ep07. 俺が王女だった?
異世界ファンタジーなんだよなあ。
夢に破れた36歳児は、彷徨う幼女を救う事で、自身も救われる。
将来への不安と期待に頬を紅潮させ、瞳を輝かせながら世界を変えるのだと語った幼女も、彼女が言う「好きな事が出来る大人」になった。
純文学になりそうな物語だったんだけどなあ。
何故ならば、幼女は本当に王女様だったのです。
資産家の娘は、現代社会のお姫様でしょ。俺には異世界だよ。
「この宮殿は、王宮最高の魔導士が建てたのよ」
王女殿下のこんな発言は、むしろ現実味しか無い。ただのチュウニだ。
グーグルのAIに聞いたら、中二病と表現するのが最も一般的だそうだから、今後、本書においては「中二病」と表記する。なんてな? これは運用設計書か?
宮殿と言っているのは、賃貸マンションの事。
殿下の設定では、領地だね。俺の、新しい住処でもある。俺は、殿下直属の近衛騎士だからね。
「魔法使って建てちゃったの? 耐震偽装でもしてんの? 大丈夫なの? ねえ?」
「そういう魔法は使ってない、はずよ」
そうは言うが、現代的な魔法が駆使されているらしい。
安普請だとは言っているけど、断熱も気密もしっかりしている。窓は、樹脂サッシにトリプルガラス。換気は強制的に常時稼働する仕組みなんだとか。断熱と気密を上げると、換気が重要になってくるからね。
楽器は禁止だけど、隣家の目覚ましどころか、生活音も全く聞こえてこないくらいに、防音性能も高い。
キッチンはガスだけど、給湯は太陽光発電で賄っている。発電された電気は、換気システムと共用設備の電力、駐車場のEVの充電にも使われている。
家賃が高いなりの魅力ある設備はちゃんとあるようだ。
俺は、不動産経営はさっぱりだが、お金の流れは多少は追う事が出来る。
PMOの業務では億単位のお金も扱ってきたからね。
現在の空き室は2つ。
これで、収支はギリギリプラスで、10年後にはローンを完済するそうだ。
高気密高断熱、給湯省エネには補助金が出る様だが。
建築費用が安過ぎじゃないの?
「ちょっと趣味に走り過ぎちゃったわね。純粋な箱に徹すれば良かったのよ。領民の幸福度でレベルが上がっていくシステムではないのだから」
領地経営ゲームしてんの? 店子はNPCなの? 人生はゲーム感覚なの? これがゲーム脳ってやつ?
WiFiはトラブルを嫌って導入していないのに、太陽光発電なんてリスクの塊なんじゃないの? ああ、そうか、こいつガジェットオタクなんだな。それなら、俺にもよく分かる。億単位の金で趣味に走るなんて、俺には真似が出来ないけどね。
例えば、ネットワーク機器はCisco一択ですよ。安いベンダーを選ぶと、設計構築テスト運用の全ての工程で余計なコストが発生するのよ。これは、趣味とは違うな。完全に仕事の話ですわ。そして偏っている。
お高いガジェットかぁ、と思えば多少は実感が沸いて来る。
でもね? こんなものが自分の生活の中に入ってくるなんてね?
異世界ファンタジーよりも現実味が無いのよ。
「WiFiなら各部屋毎にオプションで契約出来るようにしたわよ。問い合わせが多いって、不動産屋と管理会社が言うからね。ゴミみたいな電波を近所で撒いて欲しく無いんだけどね。ま、ちょっとはインセンティブもあるしね」
行動が早いな。そして、口が悪い。
ガスをプロパンにすると、何故か給湯器だけじゃなくて、エアコンや照明までガス屋がタダで設置してくれるとか聞いた事あるよ。そういう魔法かな?
「ガスは都市ガス一択でしょ。ネットはNTT一択。KDDIとコンペさせたわけでもないのに勝手にタダで工事してくれたわよ。ケーブルテレビのネット回線なんて今どき上下非対称のゴミカス仕様だからね」
やっぱり口が悪い。そして、偏っている。こいつは、俺かな?
「土地は生前分与 … じゃない、王家の土地だしね? 業者は全部、王宮指定の職人ギルドだから、2軒目もうちで建ててねとか言って勝手に安くしてくれたわ。パパ … じゃない、国王が裏で圧かけたのかも知れないけど」
殿下の父親って何してる人なんだろう? 挨拶に行った方がいいのかな? 娘さんは、もう僕のものですって。
「ああ、国王との謁見なら不要よ。もう家には帰って来るなって言ってたから」
それなりに家庭はこじれたままらしい。じゃあ、触れずにいよう。俺も、挨拶なんて行きたくは無い。コミュ障だからね。他人に余計な事を言っちゃうタイプの。
「要点だけを整理しようか。空き部屋さえ埋まれば、生活費は、ギリギリだけど確保出来る。でも将来的な修繕費用や、空き部屋が増えた時に備えて、家賃収入には手をつけたくはない。だから、他にも事業を始める。不動産経営は、これ以上はやる気がない。そんなとこかな?」
「そうよ、理解が早いわね。さすが、私の騎士よ。不動産経営なんて、将来性無い気がするのよね。だって、少子高齢化でしょ? なのに不動産バブルっぽいのが、ホント謎なんだけど」
「それはインバウンド需要ってやつらしいぞ。領地は他にもあんの? 生前分与された土地か建物。居酒屋とかラーメン屋を検討してただろ?」
「無いわ。そして、現金も無い」
どうやって事業を起こす気なの? お金は借りればいくらでもあるけどね。
「それはそうと引っ越しは終わったのよね? スプレッドシートで共有されたタスクリストを見ると、後は住民票を移すだけかしら?」
「うん。住民票を移したら、警察署で免許証の住民変更をして、後は税務署もだな。個人事業主の開業届出をしているから俺。そっちはネットでもいいんだけど、よく分かんないから税務署に行くよ。ここからなら近いし」
引っ越しってやる事多いからね。
ネット、ガス、電気といったインフラの移転の手続きが最優先で、漏れなく滞りもなく処理しないと、新居で暮らせない。
住所変更だけでも20件以上あって、さっさと済ませておかないと忘れちゃう。
ネットで済むようになった分楽になったけど、昔は無かったものも増えた。
仕事で使うようなタスクリストを作成して処理したよ。
殿下にも共有してあるから、漏れや滞りも無い。手伝ってくれたし。
「私も同じ事しないといけないわね。一緒に行きましょう。ついでに昼食もね」
区役所に行ってから、警察署へ。どちらも家からだと近いのに、方向が違うから、結構歩いた。税務署は諦めた。ネットでも出来るからね。いっそ廃業してもいいしね。必要になったら開業し直した方が楽かも知れない。確定申告をネットでやるのは、随分と楽になったけど、相変わらず普段やらない手続きは分かりづらいんだよなあ。構築してんの、どこのベンダーだよって感じ。
「お昼どうするのー? そろそろ殿下が作ればー?」
「だったら、まず冷蔵庫などを買いに行きましょうよ。なんで、冷蔵庫も無いのに、先にWiFiルータだけは買うのよ」
「ネットが無いと死んじゃうだろ? 冷蔵庫は無くても死なない。コンビニが近所に3軒もあるんだし」
「コンビニスキーも改めた方がいいんじゃないの? なんで毎回大量に買い物するのよ? カードのポイントが7パーセントだとか言ってたけど、まさかポイント目当てって事は無いでしょ?」
「冷蔵庫があるとアイスを大量に買っちゃうなあ」
「行く頻度が減るならトータルの出費は減るわよ」
コンビニは娯楽なのだ。不思議な味の新製品とか試したくなるじゃん? もれなく不味いんだけどな。これはスーパーでは出来ない遊びなのだ。俺の、冷蔵庫がわりでもあるしね。重要インフラだよ、コンビニは。
「冷蔵庫を処分したのはやり過ぎだったな、とは思ってたんだ。この機会に買うかぁ。あと、洗濯機も買わないと。なんで、引っ越しすると寿命が尽きちゃう家電が多いんだろうか。あいつらも、猫みたいに家につくのかな?」
洗濯機だけでなく、WiFiルータも死んだ。
ノートPCは健在だけど、デスクトップは死んだ。
更に、ギターも7本のうち1本が死んだよ、これは、事故だな。ネックが反ってたからトラスロッドを回したら逝った。やっぱ、ちゃんと弾かないとダメだね。死蔵していると良くない。
ちなみに、システムエンジニアの感性では、ルータなんかは生き物だから、壊れた時は「死んだ」と言うよ。プロセスの停止も「殺す」って言う。物騒だね。
「家電に宿る妖精は土地や家に縛られる事が多いみたいね。ノートPCは外に持ち出す前提でしょ? だから、引っ越し程度では死なないの。あなたと一緒でタフなのね」
なるほど。妙に説得力あるなあ、この異世界の理。
あぁ、買うものは沢山あるんだよなあ。テーブルと椅子は、リモートワークを始めた時に買ったものがある。ちゃんと椅子に座って仕事しないと、あっさり腰をやられるからね。
引っ越しはカーシェアのミニバンだけで済んだ。物が少ないからね。
でも、新居用には、あらゆる物が足りない。
ダイニングテーブルは無いし、収納家具だって足りない。テレビも居るかな? 動画配信を見るなら必要だろう。お一人様はスマホやPCで十分だけどね。これからは、殿下と二人なのだから。じゃあ、ソファなんかも必要?
買うものリストをスプレッドシートで作って、また共有かな。
「なあ、俺って家賃払うの? 給料は来月振り込まれる分で最後なんだけど」
騎士の仕事って給料貰えるの? 現実社会の雇用契約は結んでないな。
「家賃は必要経費で半分は落とせるわよ。残り半分は、折半かしらね? あなたの分は6万円だから、ウサギ小屋と大きくは変わらないわよ」
「護衛から家賃とる王女ってどうなの? 王女と近衛騎士がルームシェアすんの?」
「それもそうね? 住民票の上でも私が世帯主だものね。ま、どうせ出処は一緒なんだけどね。法人化した方がいいかしら?」
世帯主が誰なのかは重要な事ではない。
俺は、住民票を見た時に、異世界へ転出しちゃったのかと思った。
氏名は、川崎
殿下の京子もそうだけど、こっちはミヤコ。
俺が、小杉 杏子 になってたりはしなかった。
ただね? 殿下も、川崎 京子 に、なってるよ?
カワサキ帝国の王女って感じですよ。いい名前ですよ。
そして、俺の本籍地が、この領地の住所に変わってた。
殿下ならやりかねないなと思ってけど、やってましたわー。
一体、何があったのか?
川崎姓は、殿下の母親のもの。旧姓の小杉は父親のもの。
殿下が幼い頃に、母親は亡くなった、そう聞かされていたのだけど。
実は、存命だった。亡くなったのではなくて、離婚して家を出てたんだね。
成人する直前に殿下は、初めてそれを知る。
父親が、お前はもう成人するんだし、家を出てあっちに行ってくれない? 土地を手切れ金でやるからさ、などと言い出した。
どうやら再婚するらしい。それも、殿下よりも若い女性と。
殿下としても、遺伝学的父親と年下の母は不要なので、川崎家へ移籍する。
移籍って言うのが適切なのか知らんけど。
そして、殿下が移籍してすぐに母親が他界してしまった。
この半年余り、殿下の人生は波乱万丈だったわけよ。
これは、殿下が俺の小説を乗っ取って書こうとしている、断片的な下書きから推測した事だ。事実とは異なるかも知れないが、おおむね合っていると思う。
殿下は、新しい王家を作るために、俺と養子縁組をしたのか?
同性カップルが婚姻の代替としてやるらいしじゃん。
俺が養子に入っているから、本籍地が変わっていたわけだろう。
本人の同意無く、何をどうやったのか知らんけど。
俺が子なら、王女は俺じゃん? そこは、どういう設定なんだかね?
俺か殿下に、ちんちんさえあれば、結婚すれば良かったのにね。
何か、それっぽい事言ってたけど、そういう事があったわけ。
殿下が勝手に書いた中二小説では災厄がどうとかあったけど、何の事? って思ってたら、この一連の出来事だったのかね?
「つまり、神聖カワサキ帝国が誕生したってわけよ!」
ここは、カワサキ帝国から王女に下賜された領地ではなく、独立した帝国になったんだって。今日、諸々の手続きが完了したから。国王の遺産相続の権利も放棄して完全に縁が切れたそうな。もう、完全に異世界ファンタジーな気分だよ。
「なあ、ここのローンの連帯保証人って誰? 国王じゃないよな?」
「もちろん、あなたよ! 家族だから簡単に審査に通ったわ。銀行もチョロいわね。これで、私達は一蓮托生よ」
殿下が返済不能な事態なら、俺も同じ状況なんだけどな?
家族なら逃げづらいって事なのかな? 金融の審査の基準なんて分からんよ。
国王を連帯保証人にしときゃ、最悪逃げられたのにね。それを良しとする性格ではないか。
さあ、新居に入るなら、家具や家電を買い揃えましょうかね。
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