きらめく明日

宝飯霞

第1話


 生まれたころ、大きな目をくるくる動かして、とにかく良く笑う子だった。そして、よく泣く子だった。


 朝日タマキは頭の形がよく、顔も可愛いので小さいころから家族に大事にされてきた。


 可愛いと言うのはまさに特権であり、タマキはどんないたずらをしても、家族から怒られることなく、微笑ましいと言われ、抱きしめられ、キスされた。


 愛に満ちた日々、タマキは特に姉の千佳を愛した。彼女は優しくタマキを掻き抱き厳しく諭したものだ。


「ねえ、タマキ。あなたは可愛いわ。でもそのせいでおごり高ぶってはダメよ。人が甘いからと言って舐めてかかってはダメ。他人を尊敬し、よく勉強して、立派な人にならなくてはね。そうね、お父さんみたいな。あなたが将来結婚してしまって、姉さんと別れなくてはいけなくなったとき、姉さんは辛いけれど、それでもあなたは男らしく生きていくんでしょうね。男らしくよ。できる? あなたは時々女の子みたいに弱くなるんですもの。心配ね。男らしい人が姉さんは好きよ。だから、立派になりなさい」


 そういった後、姉はいつも、タマキの顔をじっと覗き込み、怒っているような悲しんでいるような不思議な目をして、口元にはふざけているみたいなうすら笑いを浮かべるのだった。


「やだ、きもちわるいわね」

 時々姉は、同性愛者がテレビに出ると憎たらしそうに言う。タマキはぎょっとする。

 普段の優しい姉に慣れていると、たまに、こうした怖い瞬間に出会い、びっくりする。姉は同性愛者に厳しかった。タマキは姉の口汚さを知らぬふりをする。聞かなかったことにする。その方が波風立たない。しかし、なんだか自分が言われているみたいで嫌だった。

 タマキは女のように着飾った男をテレビで見ると、素敵と思い、惚れ惚れする。美しくて、謎で、神秘的で不思議で。自分はこう見ているよとは、とても姉には話せなかった。話したところで軽蔑されるのがおちだ。姉に嫌われるのは嫌だ。




 タマキは誰かから可愛いと言われると、子犬のようにつぶらにきょとんとする。そして、そう言ってきた人の顔をじっとみつめ、にっこり笑うのである。

 どんな人もこの笑顔の前にはころりとなり、どんなに怒った人も、優しい笑みを浮かべずにはいられない。


 小学生時代、タマキは同級生の男の子である丸山健に愛の告白され、体が燃えるように沸々して、良い気持ちだった。


「僕たちは友達でいようよ。僕は男とは付き合えないんだから。だって、男の子同士って変でしょ」

 タマキはそう言いながらも未練がましく、体をくねらせ、丸山健の手を両手で包んでやったりした。


「男同士でもいいだろう。なんでダメなんだよ。男同士でも愛し合うことはできる。何も恥ずかしいことなんてないんだ」

 怒ったように丸山健は唾を飛ばして文句を言う。


「でもね、僕は……、僕は……」


 おもむろに丸山健はタマキを抱きしめる。その力強い抱擁に、タマキは心臓が躍り上がる。熱が全身を駆け巡り、そして脳が溶けていくように錯覚した。


 このころ以来、タマキは前に増して嫌に女々しくなった。

 小首を傾げたり、手のひらを地面と水平にして、ペンギンのようによちよちと歩いたり、前髪を気にしたり、誰に対しても、上目遣いに見たり、甘えた舌足らずな声をだして、ふふふと含んだように笑う。


 髪も伸ばし、肩に届くくらい。


 ある日、その髪にタマキが姉の机の引き出しから盗んだヘアピンをつけていると、姉の千佳はそれを見てびっくりし、不安に震える声で聞いた。


「どうしてそんなことするの」

「ごめんなさい。姉さんの勝手に使って」

「違うわ。そうじゃなくて。どうして、そんな女の子みたいな髪にするのか聞いているの」

「可愛いかなと思って」

「男の子はそんなことしないわ」

「そんなこと……」

「そんなことあるの。男の子なら男の子らしくしなさい。気持ち悪い」


 優しいとばかり思っていた姉に初めて罵倒され、タマキは目の前が暗くなり、胃の辺りが鋭く痛んだ。気持ち悪い、実の弟にそんな言葉を使う人だったんだ。絶望し、この暗い気持ちから抜け出す道をさがす。

 そうだ、とタマキは思いつく。タマキは男らしくしようと思う。姉に注意されると、はじめて自分が間違っていると気づき、治そうとした。


 しかしながら、性癖というのはなかなかに難しいもので、風呂場の鏡についた鱗汚れみたいに、びっしりと張り付いて、なかなかに取れないのだった。




「タマキ。こっち見て」

「なあに」タマキは上目遣いに微笑む。

「やっぱりタマキは可愛いな」

「ありがとー」


 人から褒められると、タマキはどんどん心がさらわれるのを感じる。

 女の子になりたい。本当の女の子になったらもっと可愛がられる。


 欲は尽きない。


 小学校のクラスで、休み時間、女子に髪を弄られながら、タマキは手鏡を見る。

 自分で見ても惚れ惚れするくらい可愛い顔だ。天使やエルフみたいに、純粋な顔をしている。少年らしく頬は薔薇色で、色は白い。


 泣き出しそうなほどにタマキは欲する。


 ああ、女の子になりたい。僕はどうして男に生まれたのだろうか。

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