ep02. 気ままな王女様
王女殿下が、下っ端近衛騎士の部屋に押し掛けて来た。
いや、お一人様の社会人のマンションに、血縁関係の無い幼女が侵入して来た、というのが現実だ。これは立派な犯罪。罪に問われるのは、侵入された側だけどな。
「ちょっと、そこどきなさいよ」
家臣は主君に逆らえぬ。俺は廊下とも言えないような狭いスペースから、すごすごと身を引く。殿下は、その脇をずんずんと勝手に進んで行く。ワンルームなのだ、その奥には俺の寝床しか無い。万年床だし、脱いだパンツが、散乱しているのだ。やっぱダメー! 俺の部屋を犯罪現場にしないで!
「あのー? ここ俺の部屋なん」
「だから来たのでしょ? いちいち説明が必要なの?」
家臣の命がけの反抗は、食い気味に打ち消されてしまった。
「狭っ! うちの、ウサギ小屋より狭っ!」
「ウサギ飼ってんの? 食用?」
「は? 飼ってないけど」
なるほど。姫の家には、ウサギ小屋があるのに、ウサギは飼っておらぬ。
まさか、ウサギって何かの比喩かな? 俺は、殿下のブタです。霊長目ヒト科ヒト属のブタです。ぶひぃ。食用では、ありますん。
「姫ー? 近衛騎士の部屋に、王女が入り浸るのは、異世界でも打ち首だよね? 俺が」
「姫? オタサーの妖怪みたいだから、やめて貰える?」
オタサーの姫とか。6歳幼女がどこで覚えてくるの? ああ、その手に持っている大量のラノベですね? クラッシャーという点においては、こいつも妖怪だと思うのだが。俺の、社会的生命を破壊してくれる。分かっているのに、拒めない俺。
「なにこれ? 本を置くスペースなんかないじゃないの」
そりゃ無いよ。あったら、俺だって紙の本を処分してないよ。
「ふむ。これが邪魔ね。処分しましょう」
「え? やだよ。お前、それが何か分かって言ってるのか?」
「まーしゃる、って書いてあるわね? 武器なの? 銃刀法違反ね。家臣の罪は主君が正さないと」
「あのそれ、個体差あるから、手放すと同じものは」
「もう売れたわよ。案外人気あるのかしら、コレ。さっさと、発送してちょうだい」
「え?」
そう言って姫が、いや殿下が、俺に向けているのはスマホの画面だ。フリマアプリのメッセージだね? 「発送をして下さい」ほほう?
「何勝手に人のモノ売ってんの?」
「ちゃんと、あなたのアカウントで売ったわよ?」
ほほう。確かにソレは俺のスマホ。なんで、コイツ俺のスマホのロック解除出来るの? 俺本人だって寝起きの顔だと認証解除出来ないっていうのに。
これ以上逆らうと打ち首だ。発送するかぁ。
俺のマーシャルは、きっちり適正価格で売れていた。説明も適切。
「16年間使用したため傷多めですが、スカッと抜けの良いチューブサウンドです。音質は好みの問題だと言うことをご理解の上ご購入下さい」
殿下は、マーシャルの事ちゃんと知ってるじゃん。何が銃刀法違反だよ。正しくは、銃砲刀剣類所持等取締法違反な。無許可で所持した場合は、1年以上10年以下の懲役だ。どこにどうやって許可とればいいのだろうか。国家公安委員会は、マーシャルの管理はしてないと思う、
俺と共に16年間在った、俺の相棒。マーシャルのアンプヘッド、YJM100。実のところ、まともに鳴らした事は、あまり無い。この部屋では鳴らせないから、軽トラの荷台に積んで、スタジオに持って行かねばならぬ。面倒だよね。
むしろ、俺はマーシャルを所有しているという呪縛から解放されたのかも知れない。欲しいものが必要なものだとは限らないのだ。使いもしないくせに、形から入る。俺は、そういう性格なのだ。
16年持っていた事を、何故殿下が知っているのか。失われた事よりも、そっちの方が重要ではないだろうか。後ろを振り返ってはいけない。前を見るのだ。ああ、そこは暗闇なのか、光差す道なのか?
「えー? こんなのどうやって発送すんのー?」
「はあ? あなた大人でしょう? そんな事も出来ないの? 取り敢えず玄関に出しておいて」
ピンポーン!
またしても、インタ―ホンが鳴る。最近は、宅配も置き配が定着したから、滅多に鳴らないのに。今日は、随分と元気だな。
「あら? 早いのね。ちょうど近くに居たのね」
「フリマの回収に来ましたー」
「これです。汚いけどビンテージなんで。真空管入ってるから注意して下さい」
「あー、ギターのアンプってヤツですねー。お預かりしまーす」
俺の夢の残滓が、去ってしまった。
スカッと抜けているのは、俺の魂かも知れない。
「バンド辞めたんでしょ? だったらアレはもう不要じゃないの? 何? どうしたの? 呆然として、後で一緒にお風呂に入ってあげるから元気出しなさいよ」
過ぎた事をいつまでも悔いていても仕方ないな。
進まねばならぬ。過去は過ぎ去るのみだが、どうあがいても時は進み続けるのだから。今こうしている瞬間も、すべてが過去になって行くのだ。それは、前科などというものであってはならぬのだ。
「なんで俺が、お前と風呂に入ると元気になると思ってるんだ?」
「え!? 違うの?」
違うよ。ロリロリ法違反者じゃないよ俺。言い訳になるか知らんけど、俺も女だしね? 多様性に寛容な現代だと、公平に違法性を問われちゃうのかな?
こいつは、夜明け前の府中街道でヒッチハイクをしているような妖怪プリンセスだ。行動力の高さと、イカれ具合には定評がある。そんなのを、車に乗せてしまった俺は既に前科者だ。いや、略取誘拐罪は親告罪だからまだ無罪だな?
しかし、新たな罪状の芽が、どんどん積み重なっていく。
今のこの状況もやはり、軟禁に略取誘拐罪の成立だろう。どっちも親告罪だっけなあ? バレなきゃいいの? 違う、軟禁は親告罪じゃない。
いや? むしろ、これは彼女の住居不法侵入罪に、窃盗罪なのでは? あ、でもマーシャルの売上は俺に入るのか。じゃあ、これ何罪?
「うーん。場所は空いたけど本棚が無いと本置けないわね? スピーカーキャビネットは残して本棚に改造すれば良かった?」
「良くないよ。貴重なものを洒落た風の何かにするのは犯罪です」
「何罪よ、ソレ」
「オサレ罪です。死刑です」
ギターとかスピーカーとかさ、変な色に塗ってインテリアにしてるカフェあるじゃん? 俺は、ああいうの見ると落ち着かない気分になる。例え、元がゴミだったとしても。物には魂が宿るのだ。本来の目的で使う気が無いなら、燃やした方がマシだろ。ギターをステージで燃やすならよし。ビビってスクワイアに持ち替えんな、フェンダーで行け! 消防法違反だけどな。廃棄物処理法違反も問われるかも知れない。
「そんな異世界の法律は、残念ながら適用されないわ。ここでは私が法律よ」
「俺の部屋だけどね?」
まず俺のスマホを回収しないと。コイツ、勝手に本棚ポチるぞ。
「うちのクズが、キャビネットを本棚にしてたわよ?」
「え? クズって何?」
「私の遺伝子学上の父親」
遺伝子学上の父親をクズ呼ばわりする。随分と早い反抗期ではないだろうか?
「戸籍上のって言うのが適切だろ? 遺伝子学上どうかは分からんぞ?」
幼女に言う事ではない気がするが。こいつを幼女だと侮ってはいけない。
「あのね、私が裏付けもなく断言するワケないでしょ?」
「え? DNA検査でもしたの?」
「そりゃするでしょ。万が一があったらイケナイじゃないの」
万が一って何? イケナイって何処に? 地獄ならいつでも行けると思います。なんなら、ここが地獄デス。
「わらわは大きくなったら、父上のお嫁さんになるでおじゃるー、とか言っちゃう年頃じゃないの?」
「正気なの? ここは異世界じゃないのよ? クズが、将来はパパのお嫁さんになってくれー、とかほざくから、もし本気だったらヤバいでしょ?」
おおう。娘相手に軽口も叩けないどこかのおっさん。哀れよなあ。俺の知ったこっちゃないけどな。娘のラノベを勝手に処分する様な親なのだ。その娘も他人のギター・アンプを勝手に処分しているワケだから、間違いなく血を引いてるんじゃないの?
「犯罪者って遺伝するのかしら?」
「どうだろうか?」
ルパンって隔世遺伝しちゃったかね? それよりも、こいつ俺の心読んでないか?
「アナタの考えなんて、丸わかりなのよ」
「あ、そう。ところで本棚どうするの?」
「まだ買ってないの? その手に持ってる立派なデバイスでポチッとすれば? それともアレクサに頼む? アレクサ、適当に本棚買って」
「残念だったな、うちにアレクサは居ないんだ」
買い物に行く事になってしまった。腹も減ったし、外に出るのは賛成だな。王女殿下が、こんな汚い部屋には居たくないとか言い出したし。何しに来たのコイツ? 通い幼女妻なら、文句言いながら掃除する場面でしょ? 分かってないな。
幼女殿下を積んで運んだ軽トラは、元のオーナーに返した。
決して、証拠隠滅を図ったわけではないぞ? エンストしちゃう程に、放置しちゃうものは不要だと判断しただけだ。
なので、今日の車は、カーシェアの現代的なコンパクトカーだ。魔法みたいな装備がてんこ盛りで、未だにその全容を知らない。乗るたびに、前の利用者が設定を変更しているのか、挙動が違って困る。
「この前のカッコいい車はどうしたの? 死んじゃったの?」
「死んではいないし、カッコいいも同意しかねるが。アレは処分した。今日のコレは、カーシェアだよ」
軽トラにも美学はあるし、否定はしないが、6歳児がカッコいいと評するような車だろうか?
「あなたも、ポルシェとかフェラーリがカッコいいとか抜かす、上っ面だけの輩なの?」
「ああ、そうだぞ。こうしているのも、お前がツラだけはキレイで目の保養になるからだぞ」
「へえ?」
ビッグサクセスを手にしたらフェラーリを買って美女をはべらせるのは、ロックスターの義務なんだぞ。それくらい常識だろ。昨今だとコンプライアンス違反なんだっけ? カローラ差別でーす。うん、カローラを大衆車の代表だと思っているのが老害と言われる由縁だな。
しかし。どうやら殿下のデリケートな逆鱗を、一撃で貫いてしまったらしい。目がきゅっと細くなった。こわい!
家出の原因は、そういうところ? 見た目だけでチヤホヤされるのは、気に入らないらしい。
「あなたみたいに容姿が並の品質なら、人生イージーモードでしょうね。と普段なら返すところなのだけど。アナタもソコソコにはフェラーリヅラじゃないの」
「まさか、そんな事を、クラスでも言ったりしてるのか?」
そもそも、それって逆じゃないの? 特に女はツラさえ良ければ人生イージーモードなのでは? ところで、フェラーリヅラって何? 初めて言われた。俺がフェラーリだったか。なんだ、ビッグサクセス手にしてんじゃん。ロックスターじゃなくて、犯罪者候補だけど。
「あのね。あなたもフェラーリヅラなんだから分かるでしょ?」
「いや、さっぱり分からん。俺は、アメ車のが好きだし。どっちも、乗った事無いけど」
「問題はそこじゃないでしょ?」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「少しは、自分で考えたら? ところで、ウサギって食べモノなの!?」
今、そこに反応しちゃうのん? もしかして、さっきから色々とボケているのだろうか。なるほど、ツラがいいと、せっかくボケてもスベる宿命なのかな? 確かに、人生ハードモードだな。
「よし分かった。まずは俺のお嫁さんになってもらおうか」
「いいよ」
「え!?」
あれ? もしかして、俺もボケがボケだと分かってもらえない部族なの? そんなバハマ! 地球儀が俺の手の上で反転しちゃう!
ビックリして、急ブレーキを踏んでしまった。ココが、うどん屋の駐車場で良かった。路上だったら事故ってたかも。
もし、事故ったら、警察がやって来る。どんな余罪を問われるか、分からんぞ。なんて危険な状況なんだ。
「まずは、女同士でも婚姻届を出せる自治体に引っ越そうか。住民票を勝手に移すだけでもいいのかな?」
「オーケー、分かったわ。この流れだと、お互いどこまで本気なのか分からなくなるわね。これからボケる時は変顔をしましょう。運転中は命に関わるものね」
「お、おう?」
何で、それを言いながら変顔してるんですかね? どういうこと? 今のボケだったの?
美少女はズルい。変顔が面白すぎて、ほんと命に関わるんだけど。
「婚姻届を出すのは、もう少し待ちなさい。私が、まだ無理な年齢だから」
そこで変顔しないの? くっ、ボケが高度過ぎて、いっそ殺せ! クッコロ!
「えーと? あと12年くらい? その頃には、俺もうボケてるかもよ」
「アナタ一体何歳なの!? それよりも、私を何歳だと思っているの。6歳児というのは、そうね、アレくらいよ」
「え?」
横断歩道を渡る自転車の前カゴみたいな奴に、小さいのが乗ってるね? 6歳児ってあんなに小さいの? おお、子供を持たずに居ると、こんなに感覚がズレるものなのか。
「私、14歳よ? どれだけズレてるの?」
「え? リアルチュウニだったの? 右眼が疼いたりするの?」
「眼に成長痛は無いと思うのだけど」
何故、オタサーの姫は通じて、邪気眼が通じない。世代か? これが世代の差なのか!?
「もうなんでもいいや。それよりも何処で食べるー?」
「家に戻って何か作りましょうか?」
「え? 何作れんの?」
「何故私が作るの確定なのかしら?」
「お嫁さんじゃし」
「ジェンダーロールってヤツかしら?」
「役割分担を公平に決めて何が悪いんだ? シンデレラは掃除もしないで、魔法使いを使役しているのか? それでいいのか!? お前は、カボチャを馬車に出来るって言うのか?」
「うるさい。あと、お前って言うな」
「今更ぁ!?」
なるほど。文部科学省の「学校保健統計調査」によると、14歳女児の平均身長は155.5センチだそうだ。家に帰ってからスマホで調べた。
「殿下は14歳にしては、かなり小さくない?」
「今、グーグルに聞いたの平均身長でしょ?」
「標準偏差は5.6だから中央値も概ね一緒だと回答されたのだが。標準偏差って何?」
「私の身長146センチは、平均的だって事でしょ。あなたシステムエンジニアだとか言ってなかった? 数字に弱くて出来る職業だとは思えないのだけど?」
「んー? それは11歳児の平均だぞ? いや10歳児に近い?」
「私の体に、何を求めてそんな事言ってんの?」
「いかがわしい物言いはよせ。それとも踏み台が無いから怒っているのか?」
仕方ないだろ? この部屋は天井低いから、俺の身長だと踏み台が必要な作業が存在しないんだ。なので踏み台なんて無い。小さい子供も飼ってないし。いや、扶養していないし。
「私に料理をさせたいのなら踏み台は用意しておくべきね。それよりも、システムエンジニアは、算数が出来なくてもなれるの?」
「もちろんだ。2進数で足し算出来れば、余裕だ」
「へえ? じゃあ、256+128は2進数でいくつなの?」
「8桁で頭が11だ。残りは全部0ね」
「9桁でしょ? なるほど、算数が出来なくてもなれるのね」
「アレ!?」
大丈夫だ。問題無い。最近は、AIの方が優秀だ。AIの使い方さえ分かれば問題ない。俺は、デスクワーク主体のシステムエンジニアだからな。仕事はリモートワークだし。自前で契約してるAIだって使い放題だ。会社で契約してるAI、なんで派遣には使わせないのん? SDGsって何?
「私が将来に対して抱えてる不安が、バカらしくなるわね」
「そんな事じゃ困るな。4年後には俺を養う義務が発生するんだぞ?」
「ジェンダーロールは何処行ったの?」
「殿下が働くべきだ。だって家臣を養う義務がある」
「なるほど?」
おかしいなあ。俺の物語は異世界ファンタジーなんかじゃなくて、ハードボイルドでヘビーデューティなはずなのになあ。何故、幼女を口説いているのか?
「で、どうするー? 家に帰って来たけど、料理出来ないじゃん」
「そもそも、材料が何も無いのに、何で帰った来たの?」
「材料ならある。もやしとギョニソだ。米だってある」
「あなた、魔法使いなの? どうやってソレで料理するの!? ここは異世界じゃないのよ」
「ククッ、見せてやろう。我が奥義を。その目にしかと焼き付けるがいい」
「チュウニは、あなたの方だったわね」
なんだよ、中二病知ってるんじゃん。ツンデレかな? ヤンデレかもな。
見せてやる奥義など存在しなかったので、歩いて行ける距離にある定食屋に行った。だって、ギョニソ丼は王女の食事じゃないって言うから。庶民の味にクラっと来ちゃうのが、王女の作法、様式美じゃないのん? 分かってないな。
「なんて事だ。久々の休日だったのでに、有益な事を何もしないまま、もう日が暮れようとしている」
「じゃあ、約束通りお風呂行く?」
「そんな約束はしていないし、風呂ならうちにもある」
「あんなに狭いと一人でも無理じゃない?」
「もしかして、殿下の家は本当に王宮なの?」
「どうかしらね」
「そもそも、殿下と風呂に一緒に入るのは有益な事だろうか?」
「あなたの邪な欲望を満たせる」
「俺に、ちんちんがあるように見えるか?」
「ハードボイルドとヘビーデューティは何処行ったの? いっそ私に、ちんちんが付いていれば、もっと話はシンプルだったのにね」
物騒な言葉を残して、殿下は帰って行った。
この物語は異世界ファンタジーではないが、ハードボイルドでも無いようだ。じゃあ、一体なんだ?
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