ep06. 王女様と新居
「バイトの帰り、電車を乗り過ごしてしまい、 … 違うわね、多摩区ならユニコーンくらい居るでしょう。ユニコーン狩りに … 」
王女殿下が、ぶつくさ言いながらパソコンに向かっている。
どうやら小説を書いているらしい。俺のアカウントで勝手に。俺の小説の続きを、王女側視点で書いているようだ。
ハードボイルド文芸を、いきなり異世界ファンタジーにしないで欲しい。
応募しているコンテストの規約を読み返してみたけどジャンル指定は無い。
異世界ファンタジーを求めてるのかな? って感じはあるけどね。
舞台は和洋中問わずとあるから、別に現代の川崎市でもいいだろ?
無理やり、異世界のカワサキ帝国にする必要は無いと思う。
現実の川崎市だって、十分に魔界だよ。特に、JR川崎駅の周辺は。
まあ、ハードボイルドだったのは1話目だけで、2話目以降はコメディになっているけどね? 3話目以降はブログで書けよって愚痴になっているし。5話目から異世界ファンタジーになっても別に構わないか。どうせ、2話目以降のPVは0のままだ。コンテストの読者選考を通過する見込みも0だ。だって、読まれてもいないのだから。
カクヨムは収益化も出来るけど、それで暮らせる程のPVがあるなら、書籍化やアニメ化で稼げるよ。副業にはならない。お小遣いにもならないんじゃないかな? 俺は、もちろん1円も稼いでないよ。10年以上続けているブログでも、アマゾンアフィリエイトから661円入っただけ。グーグルアドセンスの残高は4,950円あるが、出金可能な8,000円に達するのに、更に10年はかかるだろう。
もし、コンテストを通過して書籍化が叶ったとして、昨今はプロ作家として専業でやっていくのは困難だとか。売れっ子作家ですら、本業の傍ら命を削る様にして小説を書いているらしい。知らんけど。
つまり、小説は趣味で書くしかなく、本業をおろそかには出来ないって事。
当たり前じゃん! って話でしか無いんだけどね。
たとえ叶わないとしても、夢は追いかけていたいだろう?
俺は今、実に憂鬱だ。
4月からの派遣先が決まっていないからだ。
社内選考で落ちてるってツライ現実もあるが、何よりも、どういう条件の派遣先に行くべきかを、決めかねているのだ。
小説を書くには時間が必要だ、だから本業は在宅フルリモートが望ましい。出社すると、通勤の行き帰り、昼休憩、毎日3時間から4時間が無駄に奪われていく。
満員電車の中では、小説を書くのはもちろん、読むのも困難だ。音楽を聴くか、ラジコで深夜ラジオでも聴くか、オーディブルってやつを試すのもいいかも知れないけど。どうしても、暇潰しになってしまう。仕事や睡眠を、放り出して読むからこそ小説は面白いんだろう? 他にやる事なくて仕方なく、ってのは違う。それは、音楽を聴くことだってそう。
少し話が逸れたが。毎日4時間も小説を書く時間にあてられるのが、フルリモートの最大の利点って事よ。その差は大きい。しかし、フルリモートを優先条件にしてしまうと、本業としては先が無いかも知れない。時給もいいとは限らないし。
システムエンジニアってのは常に新しい技術を追う宿命にある。例えば、最近はクラウドネットワークが主流になりつつあるようだが、俺はこの流れに乗り遅れている。今からでも、この流れに乗れるなら、この先も派遣先には困らないだろうし、高時給も期待出来る。乗らないなら、別の流れを掴む必要がある。しかし、そうなるとフルリモートは諦める事になる。両方満たす派遣先ってのは、そうそう無い。
収入を重視するならばPMOというポジションをやるのもありだ。でもなあ、端的にいうと、斬ったはったの世界なんだよね。調整だの交渉だの折衝だのって言っているけど、タマの取り合いっていうか、後ろから敵を刺すチャンスを伺うっていうか、そういう殺伐とした世界なわけよ。限られたお金、限られた時間、限られた要員、それらの奪い合いをして勝ち取るのが、PMOの仕事だからね。世間一般では違う説明をするかも知れないが、俺の解釈では、そうなる。技術力よりも、政治力の様なものが必要だから、技術的なトレンドは勘所さえ掴んでおけばいい。自分で設計構築できなくてもいい。最初の頃は、これをやってた。
そういうのはもうやりたくない。
余りにも心を削られ過ぎる。心臓に毛が生えていると言われる程には、メンタルは頑丈だとは思うけどね。飲酒量も増えるし、体重だって増えていく。
じゃあ何をするんだ? ってなると、いっそエンジニアの仕事自体が、どうでもいいかなって気にすらなってくる。
エンジニア35歳寿命説ってのがあるけど、まさにこういう心境になるからかねぇ?
並の社会人ならこれからガツガツ行くって年齢みたいなんだけど。俺は、もう限界なんだよね。
あー、ホントに王女様の騎士になっちゃおうかなあ。
「ねえ、いつまでTシャツだけでゴロゴロしているのよ。パンツ丸出し星人は川崎だけでも30万人は居るそうだけど、パンツだけ穿かない星人は希少よ? あんな汚い部屋でそんな格好していたら、粘膜から雑菌が入って炎症起こすわよ」
そういう王女殿下は、パンツ丸出し星人だ。黄色と黒の縞々のパンツを穿いていると、小さな体と相まってミツバチみたいだ。怪人ミツバチ幼女だ。実在しやがった。大量の怪人ミツバチ幼女に囲まれて熱殺蜂球で死んでみたい。ぶひぃ。
「またバカな事を考えている顔してるわね。あなたの派遣先紹介は全て断っておいたし、もう不要だと伝えたわよ。スタッフ登録は解除せずにいてあげるけど」
え? 何してんのコイツ。俺が寝てる間にそんな事しちゃったの?
昨夜やたらと飲ませるからおかしいなと思ったんだ。目が覚めたら、知らない部屋で寝てるし。ここ、何処よ? 俺、こいつに何されてんの? そして、今何時? この陽の高さからいって、もう昼過ぎだな? 窓が大きくて、空がよく見えるわー。どこよここ? ホテルかな? 川崎区に、こんな立派なホテルあったかなあ? いや、この部屋には一切の家具が無い。何処だここ? 異世界かな? やったー!
「分かった。お前が養ってくれるんだな? よし、結婚しよう」
「あなた、私の財産が目当てだったの? 体目当てなら、まだ良かったのに」
もしかして、彼女は資産家の娘なのだろうか?
今書き上げたばかりの異世界ファンタジーな小説もそうだが、昨夜言ってた話は、何処まで事実なのか? しかし、この異世界ファンタジーから事実を抽出するのは困難だな。事実をそのまま書かない、とは最初に宣言してあるけど。
ユニコーン狩りって何だ? 昨夜の居酒屋もこいつの仕込みか? 実は、あの店がバイト先だったとかさ。麻生区ならユニコーンが居るかも知れんが、多摩区には居ないだろ。いや、登戸付近はともかく、家の近所や生田の山の中なら居るかもな?
「財産って何? ドラゴンのツノでも持ってんの?」
「ここは私の所有する賃貸マンションよ。言ったでしょ新居だって」
新居を探しに行くとか言ってた事があったっけ? でも、もう買ったとは聞いてないし、それがマンション丸ごとだとも聞いてない。聞いたっけ? 昨夜の記憶は、途中から無い。
資産家の娘なんて、異世界以上のファンタジーだよ。
俺は、純血の庶民なんだ。
「なるほど? これはマンション管理会社のスタッフTシャツなのか?」
俺が着ているTシャツには、会社のロゴっぽいのが入っている。
おそらく昨夜寝る前に着替えたか、着替えさせられたかしたのだろう。
新品じゃないと嫌だとか言ったんじゃないかな、俺の事だから。
でも、スタッフTシャツはあっても、スタッフパンツなんて無いもんな。ノベルティでもパンツは見たことない。
故に、今の俺は、パンツだけ穿いてない星人だ。
「それは私の騎士専用のTシャツよ。あなたは、私に生涯を捧げて忠誠を誓ったでしょ? 派遣の仕事してる場合じゃないのよ」
なるほど。そういう事か。そこまでは記憶にあるぞ。
そうまでして聞き出した名前が真名とかいう偽名だったんだけど。
本名は、運転免許証に書いてあった。
「ミヤコちゃん。このままだと成人女性を拉致監禁した罪に問われちゃうよ? 状況を説明して」
彼女の本名は、小杉
子のつく名前は今や希少なのだが、本来は高貴な身分の者が持つ名前なのだ。
父親は、武蔵と書いてタケゾウだったりしないだろうか。小杉 武蔵。売れない芸人みたいだな。武蔵小杉のタワーマンションには住めそうもない。
「何言ってんの? 昨夜、ぐでぐでに酔って、僕もう帰れにゃーい、とか言うから、介抱してここまで連れて来てあげたんじゃないの。やっぱり、憶えてないの?」
やっぱりってどういう事? 狙ってやったって事?
そして、決死の本名呼びはスルーされた。
まあ、それはいいや。小娘の企みに、まんまと引っかかった俺が悪い。
「まあ、青少年育成条例違反の罪に問われる俺の方が分が悪い気はする」
「まだそんな事言ってる。免許証見せたじゃないの。ほら、もう一度よく見て」
そう言って王女殿下は、運転免許証を俺に渡す。受け取って、よく見る。
うーん、このふざけた写真がよく通ったなあ。わざと上向いて鼻の穴をがっつり見せてるし、ちょっと白目剥いてる。おでこはテッカテカだし。運転免許証で意図的に変顔してんの初めて見たわ。俺のもひどいけどな。半目閉じてるし、すげえチンピラヅラに写ってる。
「有効期限が3年後の2月1日って事は、誕生日は1月1日だな」
それは、昨夜も確認した。
「よく見なさいよ、システムエンジニアって観察力無くても出来るの? 数字にも弱いし。随分とチョロいお仕事なのね? 右上に生年月日の記載があるでしょう」
なるほど? 自分のを見る時って期限の確認する時くらいだから、他の部分を見てなかった。よく見れば初回の交付日も分かるし、殿下の言う通り生年月日の記載もある。
平成27年1月1日
おっけーぐーぐる、平成27年は西暦で何年だ?
「分かった。俺がシステムエンジニアのくせに数字に弱いってのが伏線だったのか。そして、殿下が6歳幼女だと思わせておいて、実は20歳の成人だったと。ネタバレ早くない?」
「何を言っているの? ネタバレって何よ。私を幼女だと思ったのは、あなたの勝手じゃないの。私は、ずっと成人だと言っているじゃない」
数えで15だから成人だって、江戸時代か異世界ファンタジーみたいな事言ってなかった?
満年齢で14歳のリアルチュウニだって言ってたし、さっき書いた小説もチュウニ回路が隠せてないんだけど。どういう事なのか。きっと、乙女のデリケートな部分が作用したのだろう。そっとしておこう。
まあ、いいや。昨夜ひと口でやめたとは言え飲酒を見逃しているし、朝まで連れ回してたらしいけど。俺は、未成年者飲酒禁止法と青少年育成条例には違反していなかった。犯罪者ではなかった! 1,000円以上1万円未満の金銭納付も不要だし、5万円以下の過料も科されない!
やったー! 俺は無実だー! シャバの空気がうまい!
いや、今まさに収監されているんだっけ? 来月からの仕事を剥奪されて。
「なんで、哀れみの目で見るのよ。あなたがロリロリ大好きだって言うから、ちょっと騙しただけじゃない」
「そんな事言ってない。 小さい子を欲っしているとしても、あれだよ? 父性だよ。違う、母性だよ」
「残念ながら、あなたの子供を産む事は出来ないの。いくら王女の権限を使ってもね。だから、諦めてね。攫ってきちゃう前に、相談してくれれば、罪にならない様には出来るかも知れないけど」
だって俺、女だもんね。ちんちんが無いから、子供は作れない。
そろそろ、現実の話をして異世界から帰って来たいのだけど。その前に、あれだな。腹減ったわ。飲み過ぎた翌朝って血糖値低いから、虚無感とも言えるくらいの空腹感に襲われる。
「腹減った、かあちゃんメシー」
「誰が、かあちゃんよ。王女だって言ってるでしょ。ほら、パンツ履いて。外に出るわよ。ここには食材も無いし、調理器具も無いから、自炊は無理よ」
「そうなの? ここ、お前んちじゃないの?」
「違うわよ。ただの空き部屋。この辺で活動するための拠点に利用しているだけ。あなたが住むなら貸すけど?」
なるほど。布団が一組に、段ボールの上に置いたノートパソコン。昨夜俺が脱いだパンツ。この部屋にあるのは、それくらいだ。
「家賃いくら?」
「この部屋はワンルームだから10万円よ」
「えー、高いー。今の部屋の2倍以上なんだけど」
「あのウサギ小屋って、そんなに安いの?」
「家賃を削りたくて引っ越したんだ。フルリモートなら何処住んでも同じだし、外の誘惑が少ないから、引き籠もりが捗るしな」
まあ、それが仇になって、次の派遣先がリモートじゃかった場合、通勤がちょっと大変なんだけどな。新宿が勤務地ならともかく。それでも、最寄り駅は南武線のみだから、ひと駅進んでから京王か小田急に乗り換えないといけない。
あ、それはもう無いんだっけ? 騎士の仕事って何だ?
「何処に住むかは、これから何をするか次第でもあるわね。それも、食事しながら相談しましょう」
何をするって、マンション経営しつつ、寝て暮らすんじゃないの?
俺は、ずっと小説を書いていようかな。
「んー、一度脱いだパンツ履きたくない」
「じゃあ、私が脱いだの履く? 特別に下賜してあげるわよ」
「なんでだよ。ご褒美みたいに言うなよ」
川崎駅周辺は、ご飯を食べる処に困らない。選択肢が多過ぎて困るくらいだ。
しかし、ゆっくり話をしながら食べるような店は知らない。きっと、いくらでもあるんだろうけど、俺は知らない。だって、用が無いから。
「ここにしましょう」
「イェイ系のラーメンか」
「ちょっと違うトーンに聞こえたけど」
昨夜の居酒屋も市場調査だったっけ?
変動要素が多い上に重労働だから、私達には無理ね、とか言ってた。
そもそも、あの店で、バイトしてたんじゃないの?
「ラーメン屋こそ、重労働だと思うぞ。飲食店は全般そうだろ。バイトしてたんじゃないの?」
「バイトは配達の仕事よ。居酒屋なんかに、お酒を配達するの。昨夜行ったお店にも配達してた」
だから、店主と知り合いだったのか。ユニコーンのレバーだったっけ? そんなネタに協力してくれるくらいの仲ではあるのだろう。コミュ障のくせにな。
「フェニックスの唐揚げでも買って、公園で食べるか」
「そんな高価なもの買えないわよ。それに、公園なんてこの辺にあるの?」
「大丈夫だ。フェニックスは不死鳥だから、唐揚げにしても甦る。食材としては無限だ。だから、むしろ鶏よりも安い」
「なるほど。そういう設定なのね。納得したわ」
設定って認めちゃダメでしょ。
唐揚げは、スーパーの惣菜のやつが俺は好きだ。
しかし、JR川崎駅の周辺は、スーパー不毛の地。
住民の殆どが単身世帯なのかな? 賃貸だって、ワンルームばかりって事も無いと思うんだけど。
でも確か、ルフロンにライフが入ったはずだし、唐揚げなら銀柳街に専門店があったかな? ラゾーナとアゼリアにもあった気がする。
「で、公園って何処なの?」
銀柳街で、唐揚げ弁当を買った俺達は、公園を求めて彷徨っていた。
意外と、この辺りにも公園があるんだ。
でも、この辺りに住んでいたのは、もう10年以上前だからなあ。もう忘れちゃったよ。郵便局の向かいに神社が無かったっけな? あそこの境内も公園みたいなもんだろう。
「このままだと迷うな。もしくは、異世界へ迷い込んでしまう」
「どうやったら、こんな狭い範囲で迷子になれるんだか」
公園は諦めて、殿下の拠点に戻る事にした。テーブルも椅子も無いけどな。
途中、コンビニに寄ってペットボトルのお茶も買った。ちゃんと2本。そうしておかないと、また俺のお茶を奪われてしまうからな。
拠点に帰ると、ふたりしてパンツ丸出し星人となり、床に座って唐揚げ弁当を食べる。王女はパンツ丸出しな上に胡座だ。王家の品格なんて微塵も無いな。でも、楽しいから、それでいいよ。生涯こいつに仕えるのであれば、お互いに気を使いたくない。
「マンションの家賃収入だけだと、下手すると赤字なのよ」
このマンションは親のものではなく、彼女の名義でローンを組んでいるそうだ。頭金としてしてある程度まとまった金額は、親が独立のお祝いとして出してくれたそうだが、初期費用は、彼女がバイトで貯めたお金で賄った。だから、彼女は、手持ちの現金が少ない。
部屋も満室ではない。実際、この部屋は空いているからね。3月のこの時期に空室があるってのは厳しいんだろうなあ。いや、案外、年度替わりの異動ってギリギリのタイミングで発表されるんだっけ? じゃあ、すぐにでも埋まるかもな。
マンションの管理は、専門の会社に任せている。彼女のやる事は、修繕が必要になった時に、承諾してお金を出す事。そして、ローンを返済する事。固定資産税や保険の掛け金などの出費もあるだろうか。ローンは、10年で完済する予定だそうだが、それまでの収支は、生活するにはギリギリ。騎士を雇ってる場合か?
「だから、他にも何か事業をしないと、領地経営が成り立たないのよね」
あくまでも、王女である設定を曲げないわけか。
じゃあ、俺も騎士である設定に準じようか。
「まずは、姫をお守りするために、この部屋に引っ越すよ。ここで一緒に暮らそう」
「姫って呼ぶなって言ったでしょ。まあ、それでもいいか。騎士さえ帰って来たなら、私は無敵なのだから」
こいつの近衛騎士は、敵がドラゴンであっても倒しちゃう無双設定みたいだな。
「殿下は、まだ実家住まいなの?」
「今月中には出ていく約束よ。だから、ここに一緒に住むのはありね」
ここに住めば家賃は不要だが。その分の家賃収入は減るね。それに、ワンルームにふたりは狭いだろうなあ。
「いっそ、あなたのウサギ小屋で暮らす? その方が収支はプラスよ」
「いや。事業を始めるなら、ここの方がいいだろう。何をするのか知らんけど、近隣にいろんなものがある方が市場調査だって捗るし、選択肢が広がる。それを、狭めるメリットは無いよ。トータルで考えたら、出費は増えても、こっちに住むべきだ」
この辺りで、他の部屋を探すっていう手もあるが、それもどうだろうか?
15年前なら、この辺りは意外と家賃が安かった。築年数の長い物件が多かったからだろうな。そういうのも、すっかり建て替えが進んだのだろう、安い物件は見なくなった。ここは新築だから高めの家賃だろうけど、他でも大きくは変わらないんじゃないかな?
家賃が安ければ、それだけ引き換えにするデメリットが大きいからね。あまりケチってもいいことは無い。昼間は会社で、寝に帰るだけってならともかく。引き籠もりの俺には、住む部屋のクオリティは生活の質に直結するし。
「他に、もっと広い部屋も空いているし、そっちに住むのもありね。決めるなら早くしないと、入居者がまだ決まらないうちに」
節約に走らずに、敢えて消費の拡大へ向かう。一度上げた生活の質を下げるのは難しいから、その分必死になる。最近は、流行らない考え方みたいだけど。俺は、そういう考え方は、良いと思う。だって、どうせ苦労するなら、少しでも楽しい方がいいだろう? ハイリスクだけどな。
ウサギ小屋は節約優先で選んだから、後悔してるんだ。老後の資金を貯めないとなあ、とか考えてたら、そうなったんだけど。
「まずは、その部屋を見に行こう」
「そうね。あなた騎士のくせに仕切りたがりね? 助かるからいいけど」
PMOってやつで鍛えたからね。元々、そういう性格ってのもあるだろうな。バンド組んでた時も、いつも俺はリーダーヅラしてた。
部屋の鍵は電子鍵で、ICカードで開閉する。空き部屋の鍵は、殿下も持っていた。これで開閉出来る内は、その部屋は未契約。そういう仕組みだそうだ。便利なものだな。
「このマンションってWiFi完備なの?」
「そういうのが人気みたいだけどね。トラブルが多そうだから、導入してないわ。入れた物を外すのは面倒だけど、無いものを入れるのは簡単みたいだからね」
「光コンセントはあるね。NTTのフレッツかな?」
「まず最初に見るのがそこなのね? さすがシステムエンジニア、というか引き籠もりね」
電源のコンセントは各部屋に2つ以上あるし、情報コンセントも各部屋にある。配線はCAT6だろうか? CAT5eで十分だろうけど。部屋を跨いでファイル共有しながら、動画編集でもするならともかく。
こういうのって、そんなに建築コストには、はねないんだっけ? そうそう壊れるものではないだろうし、維持メンテナンスの費用にも影響しないだろう。データセンターだと、最長でも5年しか使わないけどね。賃貸だとどうなんだろうか。
電力は40Aか。十分過ぎるね。部屋の数だけエアコンもあるから、30Aには落とせないかな?
「インフラよりも間取りとかを先に見るもんじゃないの?」
間取りは、2LDKってやつだろうか? リビングとダイニングの区別が俺には付かないけどね。キッチンと連続した空間が、12畳くらいはある。その横に、6畳程度の部屋。玄関脇にも、もう一部屋ある。洗面台付きの脱衣所があって、浴槽は幅は狭いけど、足を伸ばせるくらいに長い。トイレはタンクレスで、収納もある。
キッチンは、冷蔵庫やレンジを並べても余裕がありそう。3口のガラストップのガスコンロに、作業スペースも広くとれるシンク。
家賃が高そーって、感想だわー。俺に、払えるのかしらん?
「ここの家賃っていくらなの?」
「24万よ」
どういう人が住むんだろうなあ。俺の収入だと半分が家賃で消えるな。物価の上昇している昨今であれば、そんなに高くないのかも知れないが。派遣の時給は、物価に連動してくれないからな。
「共働きで、子供が居ない家庭が多いわね。もしくは、友人同士でシェアするとかね。狙ってそうしたの」
「ああ、騒音問題が起きづらいって事かな?」
「子供が居る家庭でも住めると思うけどね。今のところ、居ないわよ」
その辺が、部屋が埋まりづらい原因かもね。
「楽器や、ペットは?」
「どっちも禁止。すごく高くつくのよ。ここは、鉄筋コンクリートだけど、壁も薄いし、結構な安普請なのよ。ペットは勝手に飼ってもいいけどね? 私が、オーナーんなだから。でも匂いがつくから、ダメでしょうね」
うーん、マーシャルは処分するしか無い運命だったかあ。
まあ、この辺りならスタジオには困らないかな?
「ペットは目の前に居るしなあ。俺の方かも知らんが」
「じゃあ、この部屋でいいわね? さっさと引っ越しましょう」
「お、おう」
まだ何をやって生計を立てるかも決めてないうちから即断即決かよ。
まあ、それも悪くない。これは仕事ではないのだから。いや、仕事なんだっけ?
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