類と一緒に受け取った鍵で入ってみる。ここも、神聖カワサキ帝国の領地なのかあ。まったくファンタジーだよなあ。資産家の娘って。
これ以上はもう増えないはずだ。最後だって言ってたもんな。ロッテンマイヤーの真名を持つ、くたびれたおっさんが。
「片付いてるわね? これならすぐにでも営業出来るんじゃない? 保健所の許可とかは必要でしょうけど」
「だなあ。でも、こんな場所の喫茶店に客が来るかな? ドヤーカフェにみんな行くんじゃないの?」
「昭和レトロってやつに乗っかればいけるかもよ? 姉さんも、昭和の老害ロックを演奏すれば?」
ロックは不変なのだ。良くも悪くもね。老害になるのは音楽ではなく、ファンの方だよ。俺とかね。いつまでも経っても、第一期が最高だー、やっぱ第一大経典だなー、って思う気持ちは消えない。リアルチュウニ期に洗礼を受けちゃったからな。第六期も好きだけどね。
「壁に、もっさい連中の写真がサイン付きで飾ってあるわよ。黒歴史ってやつね」
「あぁ、写ってるの、今頃はもうおっさん、いやおじいちゃん?」
まさかねと思いながら写真を画像検索してみる。なんと、ヒットしたぞ?
「なあ、もしかしてオマケの著作権って、この人達の楽曲なんじゃないの?」
俺は、検索結果を殿下に見せる。昔、ドラマの主題歌がヒットして、今でもカラオケの定番曲になっているそうだ。これの収入案外デカいぞ?
「そうみたいね … 、ええ、間違いないわ。おじいちゃん達の唯一のヒット曲の印税が、我が帝国の収入に加わったわね」
これかな? アンコ魔王の負債と相続税を、どうにかした魔法って。
んー、ファンタジー。異世界じゃないけど、これはファンタジーですわ。ついに、究極の不労所得、大ヒット曲の印税を入手してしまった。ドラゴンスレイヤー級の快挙ですわー。何の苦労もしてないから、転生チートが過ぎる。転生してもいないのに。
いや、やはりこここそが異世界? 女神にも悪魔にも出会ってないし、チートスキルを貰ってないんだけど? ああ、王女様が俺に与えられたチートなギフトかな?
「ここを赤字経営させてしまえば、税金対策になるかしら?」
「その前に、経費で電気使い魔や、電気精霊さんを召喚した方がいいんじゃないの? まずは、ロッテンマイヤーさんを召喚するか?」
「そうね。税金で持っていかれる前に、電気魔王に捧げましょうか。税理魔法なら母さんが使えるから、ロッテンマイヤーはもう用済みよ」
そうか、ロッテンマイヤーさんも見た目幼女だったら良かったのにな。普通のくたびれたおっさんだったもんな。あっさりと殿下に切られてしまった。身内に税理士が居るなら、当然か。響子ちゃん、税理士だったのか。管理人さんみたいな名前なのに。よくマンション前の掃除してるし。ホントに管理人さんなのかも知れない。
「私も、税理士になろうかしら? どうやってなるの?」
「会計に関する事務を2年、試験に合格したら、実務を2年、ってコースになるだろうな。それも大学に行く?」
「会計の事務って、母さんの手伝いでいいのかしらね?」
「さあ? それこそ母さんに手伝ってもらえば?」
「そうね。その通りだわ。不労所得があるからと言って、遊んでるのは良くないものね」
「そうさのう。ワシも、何かせんとなあ」
何かすると言っても、思いつくのがエンジニア派遣しか無い。なんてことだ。今から、資格とるってのもなあ。まあ、エンジニアも終わりのない勉強を続ける宿命だけど。所属する組織によっては、資格をとるノルマがあるとか。半年毎に2つ以上はとれとか、イカれた事言ってた会社あったよ。転職活動で面接した中に。そんな無限にIT系の資格は無いと思うんだが。
Web小説書いてるだけじゃ、ダメだよなあ。書籍化しねぇかなあ?
「あなたは、小説書いたり、曲作ったりしてなさい。私が、養うから」
「俺は、妹のヒモだったかあ」
殿下が俺を、あなたと呼ぶ場合と、姉さんと呼ぶ場合で、違いがあるようだが、よく分からない。特に意味は無いのかも知れない。俺も、殿下だったり、お前だったり、ニャアちゃんだったり、呼び方は適当だもんな。真名であるリーザでだけは呼ばないけど。それは、俺のなろう小説の中では、破壊の女神の名だからね。女神のお仕事は、ニンゲン皆殺しデス、とか言ってる。
「この周辺を調査してみましょう。魔素の濃度や流れで、喫茶店の経営方針も変わるわよ」
「そうかも知れんが、人雇って適当にやろうぜ? 赤字でもいいんだろ?」
「それもそうね? でも、このビルの中くらいは探索しておきましょう」
ガタンゴトンとやかましい古井戸の様なエレベーターで各フロアを見て回る。そういえば、古井戸が異世界へ通じるゲートになってる小説あったな。
さすがにフロア内は見て回れない。不審者にしか見えないが、殿下は堂々としたもんだ。ここのオーナーには見えないだろうな。不審者というよりも、迷子の幼女だもんな。俺が一緒だから、このビルに勤務している父親に弁当でも届けに来た、そうも見えなくはないだろう。
通報さえされなきゃ、どうでもいいや。俺達は、母娘に見えるだろう。割と姉妹だと思われるのだが。どういう事か? 殿下と出会って以来、何故か若返った、というか、俺まで幼くなってしまった気がする。
「これって、昭和のドラマによくあるやつ?」
「ペントハウス、っていうか小屋だな。料理の事にこうるさい新聞記者が住んでそうでもあるな」
元は資材置場だった、そんな感じかな。人が住む事も可能かも。ここは空き部屋らしい。
「ふーん。ここに住み込みで働いてもらえば良さそうね? 家賃と給与を相殺してやりましょう」
「家賃とるとして、いくらだろうな? まあ、その辺は不動産屋に相談かな」
何事も、専門家に任せるのが一番だよ。殿下は、何でも自分でやろうとしちゃうけど。喫茶店も赤字にする専門家が居るでしょ。例えば、俺がやれば確実に赤字だよ。
「姉さん、やってみる?」
「んー、古本屋ならやったかもなあ。接客業が俺に務まると思うの?」
「確実に赤字にしてくれそうじゃない」
「そりゃそうだろうけど。心削られるから嫌だよ」
「私も、姉さんを削りカスにするのは嫌ね」
だろう? こういうのってどうやって募集したらいいんだろう? 転職サービスとか使うのかな? 喫茶店のマスター募集、ボロボロビルの昭和レトロカフェでどやりませんか? 社宅完備です。給与は応相談。
「貸しスタジオに改装するのもいいかな? スタジオの店番くらいなら、たまにならやってもいいぞ」
「私達がギターの練習するのにも使えるわね? いや、それが目的なら、このままでもいいのかしらね? いっそ、ここに越しちゃう? 喫茶店に住むなんて、ちょっと面白いわよ。今住んでる部屋を空ければ、月24万円も入ってくるのよ?」
なるほど? そういうのもありかな? まだ大型の家電も家具も揃えてないから、引っ越しするのも楽だぞ。
「決めたわよ。もう、不動産屋に、空き部屋として募集かけてもらった」
どういう連絡手段で指示したんだろう。即断即決で、行動も早い。殿下が、そうするなら、近衛騎士である俺は従うだけさ。早速、引っ越そうか。ニャンボルギーニも連れて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます