ep05. 王女の陰謀

 私の騎士を見つけたのは、災厄の結果によるものだった。


 ユニコーンを狩りに行った多摩区の駅前。

 ついに私は、150年も探し続けた迷子の騎士を見つけたのだ。

 見た瞬間に、私にはそれが彼だと分かった。

 150年前と、まったく変わらぬ姿だったから。

 それは、彼がドワーフとドラゴンのハーフだからだろう。


 ただ、彼はひどくしょぼくれていた。


 暗い目をして、空ではなく、といって地面でもなく。

 何処か、よく分からない空間を、ぼーっと見ていた。

 その目に写るのは、異世界であったのかも知れない。


 この私の日記は、彼の小説として書かれている。

 私は、大魔法カカラ・サルによって、彼の小説を我がものにした。

 私は、彼と違って自分の心情を赤裸々に語る事はしない。

 裁判の証拠資料にするつもりもない。

 これは小説なのだ。決して事実そのものではない。

 私という存在を通した以上、これは私を主人公とした物語となる。


 この小説を読むと、彼があんなにしょぼくれていた理由が見えてくる。

 ハードボイルドな文芸を気取った彼の小説。

 朝陽が眩し過ぎるから、そんな理由で来た道を引き返してしまう様な。

 陳腐で凡庸な悩みに満ちた物語。

 どれだけ凡庸な悩みであっても、まだ若い私には実感が無いけど。


 そして、私に出会った事で、彼の心境に変化があったのが分かる。

 ハードボイルドが、徐々にコメディになっていくのだ。

 彼は、一度来た道をそのまま引き返すような人物ではなかった。

 なぜならば、彼は私の騎士なのだから。

 茨の道であっても、悪魔に道を阻まれても。

 引き返す事など許されない。

 それが王女に仕える近衛騎士の生き様。

 名誉ある死のために、死ぬために生きる。


 ここまで書いた文章を読み返して、訂正が必要であると気付いた。

 私の騎士は、彼ではない。彼女だ。

 ペガサスに乗った騎士、そんな幻想をうっかり見てしまった私。

 まだ幼かったとはいえ、ペガサスの幻想を見てしまうなんて。

 だから、今でも彼女の事を彼だなんて思ってしまう。


 とても寒くて、魔力さえ凍りそうな、そんな年末の早朝。

 隣国の都では、魔導書の交換会が開催されている時期ね。

 30万人の魔導士や魔女見習いが集まると言われている。

 私は、まだ行った事がない。

 その日も、魔導書交換会には向かう事は無かった。

 

 私は、彼女を捕獲する作戦を展開した。

 あれは私の騎士なのだ、私に所有権がある。

 迷子の騎士を回収するのは、王女である私の義務だ。


 夜明け間近の府中街道で、ヒッチハイクを装って待つ。

 

 この作戦は、急遽決行が決まった。

 彼女の家を探して徘徊している時に見つけたのだ。

 何処かへ逃亡しようとしている彼女を。

 荷物を積んだ軽トラに、ガソリンスタンドで給油していた。

 川崎方面から来て、スタンドに入るところも見ていた。

 きっと、東京方面に向かっているのだ。

 私は、先回りをして、自販機の前に立った。

 自販機の明かりに照らされていれば、きっと気づくだろう。


 敢えて幼い頃の、もっさもさの姿に擬態して。

 これならば、彼女にも私が分かるだろう。

 私は、ハイエルフだけど、150年前とは姿が違う。

 150年前の私は、まだ幼体だった。

 今は、立派な成体だから、彼女には分からないかも。


 しかし、どういう事だろう。

 彼女は、まったく私に気付かない。

 

「冬コミでも行くか?」


 彼女が、そう言った時、どきっとした。

 それは、魔導書交換会の別名だ。

 行ってみたいけど両親の許可が出ない。

 幼い頃にそんな話を彼女に聞かせた事があるから。

 

 行きたくなってしまったけど、やめておいた。

 もし会場ではぐれてしまったら?

 もう2度と会えないかも知れない。


「多摩川越えると、アウェイって感じすよるよな」


 何を言っているの? アウェイどころか他国よ。

 その先は、本当の魔界なのよ?

 ああ、しまった。

 東京方面と言っても、そっちじゃないのに。

 でも、多摩方面だと、多摩区なのか多摩地方なのか。

 分かりづらいでしょ?


 しかし、彼女は進む事無く、コンビニに入った。

 彼女が魔界に引き込まれないよう手を掴んだ。


 コンビニで、擬態を解いた。

 それでも彼女は、自らが仕える王女に気づかない。


「その方が、かわいいよ。王女様って感じだな」


 まったく、何を言っているの?

 かわいいのは当然だし、まさに王女そのものでしょ!


 彼女と車中で話しているうちに、事情が見えてきた。

 彼女は、異世界転生の呪いにかかっている。

 こことは違うけど、こことそっくりな川崎市。

 そんな異世界へ行き帰って来た。

 その世界の記憶を持ったまま。

 王女に仕える騎士は、異世界への憧れが生み出した妄想。


 王宮筆頭魔導士の仕業だろうか?

 それとも、ワイバーンに脳を齧られちゃった?

 私の事を、すっかり忘れているのも呪いなの?


 私の騎士が、一緒にお風呂に入りたいとか言い出した。


 どうしよう。

 うっかり、おじさんと言っちゃってる。

 ペガサスの幻想が、どうしても抜け出せない。

 6歳以下なら、混浴して良いのだっけ?

 なんてこと。

 もう成人しているのに、6歳児の擬態をするべきかしら?

 私の小さい体格なら、6歳児に見えなくもない?

 見えないわよ!

 でも、どうやら彼女は、そう思っている節がある。

 

 思い悩むまでなく、そんな擬態に意味は無かった。

 だって、私の騎士が男湯に入るわけが無い。


 分かっていたはずなのに。

 脱衣所で愕然とした。


 やっぱり、ちんちんは無かった。


 いや、あったからって、あれよ?

 何をどうするつもりも無かったわよ?

 だって、彼女は騎士で、私は王女なのよ。

 何をすると言うの。


 ちんちんは無かったけど、収穫はあった。

 ラノベ云々の話で、うまく丸め込んだ。

 住所はスマホから抜き取ったし。

 年が明けたら、騎士の家へ押しかけましょう。

 年末は王宮でイベントがあるし、年始は貴族達が挨拶にやって来る。

 私は、王女なのだから、王宮で大人しくしていないと。

 その間は、スマホから抜き取ったあれこれで楽しみましょう。


 年明けてからも忙しかった。

 王立学園を卒業した後の準備に追われたのだ。

 卒業後は、私にも領地が与えられる。

 領地経営のために、様々な手配をした。


 ある程度、落ち着いたところで彼女の家へ行った。

 彼女は、派遣社員としてシステムエンジニアをやっている。

 それは、ブログや小説からも明らかだった。

 自分が騎士である事を、完全に忘れ去っている。


 思い出させるために、マーシャルを売ってみたりした。

 どうやら、逆効果だったみたい。

 

 ベースを猛特訓してみた。

 まずは、彼女を私の手元に確保しないと。

 結婚でもいいし、バンドを組むでも、形はなんでもいい。

 胃袋を掴むのもいいだろう。


 でも、どれも、失敗に終わったみたい。


 それでも、彼女は私が押しかけるのを拒まなかった。

 

 しかし、チャンスが巡ってきたようだ。


 彼女は、派遣契約のシステムエンジニア。

 契約は3ヶ月毎で、自動更新では無い。

 彼女か派遣先が、更新を拒否すればそれで終わり。


 いつかやらかすかも、とは本人が気にしていた通り。

 3月末で、契約終了が決まった。


 明日は、夜間作業の振替で休みなんだ。

 彼女は、そう言っていたけど。

 私は、知っているのだ。

 明日だけでなく、月末まで有給の消化に入っている事を。


 まずいわね。

 その事を隠してるって事は、毎日押しかけるのはダメって事よ。

 私も、ちょうど暇が出来たところなのに。

 領地経営は軌道に乗ったし、学校ももう終わった。

 卒業式は、出なくても別にいいしね。


 こうなったら、彼女を攫ってしまおう。

 私の領地で拉致するのだ。

 私の騎士であった事を、思い出させてやる。

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