ep12. 電気使い魔を探して

「やはり、アンとマリラの物語だと思うの」


 しばらく押し黙って、何を真剣に考えているのかと思えば。

 それは非常に重要な議題ではあるが、それについて語り合う前に、俺達にはやるべき事があるだろう?


「アニメを10話までしか観てない段階で結論を出すんじゃない」


 全50話もあるのだ。まだ2割しか観てない。あの世界を決めつけてはいけない。アンとマリラの物語かも知れないし、そうではないかも知れない。アンとマシュウ、あるいはアンとダイアナ、まさかの男女恋愛に発展するのかも分からないのだ。そもそも、掛け算以外の視点を持つべきだと具申致すぞ殿下。


「お布団の上で、ふたりでひとつのスマホを観るのもいいんだけどね?」


 そうね。40インチ以上の大画面で観たいよね。出来るなら音響にも拘りたい。ドルビーアトモスの天井スピーカーって、賃貸の部屋にどうやって設置したらいいの?


「テレビ買っちゃう? 冷蔵庫も洗濯機も無いし、ダイニングテーブルも無ければ、ソファもベッドも何も無いけどな」


 我が家には、明日のパンツと、一組のお布団くらいしかない。光回線とWiFiルータだけは、真っ先に導入したけどね。他にあるのは、組み立て式の収納家具がいくつかに、作業机と椅子のセット。家具といえるものは、これくらい。殿下も、実家の自部屋には、大量の本くらいしか持っていなかったのだ。


「本当に必要なものだけに絞らないとね。我が帝国の財源は無限ではないのよ」


 お金は、無いわけではない。出ていく者が居れば、入ってくる者も居る。急な異動は神聖カワサキ帝国で行く民達だけでなく、流入する民達も生み出したのだ。我が領地であるユニコーンパレスは、満室という国家的祝祭を手に入れたのだ。5世帯入居し、敷金がどかんと入金された。

 だからお金はあるといえばある。しかし、敷金はいずれ返却するものだ。神聖カワサキ帝国においては、強引な難癖をつけて敷金を没収するのは大罪である。預かっている間は、確実な運用先に入れておくのが望ましい。テレビなんかを買う資金にしてはならぬ。


 空き部屋を埋めるための営業活動なんて思いつかぬしなぁ? どこかの会社に借り上げ社宅として長期契約して貰うとか? 営業は気合いと根性なので、やってやれない事もないが、などと思い悩む暇も無かった。

 このままずっと、こんな調子でやっていける保障なんて何も無い。努力の賜物ではなく、ただの幸運なのだから。賃貸マンションの経営というのは、サボテンすら枯らす俺には、向いてないかも。うん、分かるようで分からん例えだね?


「まずは、ルフロンに見に行こうか」

「家具よりもテレビを買う気満々なのね」

「あれこれ揃えるなら、ラゾーナかな」


 まずは近い方、って事でルフロンに来た。ここには、大手家電量販店が入っている。オーディオも充実しているよ。最近は、流行らないらしく、何とも閑散としているけども。トリオだとかサンスイに憧れた世代としは少々さみしい。


「今の部屋の広さを基準で選ぶの?」


 殿下は、はじめての独り立ちだから、引っ越しのノウハウというものが無い。一方で俺は、引っ越しスキーだからね。それなりに知識と経験の蓄積があるぞ。例えば、殿下が気にしているようなポイントは重要だ。

 広い部屋に合わせて、大きなものを買ってしまうと、狭い部屋には引っ越しづらくなる。家具や家電の大きさは、転居先選びの大きな縛りとなってしまうのだ。引っ越す度に買い替えるのは、カーテンやカーペット程度にしたい。


「今の部屋から引っ越すのって、どんなケースかな?」

「領地経営に失敗した時でしょ? ふたりで築50年越えの壁の薄いアパートへ引っ越すの。明日のパンツと、少しの小銭だけを握りしめて。それはそれで、何だかゾクゾクするわね?」


 殿下が震えている気持ちはともかく。

 そのケースの場合、最悪は多摩川の橋の下とかかもね? 主従揃って、帰る実家も無いからね。全てを捨てる事になるだろう。家財一式を、フリマに放流するのかな。


「先の事は気にしても無駄なわけだから、今欲しい物を買えばいいんじゃないかな。気にするのは、部屋よりも財布の大きさだろうね」

「そうね。まずは、一切の制限を意識せずに、見て回りましょう。お金は使ったら稼げばいいのよ」


 どうやって稼ぐのかは見えてないけどね。


「テレビを買っちゃうと、悪魔がやって来て契約を迫るんでしょ? うちはケーブルテレビを各部屋に配線しているから、サテライトの悪霊も憑いちゃうのよね」

「悪魔との契約を回避したいなら、ネット機能しかないテレビを買う手があるが」


 そういうテレビ、いやモニターになるのかな。これが、ありそうで無いんだな。

 あっても低性能で低品質だったり、逆に妙に高価だったりね。需要があるようで、無いんだろうね。大型のPC向けモニターを買う手もあるかな? とも考えたけど、動画視聴向きの性能ではないし、テレビよりも圧倒的に高い。


「アンテナが無ければ、契約しなくてもいいという理屈はあるな」

「それでいいんじゃないの? どうせ、ネット動画か円盤しか観ないでしょ。私達の部屋のアンテナを撤去しましょう」


 正確には部屋までのアンテナ配線の撤去だな。分配器が、マンションの何処かにあるのだろうから、そこからうちの部屋へ向かうケーブルを外してしまえばいい。殿下が所有するマンションなのだから、それくらいは自由に出来るだろう。悪魔の集団が、それを信じるかどうか知らんけど。こちらから受信契約を申請する義務は消える、はずだ。

 そこまでしなくてもいい気がするけどね? 可能ならばやってみようかって気になる。殿下も俺も、暇を持て余しているので、こんな事に情熱を燃やしてしまう。


「そうなると普通に、ソニータイマー付きのやつでいいだろな」

「普通に、ブラビアって言えないのかしら?」


 親の事を漆黒だとか混沌の王だって言うのと同じじゃない? 賃貸マンションの事は領地って言うし、公共放送の受信契約を悪魔の契約って言ってるし。


「ソニータイマーのあるジャンルは、それを買っておけば間違いない」

「偏っているわね。私も、そうだけども」


 といってもまあ、テレビかヘッドフォンくらいしか無いけどね。カメラとか要らんし。オーディオ製品のソニータイマーは、もうほとんど製品のラインナップに存在しないんだ。あのメーカーは何屋になったんだろうな?


 偏っているのは認めるけど。それくらいは先に決めておかないと、沢山あり過ぎて選べないんだよね。昔程、テレビ売り場は盛り上がっていないし、メーカーも淘汰されているけどね。同じメーカーの製品でも、液晶か有機ELか、液晶ならミニLEDか、などとラインナップは多い。


「展示を観る限り、別に変わらないじゃないの」

「そうだなあ。大きい程、映像が粗く観えちゃうってのはあるかな」


 4KだとかHDRだとかいった処で、そういうソースが充実していないのだ。展示機が表示している地上波のフルHD未満の映像を観る限りでは、大きな差は感じない。映画も、撮影がフルHDだったりするみたいだしね。10年後にどうなっているかは分からないけどさ。その頃にはもうタイマーも寿命でしょ。


「この50インチで10万円以下のソニータイマーでいいんじゃない? 型落ちみたいだけど」

「ここで見るととそうでも無いけど、部屋に置くとでかそうだなあ」


 これで巨大なソバカスが観られるわね、と言いつつも購入はしなかった。テレビは最優先かつ最重要ではないのだ。だって、冷蔵庫も洗濯機も無いんだからね。


「洗濯機って結構高いのね? 乾燥機能が無いとツライし、乾燥機能があるとドラム式にほぼ限定されるってのも気に入らない」


 分かる。

 洗濯物を干すのは重労働なんだ。お金を払う事で、その重労働から解放されるのであれば、是非そうするべきだ。


「ドラム式って、腰に負担かかりそうじゃない?」

「そうよね」


 コインランドリーみたいな高さに設置出来るならいいけどね。一般家庭向けに、ドラム式洗濯機を載せるような設備って見当たらないんだよね。少し嵩上げするものはあるけど。高くし過ぎると、蛇口の位置とも合わなくなるみたいだし、無理なんだろうな。


「これなら、今まで通りコインランドリーでもいいかも?」

「そうね。早いし、ふわふわに乾くものね」


 ざっとコスト試算もしてみた。洗濯機の購入費用と使用時の電気代と、コインランドリーの利用料の比較。案外、買った方が安いとも言え無さそう。洗濯機がどれだけの期間壊れずにいるかで変わってくるけど。


「こうして見ると、ほぼ乾燥機能付きだけど。ほぼ全ての家庭でベランダに洗濯物を干してるわよね? なんでかしら?」


 それは謎だ。うちの近所はともかく、多摩区辺りの家族が住んでそうなマンションや戸建てだと、ほぼ毎日ズラッと干された洗濯物が並んでいる。なんで乾燥機能を使わないの? 真夏でも真冬でもエアコンを我慢しているのと同じ理由かなあ。電気代の節約ってやつ? もしくは、偉大なるガイアへの配慮? ガイアさんは、何も気にしてないと思う。地表にへばりついた微生物のやる事なんて。


 次に、冷蔵庫も見たけど。これは、現物を見るだけでは決めかねた。もうちょっとスペックを掘り下げてから選定したい。いや、これもテレビ並みにラインナップが豊富過ぎるのよ。同じサイズなのに値段が3倍違うってどういう事なの? 便利で有益な機能が付いているなら、高価な方でいいんだけど。冷蔵庫が喋ったり、ネットに繋がってもなあ?


 結局、家電量販店では何も買わなかった。テレビも、載せる台どうすんの? って考えたら、どうでも良くなった。


 分かったのは、こんなに偏った価値観なのに、殿下と俺は話が合ったって事。これは大きな収穫だね。

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