第11話 婚約者

 ノアが少しだけ噴出して、笑い声を嚙み殺している。

 わたし、そんなに面白いことを言ったかしら?


「そうだな。会いに行こう。会いに行ってレオンの仲直りをしたいという願いを叶えよう。でもセレーネ嬢には驚くなよ」

 ノアが意味ありげに悪い笑みを浮かべる。

 そして、お兄様の婚約者はセレーネというお名前の方なのですね。


「大丈夫。お兄様の願いを叶えられるのなら、わたしはなんだってできるわ」

「頼もしいな。だが、レオンとセレーネ嬢は喧嘩中だし、セレーネ嬢は少し気が強いからレオンの呼び出しには簡単に応じないだろう。だから俺がセレーネ嬢を呼び出してやるよ」

 セレーネ嬢という方は、ノアもよく知っている方のようで幸先は良いが、そんなにクセが強い人なのかしら?不安になってきた。


「ノア、ありがとうございます。ところで呼び出すというのは?」

「セレーネ嬢もこの騎士団にいるんだよ。女騎士だ。朝食後に俺が声をかけるから、あとの仲直りはレオンの姿をしたアグネスに任せる」

 たおやかで物静かなお兄様の婚約者が女騎士様だったことに少し驚いたが、ノアが強い人だと言った意味がわかった。

 物質質的に強い人なのね。

 


 翌朝、朝食が終わるとノアは食堂でまだ食事をするセレーネ嬢に声をかけに行ってくれた。


 セレーネ・ハンレッド侯爵令嬢。

 お兄様とノアとは学園の騎士コースの同級生だったらしい。

 ノアの話によると、我が家とは代々懇意だったハンレッド侯爵家が父の死後にまだ若いお兄様のことを心配してのお申し出だったらしい。

 お兄様とセレーネ嬢は1年前に婚約をしたとのこと。

 そのセレーネ嬢は明朗快活な方のようで、お兄様とセレーネ嬢では静と動で一見、合わないように見えるが不思議と合い、お兄様は元気なライオンを飼いならす猛獣使いのようで仲睦まじい様子だったとか。

 全く意味がわからない。


 今回のふたりの喧嘩の原因は、ふたりで出席した舞踏会でお兄様が多くの女性たちに囲まれてしまい、タイミングを逃してセレーネ嬢とダンスの1回でも踊れなかったためにお兄様はセレーネ嬢に浮気を疑われたのが原因のようだ。

 それは明らかにお兄様が悪い。

 話しかけてくる女性たちを振り切って、そこは婚約者を優先しないと。

 「婚約者の元には行かせない」という意地悪でもご令嬢達にされたのだろう。

 恋愛物語の本ではよくある手法だ。

 2つ名の白の王子とやらで、モテるお兄様は辛いわね。


 そして、セレーネ嬢が怒ってしまったことに困ったお兄様は、ノアにどうしたらセレーネ嬢と仲直りをできるかを相談したらしい。

 ノアは花束や贈り物をもって誠実に誤れば良いと助言したらしいけど、お兄様がそれを実行したのかはノアはわからないとのことだった。


 ノアがセレーネ嬢を呼び出してくれたが、セレーネ嬢に場所を指定されて帰ってきた。

 指定された場所が訓練場で、模擬剣持参まで指定されてきたので、嫌な予感しかしない。

 決闘になるかも?


 指定された時間にはだいぶ早く行って待っていると、彼女もまた時間より早くやってきた。

 ノアは適当にセレーネ嬢から見えないところで隠れて見守ってくれている。


「レオン、待ち合わせよりだいぶ早いじゃない」

 そう言って、模擬剣を手に現れたセレーネ嬢はごつい人を想像していたわたしを裏切り、恐ろしく美人だった。

 スラリと伸びた長身にサラサラの髪を後ろに束ねて、百合が咲き誇っているような高貴な雰囲気を纏って、凛として騎士服がよく似合う。

 お兄様と並ぶと間違いなく絵になるがとても綺麗な方なので、この人がノアの言う「強い人」とは信じがたい。


「セレーネ嬢と仲直りしたいのに待たせる理由がわからないです。あ、わからない」

 緊張のあまり、お兄様らしい喋り方が上手くできない。早速、語尾を間違えた。


「わたしがどうして怒っているのか、レオンはわかっているのかしら?」

 凛としたセレーネ嬢を前にすると、ボロが出そうで余計に緊張する。

「も、もちろんだ。今後は気をつける」

 お兄様の顔をこれでもかと言うぐらい引き締めて、大真面目な顔を作る。

「いいわ。わたしと手合わせをしてくれる?レオンが勝ったら許してあげる」

 手合わせで良かった。

 お兄様の姿だと魔法が使えなくて不正すら出来ないから、決闘だったらどうしようかと思っていた。

「ありがとう。わかった」


 ふたりで訓練場の真ん中あたりまで無言で歩くと、剣を構えた。

「………レオン、行くわよ」

 セレーネ嬢の掛け声にわたしがひとつ深く頷くと、それと同時にセレーネ嬢は剣を持ってこちらにすごい勢いで向かってきて、剣を振り下ろす。

 剣で防戦するしかないわたしは、剣を持つ手に力を入れて、くる衝撃に耐えるために歯を食いしばった。


「…………………」


 が、衝撃は来なかった。

 顔を上げると、セレーネ嬢が立っていた。


「貴方、レオンじゃないわね」

「あっ…」

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