ep10. 王女はドラゴンスレイヤー

 過去とは、既に過ぎ去っているものなのだ。そりゃそうだ。読んで字の如し。


 どれだけ悔やんだところで、時間を巻き戻す魔法は、この世界には存在しない。呪う事は出来ても、変容させる事は出来ない。事実として肯定し受け入れるしかない。今の俺達を形作っている一部なのだから。


 異世界の物語として昇華させるのも、有効な手段だ。カクヨムにでも書けばいい。俺達には、誰も読まない小説を光の世界へ放流する権利がある。この権利は、神聖カワサキ帝国の憲法によって保障されているぞ。


 10年以上前に書いたポエムだか牧師の説話だか分かんないような文章が出て来ると、どきっとするよね。ひやっとかな。肝臓を後ろから掴まれた様な気分になる。掴まれた事なんか無いけど。

 本当にこれを書いたのは俺なのか? 時空の断裂が生じてない? 過去の俺は、今でも俺の一部として、連続した時空平面の彼方で繋がってんじゃないの? ここに晒して成仏させようと思ったのだけど、今見ると何処にも無い。


「はぁ、 照会手数料の方が、残高よりも高いってどういう事なの?」


 ハイエナなハイエルフ、我が王女殿下のトレジャーハントは、赤字で終わりそうだ。

 やはり、親の遺産などあてにしてはならぬ。


 そういう俺は、時空の狭間でカサカサになった預言書を検索している。「結婚」というキーワードでメールを検索すると、山程DMが出て来てビックリした。最近、まったく来ないのは何で?

 何かのメーリングリストに投稿したポエム。結婚について、長々と書いていた。誰だよ、これ書いたの? と、思ったら俺の署名があった。寒気がしたので、そっと閉じたのが先週の事。意を決して昇華させてやろうと、探しているのだが、見つからない。

 漆黒の魔女による妨害かも知れない。7色の漆黒の闇に、呑み込まれてしまったのだ。漆黒も200色あるんやで。


 違う。


 こんな事をしている場合じゃない、主君の金策が失敗したのだ。従者ならば、その補填をしなければ。ああ、しかし、俺にはそんな才能が無い。お給料をもらう以外で、何か金を作った過去の経験を思い出せ。漆黒ポエムを思い出している場合ではないぞ。


 しかし、大昔の俺は結婚について何を思っていたのだろうか? 要約すると「結婚しなくても生きていける」と書いてあった気がする。あれを書いた時の俺に何があったのだろうか? シラフではなかったんだろうなあ。


「破壊よ! この魔法陣を破壊して、二度とこちらの世界へ干渉が出来ないようにするわ! 姉さん! 魔力をそそいで! 具体的には、この書類に署名して捺印して下さい」


 あ、はい。相続放棄するんですね。もう、署名して捺印してありますので、どぞー。

 ところで、俺は殿下の騎士じゃなかったの? 姉さん、でいいのかな?


「時空振動が発生するわ。退避しましょう。魔力の補充に行くのよ」

「ユニコーンレバーのお店にする?」

「老フェニックスの半身揚げがいい」

「ああ、あのかったい歯応え、やみつきになるよね」


 闇の魔法使いだもんな。やみつきですよ。病んでるし。あっ、座布団は結構ですよ。


 王女殿下は、秘技よっぱらって忘れーる、を習得した。

 秘技先送ーり、とも言うね。あ、この件は、ペンディングでコミットしてるんで、アグリーでお願いします。どれだけ合意を得ようと、事態は進展しないんだなぁ。

 どれだけ記憶の彼方に葬り去ったとしても、アグリーでコミットであろうが、翌朝になれば、過酷な現実はフェニックスの如く蘇る。

 それでも俺達は、今日も酔っ払う。聖女の預言に従う勇者の様に。


 殿下は、どう見ても幼女なので、行ける店が限られる。幼女は言い過ぎかも知れんが、10歳児くらいに見える。よくても14歳。身分証明書を見せるのも面倒だし、他の客に通報されるとホント困る。と言って、常連しか居ないような店に、コミュ障である、殿下と俺が馴染めるはずもなく。ユニコーンかフェニックスの店くらいしか選択肢が無いのだ。


 フェニックスの店は、チネチッタ付近の薄暗い路地にある。

 イタリアの町並みのすぐ横に、昭和の日本が闇に紛れて潜んでいるのだ。


「くくっ、やはりこの辺りは、ダーク・マナが濃い。今宵の贄はうまそうじゃ」


 なあ、それホントに王女のキャラなの? 悪い魔法使いだって、もうちょっと正気だと思うよ。もう、酔ってるのかな? なら仕方ない。もっと飲め。


「成層圏を司る女神の祝福によって、私の姉は近衛騎士に転生したのよ。輪廻の果てに、再び巡り合ったのね」


 あ、はい。そういう設定になったんですね。よく分かりません。成層圏を司るって、どういう女神なの?


「静止衛星軌道を占領した大天使と戦っているわよ。ドラゴンの姿でね。ストラト・サンバースト・ドラゴンっていうの。彼女の生まれ故郷は、56万光年の彼方にあって、その光は、今でもドラゴンの視力なら地球上からも見えるのだけど、その星はもう滅んでいて、もう存在しないの」


 それ知ってる。俺の、なろう小説だわ。こうして客観的に聞いても、おもしろい設定だと思うんだけどなー。なんで、評価0なのん? 誰も読んでないからだな。うん、俺も秘技を行使するか。異世界に行けば、現実の事は一旦忘れられる。


「メガジョッキがあるなら、ギガジョッキやテラジョッキもあるはずよね?」

「だからって、ピッチャーを頼もうとするな。この店には無いし、お二人様で飲めるもんじゃない」


 むしろ、ナノジョッキかピコジョッキでいいんじゃないの? それは、ジョッキじゃないな。コップか、お猪口だな。


「瓶ビールを、小さいコップで飲むのも風情があるよ?」

「この赤い星の瓶ビール、いいわね。だって、赤い星よ。星が赤いんだから」


 殿下は酒が入ると語彙力が低下する。普段の高度過ぎる語彙力がコミュニケーションに役立っているかというと、そうではないけど。ハイエルフだからね、いろいろとハイなんだ。


 この店は、狭くて薄暗い。殿下が座席の奥の席に座って、俺が向かい合っていれば、他の客からは見えない。「子供に酒飲ませていいのかっ!?」って、視線を浴びずに済む。あの視線は、思いの外こわいのだ。


 ここの飲み代は、交際費にするべきか、会議費用にするべきか。どっちも脱税なのだろうか? 個人事業主なら、誰だって同じ事悩むでしょ? 会議費用で落とすべく、今後の事業計画について話し合おうじゃないか。


「王家専用の居酒屋を経営するというのは、どうかしら?」

「それはホームバーと言うんだ。事業じゃない。福利厚生かな? 法人化すれば許されるのかなあ?」


 家の中で飲むと、片付けが大変だからね。家の中には、アルコール類が無いんだ。あるだけ飲んじゃうしね。金銭的には、外で飲む方が遥かに高くつくんだけど。消費は王家の義務だ、とか言う建前を憶えてしまった。間違っては無いんだよ。いつか、遠い将来に、振り返っても「あの頃は若かったわー」なんて言うんだろな。俺は、そういう性格なんだ。


「ちょっとベタだけど、ドラゴンスレイヤーになりましょう」

「ん? ああ、いいね。この串全部食べちゃっていいかな?」

「半分残して」


 ドラゴンかぁ。川崎市にドラゴン居るかな? 東扇島かな? 工業地帯なら居るかもな? ラゾーナの地下か? 等々力緑地か? 多摩川を泳いではいないだろうなあ。


「ドラゴンの生息地って何処なの?」


 聡明な王女殿下であれば、もちろんご存知であろう。愚かな従者である我にご教示下さい。ぶひぃ。


「生田の山の中じゃない? 昔、2億円見つかって無かった?」


 それは、竹藪じゃなかったかな? それも、多摩区じゃないと思う。高津区だっけ?

 現世のドラゴンは札束の姿をしているのかー。


「生田か。そうだな、前行きそびれたスーパーなお風呂があるぞ。行ってみるか」


 議事録を残すべきだろうな。経費で落としたいし。でも、なんて書けばいいの? うちは、一体何をなりわいとしているの?


 明日の行動が決定したので、ほどほどにして会議を切り上げる。長時間の会議は生産性を低下させるからな。IT業界は、みんな会議大好きで一日中やってるけどな。お陰で、実務は全て派遣に回ってくるって寸法さ。


 俺が設計構築した、暗号化伝送路は今でも元気だろうか?

 もうとっくに、耐用年数越えてるか。とある企業の通信障害のニュースを聞く度に、今でもビクッとなるよ。あんなので、いや守秘義務があるから自粛する。SHA2ならまだしもMD5って、いや何でも無いぞ? 関係者がこれを見てたら打首だぞ? 見てるわけないからいいか。


 そして、翌朝だ。うーん、ドラゴン狩り日和だー。晴れてりゃ何でもそうだよ。農業従事者以外はさ。


「お弁当作ってく?」

「食材が、ギョニソしか無いけど?」


 そうだった。家にはまだ冷蔵庫も何もない。ダイニングテーブルすら無い。相変わらず、パンツ丸出し星人達は、床に胡座かいて座っている。もしくは、お布団の上だ。というか、お布団の上から動かない。ワンルームで十分だったね?


 南武線で行き、登戸で小田急に乗り換え、黄泉ランド前駅で降りる。そういうルートもありだが、カーシェアで車を借りて行った。

 俺が唯一思い付いた金策。マンションの駐車スペースを、カーシェアに貸したんだ。公共の交通機関が豊富な土地柄と、高い家賃のせいか、駐車スペースの契約が無かった。なので、3台分全てカーシェアに提供したのだ。毎月、何もしなくてもお金が入って来る上に、実質マイカー気分でカーシェアを使えるよ! 土日は予約が埋まっているけど。今日みたいに平日なら、俺達のものさ。だって、毎日がプレミアムだからね。


「うはっ。ここジェットコースターみたいよ。こんな峠道を自転車や徒歩で、人類が踏破出来るものなの?」


 生田の山中の高低差はエグい。ジェットコースターか? としか言いようが無い。この急な峠を乗り越えると、生田浄水場の脇に出る。そこは、スポーツ施設でもある。スポーツと無縁な殿下と俺だが、そこへ行くのもいいかも知れない。


 そのスポーツ施設には向かわず、山頂付近で車を停める。


「この竹藪とか、ドラゴンが居そうだわ」

「そうかな。危ないからやめた方がいいよ」

「ドラゴンが居るのよ? 危ないのは承知の上でしょ?」


 危ないとかどうか以前に、ここは誰の土地なんだよ。不法侵入になっちゃうでしょ。

 殿下が見た目通りの子供であってもダメだよ。


「まあ、結界があるって事で、諦めましょうか?」


 そうね。法律っていう現世の魔法は、強力だからね。

 竹藪の中に、見つけちゃいけない物を発見しちゃうとか、異世界ゲートがあるとか、竹を割ったら異生物が居るとか、いろいろ妄想は捗ったけど、現実には何もしなかったでの、何も起きなかった。

 そうなると、何しにここまで来たのか? って事になるのだが。


「青狸のミュージアムは予約制だもんね」

「しかも、車で行くと駐車場代がエグいらしいよ」


 神である偉大なマンガ家のミュージアムが、すぐ近くにあるが。ふらっと寄れるものではないのだ。等々力緑地の市民ミュージアムなら、ふらっと入れるけど。


「あー、この近くにまだ、ご自宅があるらしいぞ?」

「それは気になるわね? 神の住まいでしょ?」


 あまり褒められた行為ではないが、住宅街の中にある、そこへ車で向かった。

 不自然にならない程度に速度を落として、そっと通り過ぎる。


「ホントだ! 表札が、あれよ、あれだわ! 神だわ!うきゃきゃー!」


 ここで、あの神話が生まれたのかあ。まあ、神格化するのも失礼かも知れんが。あの物語が無ければ、今の殿下も俺も存在しない。いや、存在はするだろうけど、もっと別の在りようだったろうな。


 こういうのも、ひとりでやってるとタダの不審者だが。ふたりだと、まあタダのへんたいさんか。


 確実に言えるのは、こんな些細な事でも、楽しいって事だよ。

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