最初の投稿者

スレを見つけたのは、何気なくスマホをいじっていた深夜だった。

「通ったはずのトンネルがない」というスレタイに、俺の指が止まる。別にオカルトが好きなわけでもない。ただ、そのフレーズに、何か引っかかるものがあった。


スレを開いて読んでみると、内容はごく普通の体験談だった。

深夜配送中の運転手が、ナビに導かれて入ったトンネルを、出た後に探しても見つからなかったという。GPSが狂った、風景がおかしい──どこにでもあるような話に見える。

でも、読めば読むほど、俺は手が震えるのを止められなかった。


「……これ、俺が昔、体験したのと同じじゃないか?」


10年前、俺はまだ高校生で、原付に乗っていた。田舎のバイク乗りにはよくある話で、特に用もなく、ただ走るために山に向かう。夜風を切って、人気のない道を走るのが、あの頃の癒しだった。


その夜も、特に理由はなかった。コンビニで缶コーヒーを買って、ふと思い立って山へ向かった。夏の終わりで、気温はちょうどよく、空には星が出ていた。


山道をしばらく走っていると、ふと、右手に“見覚えのない道”が現れた。舗装は古く、でも崩れてはいなかった。街灯はなかったが、バイクのヘッドライトで十分だった。


俺は何の気なしに、その道へと入っていった。


5分ほど進んだところで、トンネルが見えた。


入口には名前がなかった。周囲に看板もない。ただ、コンクリートが苔むしていて、誰も通らないことが伺えた。正直、怖かった。でも、その頃の俺は、そういう“怖さ”をちょっとしたスリルだと感じていた。


トンネルに入った瞬間、気温がぐっと下がった。ヘルメット越しにも感じる冷気。何よりも、“音”がなかった。エンジン音が、まるで吸い込まれているような錯覚。


壁には赤いスプレー文字が書かれていた気がする。でも、それを読む前に、出口が見えた。


そして、トンネルを抜けた瞬間──俺の知っている景色ではない場所に出た。


どこかで見たような気もする、でも決定的に知らない風景だった。

田んぼのような広い空き地、ひび割れたアスファルト、錆びた標識。そして、どこにも人の気配がない。


一番印象に残っているのは、“音がまったくしなかった”ことだった。風も虫も、何もなかった。まるで世界から切り離されたような感覚だった。


怖くなって、引き返した。トンネルに戻ろうとした。……が、そこには、何もなかった。


引き返したときに道がなくなっていた、あの瞬間の恐怖は、今でも夢に見るほどだ。

草むらをかき分けても、舗装された痕跡すら見つからない。電波も入らず、道も地図に表示されず、ヘッドライトの光だけが頼りだった。


そうしてぐるぐると同じ場所を回っているうちに、俺はある“標識”に気がついた。

文字は錆びついていて読めなかったが、その形は──たしかに、トンネルの手前にあったものと同じだった。


つまり、俺は“出口の先”ではなく、“トンネルに入る前”の道に戻っていた。

だが、そこにトンネルはなかった。


その後の数日、俺はずっと体調がおかしかった。


めまい、微熱、集中力の欠如。学校でもぼんやりして、授業の内容が頭に入ってこない。

医者に行ったが「疲れが溜まっているだけ」と言われた。


だが、トンネルを抜けた先で感じた、あの“無音の空間”が、今もどこか耳の奥にこびりついて離れない。

何かを持ち帰ってきたような、そんな感覚がずっとあった。


投稿者の体験談と、自分の体験を照らし合わせると、明らかに一致するポイントが多すぎた。


GPSの異常、トンネルの構造、赤いスプレー、抜けた先の静寂、戻ろうとしても見つからない道。

偶然にしては出来すぎている。


だとしたら、他にも同じ体験をした人間がいてもおかしくない。

なのに、ネットにはほとんど情報が残っていない。それが逆に怖かった。


俺は、あの日のことを“なかったこと”にして生きてきた。


でも、それが間違いだったんじゃないかと思う。

俺があの道を通ったことに意味があるなら、それを知っている人間が、きっとどこかにいるはずだ。


だから、書く。


このスレッドを見て、少しでも思い当たる節があるなら、何でもいい。情報をくれ。

あの道は、存在する。確かに、あったんだ。

俺が行ったあの場所は、現実だった。

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