ep09.王女様の厄災
王女の身に起こった災厄について記しておこう。王女が語った事実をそのままに。王女という存在を通して見た、この世界の姿を。王女本人が残していた、断片的な記述も参考にしつつ。
その記述は小説の下書きという体裁だったが、余りにも断片的に過ぎた。「母は生きていた」「もう帰れない」「子供のような年齢の女と再婚」「でも死んだ」「騎士だけが私のもの」といった言葉の羅列だった。俺はそれを読んで、王女の生い立ちやなんかを勝手に解釈していた。彼女自身に聞いたつもりになって。
王女が王妃の前で語った話を聞いて、点が線で繋がった。ただ、王女の存在を通して見た世界は、異世界だったけどね。
もしかしたら、俺の方が間違っているのかも知れない。異世界に居るのは俺の方なのだろうか? 王女の語る異世界ファンタジーは、そう思ってしまう程に、リアルな何かを訴えていた。彼女の感情、いや怨念がそこには籠もっていたからだろう。
王国歴102024年の秋の事だったわ。いえ、フェンリルの毛皮で作ったローブを着ていなければ魔力が凍りついてしまう、そんな日だったから冬だったのかしら? 最近の気候は、暦と季節が一致しない。クローゼットの奥からローブを取り出す前日には、私は汗をかきながら、ダークネス・マナポーションを魔女の集う店へと配達していたもの。
漆黒面の国王が崩御した。
漆黒面の国王は、悪魔に呪われていた。だから、突然の崩御にも私は驚く事は無かった。やっとか、とさえ思った。彼はやっと、呪いから解放されたのだ。
正確には呪いでは無く、魔法の反動だ。彼は、王妃を漆黒の魔法によって封印していたのだ。その代償が、漆黒の女神によって回収された時、王妃の封印は解かれた。
帝国の財務大臣が遺産の処理をするから、委任状を書けと迫ってきた。今すぐ全てを放棄して、ご自身の領地へと行くのです。王宮から逃げなさい、と。今は、筆頭魔導士の力で抑えているが、そうしなければあなたにも呪いが降りかかる事でしょう。
領地には、あなたの失われた騎士を迎えると良いでしょう。あなたの騎士は、封印されていた王妃陛下の元を訪ねれば、きっと見つかります。
期限は、あなたが王立魔導学校を卒業するまで。それまでに、新しい帝国を興すのです。それが、あなたの運命なのだから。
その預言は、預言書の形で、混沌とした光の空間を漂っていた。誰にも、読まれる事もなく、空間の片隅にそっと転がっていた。
その預言書は私を導く、私のためだけに書かれたもの。私は、そう確信した。
うーん?
こうして文章にしてみると、ただのなろう小説のあらすじだな?
美少女の魔法って事か。現実世界にも魔法は存在するのだ。美少女が語ると、それがどんなに荒唐無稽な話であっても、真実味を帯びてしまうのだ。しかも、この美少女は、俺の妹だからね。
そして、俺は幼女に対して、チョロいし。妹は幼女ではないけどね? 幼女にしか見えないんだなぁ。ランドセルは何色なんだろうか。漆黒か? いや、派手な紫かも知れないなぁ。ユニコーンのツノの色か、ストラト・サンバースト・ドラゴンの鱗の色かもな。案外、赤かもな。3倍早そうだもんな。暴力を執行する速度が。
しかし、何でも漆黒だな? いっそもっと振り切った方がいい。そのうち改竄してやろう。いや、改定ね。この小説の著作者って俺だよな?
「つまりあれか? パパには負債があったんだな? 生前分与という形で、土地をひとつ切り離す事で保全しようとしてたって事かな。パパの財産を管理していた会計士が、これもう逃げた方がいいっすよ、と司法書士を紹介してくれた、そんな感じ?」
「ぱ、パパって誰よ!? 国王だと言っているじゃない」
「あんた、あれをパパなんて呼んでたの? あぁ、母娘だねぇ。男を、見る目が無いねぇ」
受け入れがたい過去を異世界に置いて来たい気持ちは分かる。自分を幼女殿下だと騙りたい気持ちも分かる。地獄の様だと思っていた学生生活も、所詮はモラトリアムに過ぎなかったのだと気付き、愕然とする。社会に出るというのは、そういう事だ。
高校を出た俺は、就職先が見つからず、半年契約で工場に勤めた。実家を出て、工場の寮に入って。
仕事は過酷だった。まず、周りの人達が言っている事が分からない。俺の理解できない風習を常識として行動しているし。まったく、ついて行く事が出来なかった。作業も単純なはずなのに、俺には上手くこなす事が出来なかった。1分10秒毎に繰り返される、同じ作業。何度も時計を見ては、終業までの時間を逆算した。終業時間になれば、契約期間の終了までの日数を逆算して過ごした。
その半年間にノートに綴った俺の想いは、それでも未来への希望と興奮に溢れていた気がする。呪詛も沢山並んでいるとは思うが。あのノートは一体何処へ行ったのだろうか? 封印したいのだけど。いや、それをやると漆黒の魔女へ代償を支払う事になるのか? いっそ、小説として再構成して、光の世界に放流すべきか? うーん、また何処かの王女が預言書だと思い込んでしまうかも知れない。
俺が、半年の刑期、いや契約期間を終えて実家に帰ると、そこにはもう実家は無かった。俺の母さん自由過ぎじゃない? 何も聞いて無かったんだけど。当時はまだ18歳って未成年だよ?
「王立魔導学校って何? 殿下は、中卒じゃないの? 国王から育児放棄されたんじゃないの?」
「あなた、この世の真実を知りたいのね? そうね、近衛騎士だけど、姉だものね」
「あれらしいよ? 宇宙海賊さんの母校」
「あー、卒業生の就職率100パーセントの、あの名門校? 声優や漫画家じゃくてパン職人になるって伝説の?」
「ちょっと、母さん!? あと、パン職人ってのは都市伝説だからね! スーパーの店員になった卒業生だって居るわ! 私は、帝国の支配者になったし」
「あー、あとね。よくよく考えたらネグレクトでもないかもね。この子、何度も補導されてるんだよね。私が、警察に迎えに行った事が何度もあるもの。まあ、パパがクズだったのは間違いないんだけどね」
「迎えに行った? なんで、それで母親の生存がばれなかったの? おかしくない? 幼い頃に死んだって聞いてたんでしょ?」
「そういう事になってんの? 10歳までは私と暮らしてたし、離婚してからも私の家に入り浸ってたのに」
なんだ? 分かりやすく腐ったミカンになってたの? 俺と変わらないじゃん。さすがは、ハーフ姉妹だわ。血の繋がりを感じるわー。それを隠蔽しようとして、異世界設定が破綻しちゃってたのかな?
「ラノベを勝手に売っちゃったクズは誰なの?」
「それは、川崎の方のパパだね。売った金は賭け事に突っ込んでたよ。つくづくクズだねえ。あんた達には、そのクズの血が流れてるんだよ。そういうのは遺伝じゃなくて、育った環境だとは思うけどね」
蕎麦屋の良いところは、酒が飲めるって事だ。美味しい日本酒と、つまみになる料理が揃っている。焼酎の蕎麦湯割りなんてのも良いよね。酒が入った事で、忌まわしい過去も許す気になったのか、殿下の真実がどんどん暴かれていく。彼女の騎士としては光栄な事だ。まあ、主に暴露してんのは母親だけども。
「娘のラノベを、博打の掛け金にしちゃうクズに遺産なんてあんのか? やっぱり相続放棄すべきかな?」
「アレの親は資産家でしょ? 母さん」
「あんた、あいつの駄法螺話を真に受けてるのかい? つくづく男を見る目が無いねぇ。母娘だねぇ。資産家なら、葬儀代寄越せなんて言ってこないよ」
そうだよねぇ。まあ、金持ち程がめついとは言うけどね。
「司法書士の先生によれば、資産家の子供ほど遺産相続で揉めて、修羅場になるそうよ? 私みたいに、あっさり放棄するのは稀だって」
「へぇ? じゃあ、その先生に頼んでトレジャーハントしてみたら?」
「そうね! 我が帝国の最初の冒険は、それね!」
冒険かなぁ、それ。ただのハイエナじゃない? 親の遺産なんてあてにするもんじゃないよ。あぁ、でもこの領地が既にそうなのか。生前分与でうまく切り取られた貴重な領地。やっぱり、異世界ファンタジーなのかなあ。俺には現実味が無いよ。
「生命保険くらいならあるかもねぇ。ただ、アレが再婚していたら、受取人はそっちの子供じゃないかなあ?」
「ぐっ。敵国の魔導士って事ね。私に、魔法が使えればっ」
とことん異世界設定に拘るのな? いいぜ、そういうの嫌いじゃないぜ?
フェニックスの燻製を頼もうかな? 時価じゃないよな。だって不死鳥は素材としては無限なんだから。
「そろそろ母ちゃんの真名を教えてくれよ。もう、お前も俺の母ちゃんでいいだろ?」
「随分とでかい娘が突然出来たもんだね? 私も、見た目は幼女なんだけど。杏子ちゃんは、ロリーヌ条約を知ってる? この場合は、合法だけども」
ロリーヌ条約ってなんだ? ロリロリ法と、どっちが優位なんだっけ? 条約かな? どっちにしても俺は違うからね?
「
「ドラゴンは唯一無二だからね。真名を持つなんて雑魚のやる事さ」
「さっき、真名と本名のどっちを聞きたいとか言ってなかった?」
「真名って答えたら、打首だった」
「あ、そう」
王女がハイエルフなのに、なんで王妃がドラゴンなんだよ。どうなってんの? 異世界の生態系は。どういう遺伝子のいたずらなの?
響子、と書いてキョウコ。読みだけなら、この場に居る3人共キョウコなのか。トリプル戦士ダークネスキョウコ、うーん、そんな戦隊は居ないだろうなあ。
遺産なんてものは、あてにならない。
他に、金策を考えないとな。株の損切りして現金化すべきかなあ。
領地の空き部屋が増えたら、すぐにショートするぞ。神聖カワサキ帝国は。
この物語を最初からここまで読んでいる人がもし存在するのなら。呆れてるだろうなあ。どこまでが現実世界で、どこからが異世界妄想なのか、あるいは全ては異世界なのか。さっぱり分からないんだもんなあ。コンテストの規定文字数を埋めるために、どんどんいい加減になっていくなと思われているだろう。書いている俺自身も、そう思ってしまうからな。
でも、この物語は、紛うことなく俺の真実の物語なのだ。
異世界ファンタジーではなく、リアルで過酷な現実世界の物語。
明日の俺は、一体何処を彷徨って居るんだろうな?
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