ep11. 即金魔法

 親子とは、一体何だろうか?


 俺達の父親が亡くなった。俺達の知らぬ場所で。残ったのは負債だけだった。最後の住処である賃貸住宅の原状回復と、葬儀にかかった費用。総額で112万円。意外とリーズナブルな金額で片付いたものだな。


 親が死んでも、気にするのは金の事だけ。

 俺は、非道なのだろうか?


 幼い頃に別れて、それ以来連絡すらとっていない。俺が、家から追い出したわけでもない。どうやって、気にかければいいのか? それすら分からない。


 俺達に連絡があったのは、全てが片付いた後だった。金だけ寄越せというのは如何なものだろうかという反発心も少し沸いたが。仮に、葬儀に呼ばれていたとしても、多少は悩んだ挙げ句に、時間切れを待っただろう。


 父親には、俺達以外にも子供が居た。ただし、戸籍には入っていないし、血縁も無い。再婚相手の連れ子の兄妹。兄は保険金を持ち逃げし、妹は退職金を使い込んでいた。再婚相手が何をむしったのかは知らない。既に、亡くなっている。俺の父親は、いくつもの家庭を捨てた報いなのか、最後は赤の他人にむしられて、負債だけを残して、ひとりでひっそりと死んだ。


 好き勝手に生きたのだ。彼は、後悔も憂いもなく逝ったのだろうか?


 俺が、気にする事でもないし、気にする資格も無いだろう。死者はもう何も手に入れる事はないが、何を求める事も無い。俺達は、違う。明日のパンツと、今日のご飯が必要だ。


「遺産相続を放棄したのだから、負債も放棄になったのよ。葬儀費用も、亡父の負債という扱いなのだから。私達が支払う必要なんてないの」


 112万円の支払いは回避出来たが、司法書士への報酬や、いくつかの書類を集めた実費が、合わせて20万円程出て行った。来月入る俺の最後の給与の4割近い額だよ。やはり、気になるのは金の事だけ。


 金が無ければ、人は死ぬ。ここは、異世界ではない。魔法で腹を満たす事など出来ない。慈悲深い聖女様も居ない。いや、どんな異世界物語でも、主人公がまず最初にやることは金を手に入れる事だ。現実世界と何も変わらない。


「さあ、帝国経営会議を始めるわよ。今、私達の国家は開闢以来のピンチよ」


 先日王妃殿下が入居した事で満室寸前の状態だったのだが。なんと、3月末になって、4部屋も空いてしまった。年度末ギリギリで異動の辞令でもあったのかね。

 引き継ぎは、どうやってんだろうなあ。最近まで居た派遣先企業では、2週間前まで異動の情報は非公開なのだ、と言っていた。


 引き継ぎなんて、やって無いんだよなあ。

 俺達派遣が、年度始めに入る頃には、誰にも分からない業務がてんこ盛りなわけよ。会社を破壊する目的で人事を動かしているのかね? 内部の者によるテロじゃん。自爆じゃん。


 日本企業の謎の風習を呪っても仕方ない。俺達の力では、どうにもならないのだから。


「姉さんは、即金魔法は習得していないの?」

「俺は、近衛騎士だぞ? 錬金術師じゃない。そういうニャアはなんか無いの? 漆黒の魔法幼女だか、暁の魔女だかじゃないの?」


 いつの間にか、俺は姉さんで、殿下はニャアになっている。


 王女と近衛騎士の設定は何処に行っちゃったの? 殿下は真名がリーザで、本名はミヤコ。ミャーちゃんと呼ぼうとして、ニャアになったのが、そのまま定着した。

 俺達がハーフ姉妹である事が、両者共有の事項となってからは、殿下は、俺を姉さんと呼ぶ。アンとマシュウごっこにもなっていない。


「そうねぇ。漆黒魔法メルル・カリルが得意なんだけど。あれは、最近使いづらいものね」


 ぎりぎりなネーミングな気がするが。最近、派手に炎上しちゃったもんね。以前の様に、出品して5秒で売れるなんて事は無くなった。そもそも、我が帝国は、売るモノよりも、買うべきモノの方が圧倒的に多いのだ。メルル・カリルへと捧げる生贄を用意出来ない。混沌魔法テン・バインは、我が神聖帝国では違法だ。裁判なしで死刑。


「混沌魔法系ではあるけど、セ・ドーリィを実行しましょうか」

「ちゃんと在庫を確保してからだぞ? 格安で流れてる商品をメルル・カリルすんの?」

「メルル・カリルで価格破壊するのは姉さんくらいよ。結構みんな手堅い金額で出品しているのよね」


 俺は、フリマをお金のかからない粗大ゴミ回収くらいに思っているので、半日待って反応が無ければ価格を下げる。リサイクル家電なんて、費用が発生する上に、処分の手間もかかる。送料とイコールくらいまで価格を下げてでも、フリマに放流した方が、ずっと楽なんだよね。


 背取りみたいな事は昔やった事がある。

 プレイステーションよりも前の世代のゲーム機のROMカセットやゲームディスクを、ワゴンで100円で投げ売りしていた頃に、大量に買い込んでおいたのだ。いつか、プレミア価格になるかも知れないと期待したからだ。


 見事に、今やそれらは数千円、数万円の価値となっているのだが。もう残ってはいない。


 まだ、フリマアプリなんて存在せず、ネットオークションもテスト運用で、手数料を徴収していなかった頃に、それらを売った。元の価格よりも、遥かに高い金額で売れた。それが、今でも寝かしてあれば、それなりにまとまった金額になっただろうね。でも、当時はある事情で金が必要だったし、10歳の俺には、十分な大金だった。

 

「時空を越える魔法でもあれば、ハチロクでも買い付けて来るんだけどな。捨て値で売ってたんだぜ? 平成初期は、一部マニアが好きなだけの、だっせえセダンベースのクーペでしか無かったからなあ」


 ハチロクは、峠を越えて豆腐を配達するマンガの影響で、すっかり高値になっている。数を集めれば、結構な金額を稼げるんじゃないかな。


「その魔法は禁忌だから無理よ。遡った時間の分だけ寿命を奪われるの。私も姉さんも永遠に近い命を持ってはいるけど、魂を削られるのよ」


 俺はドラゴンとドワーフのハーフで、殿下はハイエルフなんだっけ? 見た目だけは年をとっていない様に見えるけどな? 現実には、更年期障害にだってなるし、老眼にもなる。食も細くなった。虫歯になるよりも、歯茎の方が衰え始めている。

 俺、ホントに30代なの? 年齢詐称してない? ボロボロ過ぎでしょ。


 もし、時空を越える魔法が使えるなら、毎朝2度寝したいね。寿命を削られるだろうけど、それ以上に健康になれちゃうんじゃない? いや、早く寝ればいいんだけどさ。そうすると深夜に目が覚めちゃうんだな。


「魔法を使ったとしても、元手が無いとな」


 背取りをするにも、時空を越えてハチロクを買うにも、まず原資が無いとどうにもならない。金は金を生むが、貧困もまた貧困を生むのだ。

 資産であれば、少しはあるのだが。このマンションもそうだし、証券口座で凍結状態の株や信託もそうだ。


「姉さんが腐らせている株を売る」

「それはダメだ。損切りは、再投資するから価値があるんだ。使っちゃうなら借りた方がいい」

「無担保だから、カードローンくらいしか無いじゃないの。確実に詰むわよ。やっと返し終わったんでしょ? 6年もかけて。350万円も」


 うん。年利15パーセントって、なかなか元本が減っていかないんだよね。一時期、やさぐれて浪費していた事がある。年金なんとか便を見たら、将来の受給見込み額が14万円だったのだ。初任給はそれくらいだったし、まあ何とかやって行けるのかね? と思ったら、それは月額ではなく、年額だった。それで、どうでも良くなったのだ。自己資金が1億円くらいないと、老後もあくせくと働かないといけないんだ、って。


 さあ、どうしようかな。ここが異世界なら、ドラゴンスレイヤーにでもなれば、地位も名誉も財産も手に入るのにね。現世におけるドラゴンとは一体何だろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る