ep08. 王妃様の襲来
これは異世界ファンタジーではない現実の物語だが、妹が突然出来る事くらいはある。例えそれが年上の妹であっても、存在し得るのだ。年下の母親だって出来るかもね?
王女殿下の留守中に、ひとりの幼女がやって来た。
インターホンのモニターを見た瞬間に俺は悟った。この人は、殿下の血縁者だと。宗教の勧誘とかじゃないから、シカトしちゃだめだなって。幼女に勧誘させる宗教は無いと思いたいが。
俺に異能が覚醒したわけではない。単純に、殿下にそっくりだったのだ。双子かな? ってくらいにそっくり。
「
まさか、姉じゃなくて、母親だとは思わなかった。殿下の母親、つまり、王妃様って事になるね?
殿下が、勝手に俺のアカウントで書いている小説の下書きによれば、母は亡くなった事になっている。
あくまでも小説の下書きだし、「これは事実そのままではない」ってやつだし。殿下から、直接聞いたわけでも無い。もっとも、あいつが直接語った事であっても、事実であるとは限らぬが。
「京子さんなら、不在ですけど。待ちます?」
何処に行ったのかは分からない。家電や家具を揃えるために、ルフロンかラゾーナをうろついているのかも。買うものが多過ぎて、まだ何も買ってないんだよね。俺はといえば、インターホンの音で起きたばかり。自分で思っていたよりも、俺はずっと疲れていたらしい。疲れ切ると人は眠る体力さえ失うという。まさに、俺はそんな状態だったのだろう。ここ最近、寝てばかりだよ。
「いいえ。今日は、あなたに話があって来たのです」
「え? 俺、いや私ですか? 京子さんから私の事は何と聞かれてますか?」
「近衛騎士と領地経営をすると言ってましたね」
へえ、この母親は理解が深いのかな? もしくは、この親にしてあの娘あり?
「京子に用があって来たんじゃないのよ。だって、あなたの父親の話なのだから」
「へ? なんで?」
俺の父親は、俺がまだ幼い頃に家を出て行った。何があったのかは知らない。父親が家を出て行って以来、一度も会っていない。連絡すら、とっていない。だから、俺の父親が何処で何をしているのか、存命なのかどうかすら知らない。俺の母親まで、今何処で何をしているのか定かではない。
「あれ死んだから。遺産相続の手続きをしてね」
「え? なんで、それがあんたから?」
俺と王妃は同学年だ。俺は、早生まれだから、生年は1年違うけどね。それを知っていた王妃は、早々に砕けた口調になったので、俺もそれに合わせた。俺は、丁寧な言葉を使うのは苦手なんだよ。社会人としては失格だが、言い訳をするなら地元の方言に、そういう概念が希薄だからだ。
殿下を見て「こんな子が俺に居る可能性もあったんだなあ」なんて思ってたけど、母親が同学年だったかぁ。おおぅ、ちょっとショックだぜ。いや、もうちょっとタイミングがずれていれば、年下の義理の母親になっていた? 義理の母ってのは、ちょっと違うかな?
「だってほら、私達同じ川崎じゃん。住まいじゃくて名字ね」
「あー …… 、え!? もしかして親父の再婚相手か!?」
え!? おい、あれか? 子供みたいな年齢の女性と再婚したのは、俺の親父の事だったのか!? 殿下の小説は、事実通りじゃないとはいえ、フェイクが斜め上だな!?
「ちなみに、小杉の方の京子の父親も最近死んだみたいよ。クズだから、刺されたのかしらね?」
お、おう。おぅー!? 亡くなったのそっちー?
殿下もクズ呼ばわりしてたけどさ。母娘揃って容赦無い。
「
親権とは関係なく、そういうもんなんだ? 知らなかったよ。
「京子の戸籍もね、川崎の方のクズの戸籍に残ってるわけ。あんた達、戸籍上でも姉妹だよ。もしかして、知らなかった?」
戸籍謄本でも見れば分かったんだろうけども? 必要になった憶えが無いし、何かで必要だったとしても、中身を見てないだろうな。俺は、そういう性格だから。
「戸籍上でもって事は、まさか?」
「半分血が繋がってるよ。遺伝子学上の父親が同じ。京子は、杏子ちゃんの妹なの」
王妃から聞いた話を整理してみると。
俺の親父は、家を出て行ってすぐ、16歳の王妃と再婚した。王妃は既に京子を妊娠していた。遺伝子学の父親は、俺の親父で間違い無いそうだ。
俺の親父は、クズだった。またしても、すぐに家を出て行った。それっきり音信不通だったのが、突然親父の親戚から「葬儀費用出せよ」と連絡が入った。
人が亡くなると銀行の口座なんかは、即凍結されちゃうからね。それを開けられるのは、第一子である俺だけ。俺の連絡先を、親戚連中は知らなかったので、元妻である王妃に連絡が来たと。
なお、親父の最後は孤独死だったそうだ。1週間近く、誰も気付かなかった。遠い将来の自分も、そうなるような気がして、背筋が冷たくなる。
1週間近く経って親父の死体を発見したのは、親父の妹だそうだ。親父の妹は、親戚も巻き込んで、親父の最後の住処の片付けをし、葬儀もした。そして、そういう諸々の費用は、俺に請求を回して来た。だから、遺産相続して払えば? って事だね。
俺も、いつか京子ちゃんに発見される事になるのだろうか? 京子ちゃんは、俺の葬儀をしてくれるかな。費用を負担してくれるかな?
そんな、想像をしてしまう。虚無に引き込まれる感覚がある。俺の人生の行き着く先は一体何処なんだろうか。
あぁ、願わくば王女を守って死にたい。王女の膝の抱かれて、優しく見守られながら。ぶひぃ。
いろいろと考えさせられる事はあるが。まずは、目先の問題をどうにかしないとな。遺産相続って面倒なんだよ。司法書士に知り合い居ないもんなあ。まあ、今の俺には時間だけはあるけどね。借金とか残ってそうだし、放棄して終わろうかなぁ。葬儀関連の費用は、香典代わりに出すか。でかい香典だよなぁ。
「京子も相続人だけどね。あれは、父親の事なんかに耳を貸さないからね」
なるほど? 京子ちゃんに丸投げするって手があるね。いや、それはどうだろうか?
これは、異世界ファンタジーではない。ありがちな現実の世界の出来事だよ。タフな対応を求められる、ごく普通に過酷な現実世界の話。俺に、こんなイベントが巡ってくるなんて、まったく想定していなかった。
そうだ、ついでだから、色々と聞いておこう。
「京子ちゃんが幼い頃に、騎士に出会ったらしいんだけど。何か、心当たりある?」
「あー、イマジナリー近衛騎士じゃない?」
イマジナリーフレンドっては珍しいものではないらしい。周囲とのコミュニケーションが上手くいかない幼少時には、よくある症状なんだそうだ。俺も、イマジナリー怪人と戦うライダー1号だった。仮想空間で、日夜世界の平和を人知れずに守っていた。
京子ちゃんの場合、仮想空間に表れたそれは、近衛騎士だったわけだ。なるほどなー。半分だけとはいえ、血の繋がった俺の妹だもんなー。
「小杉の方の父親って、どんなクズなんですかね?」
「跡継ぎ目当てで私と再婚したんだよ。何をどう勘違いしたのか、京子を男の子だと思ってね。女でもいいか、とか言って京子だけ奪って、私とは離婚した。親の遺産を細々と食い潰してる程度の小者だったクセに」
まるで、アンとマシュウのような物語なのだが。
「結局は女の子じゃだめだってんで、ネグレクト状態だったらしいよ。ほんとクズだよ。中学を出たら、京子は、高校には行かずに働いてたそうだよ」
しかし、ネグレクトクズ親父は、最後は京子ちゃんに土地を分与した。少しは、親としての情があったのか。或いは、世間体を気にした見栄だったのか。節税にでもなったのか? 本人が、この世に居ない以上は、もう分からない。ただ、確かな現実として、京子ちゃんの領地は今ここにある。いや、神聖カワサキ帝国なんだっけ?
疑問だった点が解けた。
何故、俺と京子ちゃんが同じ戸籍に入っていたのか。養子縁組なんて強引な技では無かったのだ。最初から姉妹だったのだ。本籍地の変更だけなら、戸籍の筆頭者でも可能だ。分籍をして、京子ちゃんと俺だけの新しい戸籍を作ったとか、そんなのだろう。それも、本人の同意が必要な気がするが。
王女様と近衛騎士は雇用契約は結んではないけど、もっと強い結束の契約をしたのだ。王女殿下風に言えば、血の盟約ってとこだろう。知らんけど。
「ただいまー、誰か来てるのー? 姉さん」
京子ちゃんが帰って来た。いや、王女殿下のご帰還だ。妹だって知って、京子ちゃん呼びをしてしまってた。
あ! 王女殿下をひとりで外出させてしまってたぞ! 打首かも!
んん!? 姉さん!?
あ、そうか。殿下は、全部知ってるんだもんな。玄関の履物を見て、来客が王妃だって事も察したのだろうが、いつから、いや、どこまでを把握しているのだ?
「あら、母さん。何しに来たの?」
「元気そうね、リーザ。そこは、母上じゃないの?」
あぁ、なんだこいつも同族か。そりゃそうだ、殿下と血が繋がってるんだもんな。
じゃあ、俺も同族って事か? 始祖は誰だよ?
「ところで、王妃は、なんて名前なの? あんた京子の母です、としか名乗ってないぞ」
「真名と本名どっちを知りたい?」
どっちでもいいわ。
「それよりもさ。ここ空き部屋あるんでしょ? 貸してよ」
「はあ? 何を企んでいるのよ?」
「一緒に暮らそうって言ってんじゃないよ。新婚生活の邪魔なんかしないよ」
新婚生活じゃありませんよ、王妃様。陛下と、お呼びすべきですかね?
「身内割引とか無いわよ?」
「離婚した時ぶんどったお金が、また増えちゃったから。心配ないよ」
「その投資魔法が、我が家にも欲しいわねぇ」
そう言って、チラっとこっちを見る殿下。
俺の証券口座は、含み損で真っ赤だからなぁ。損切りする気も失せて、放置してある。トヨタとかの株だから、配当も年2回あるし、10年か20年後にはプラスになるんじゃないかな? 知らんけど。まじで知らんけど。俺に投資の才能は無いのだ。魔法で、なんとかなるなら呪文を教えて欲しいもんだね。
「いいわよ。ネット契約で、ここですぐ出来るわよ。内見しとく?」
「んー、面倒だからいいわ」
殿下と陛下は、ふたり仲良く並んで、賃貸契約を始めた。重要事項説明なんかもネットで出来るんだな。もしかして、殿下も必要な資格を持っているのかも。
うーん、双子の姉妹にしか見えない。アレが育てばこうなるだろうなぁ、なんてレベルじゃない。本当にハイエルフか魔女なのかも知れない。
「はい、終了。今日からでも入っていいわよ。それくらいは融通してあげるわ。はい、これが鍵だから」
陛下は、うちの隣のワンルームを借りた。隣かあ。便利なのか、邪魔くさいのか分からんな。ICカードキーは設定次第で、どうとでもなるみたいだな。きっと殿下は何枚か持っているのだろう。カードリーダに載せて、何か操作をしてから渡した。
それ、俺のPCなんだけどな? 勝手にアプリインストールしちゃったの? それともSaaSなのかな? 便利になったもんだね。俺の多摩区のウサギ小屋なんて、宅配ロッカーすら無かったのに。玄関の鍵は、かろうじてディンプルキーだったけどね。
「じゃあ、引っ越しソバを食べに行こ! 私が、出すわよ」
「ソバかあ。確か、近所にあったわね」
「あ、俺も行くぞ。相談したい事あるし」
3人でソバを食べながら、遺産相続の件を殿下に報告し、なんとかならんの? と聞いてみた。
「最近、やったばかりだから。その時の司法書士に、頼んであげるわよ。案外、あいつ金持ってるかもよ? 借金もあるかもだけど」
「ああ、じゃあ頼むよ」
「あなたが用意するのは、住民票と戸籍謄本の写しと、印鑑証明かな? あと委任状ね。それも全部、私がやっとく?」
私文書偽造罪になりませんかね? 俺は、そういう事務手続きが苦手なのだ。苦手な事ばっかりだな、それでも、それくらいは自分でやるよ。
「ところでさ、何で、杏子お姉ちゃんが、近衛騎士なわけ?」
俺も、気になっている事を、陛下が聞いてくれた。
「そうさのう。あれは、ワシが、ユニコーン狩りに行った時じゃった」
殿下がマシュウの口調になって語ったそれは、やっぱりいつもの異世界ファンタジーだったので、俺には何も分からなかった。陛下は、へえそうなんだー、それ分かるー、とか言ってたけどね? 異世界言語だったのかなあ。日本語にしか聞こえなかったんだけど。
俺には、妹が居たわけだ。それが、今の俺の主君。
学校は最近卒業したと言っていたのに、実は中卒らしいとか、謎も深まったけど。その辺は、そのうち分かるだろうよ。俺に妹が居たと事実の前では、どうでもいいよ。だって、姉妹は永遠に続く血の盟約なのだから。
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