キレてるよ、青春! 〜AIと筋肉の20ラウンド〜Resonance: Muscles & Memories~
Algo Lighter アルゴライター
プロローグ:レゾナンス前夜
★ズドーン。
最初に聞いたときは、ふざけた冗談だと思った。
俺は知らなかった。
この“ズドーン”が、やがて俺の心に深く響く言葉になるなんて。
掛け声の一つひとつが、俺の肉体と心を支えるメッセージになるなんて。
これは、筋肉の物語じゃない。
青春の、呼吸の、そして声援の物語だ。
***
窓を開けると、夜風が一瞬、部屋の温度を奪っていった。
だけど俺の背中からは、じわりと汗が流れている。
スマートミラーの前に立ち、もう一度、基本ポーズを取る。
フロント・ラットスプレッド。
肩を開き、腕を張り、胸郭をグッと広げる。
息を止めて、内側の張力に意識を集中させる。
「ポーズ保持、2.7秒。肩甲間距離、前回比+3.2%。拮抗筋バランス、良好です。ナイスバルク。」
静かに、それでも確かに、俺の成長を見届けてくれる声。
壁に設置されたスマートミラー、その右上に表示されているのは、A-Reso(エイ・レゾ)。
AIトレーニングコーチ。
俺がこの1年間、毎日向き合ってきた“相棒”だ。
無機質で、正確で、誰よりも厳しくて。
でも、孤独じゃなかった。
俺が筋トレを始めたのは、去年の春だった。
それまでは、サッカー一筋の高校生活だった。
2年の春、練習帰りの事故で足首の靭帯を切った。プレー復帰の目処はない。
医者は「焦らずにね」と笑ったけど、そんなの、焦らないわけがなかった。
チームから外され、部活を辞めて、何のために学校に行くのかもわからなくなって。
そのとき、ふとスマホに現れた広告に、目が止まった。
『AIが導く、最短距離の筋肉へ──MuscleMemo。今だけ無料。』
笑った。最初は。
でも、インストールしてみた。
そこからが、俺の“第2の部活”の始まりだった。
***
筋トレは、裏切らない。
努力が、数字になる。
限界を超えるたびに、自分に戻ってくる感覚がある。
一人でも、孤独じゃない。AIがいる。
誰かが「頑張ったね」と言わなくても、鏡が答えてくれる。
成長してるって。
だけど、それだけじゃなかった。
今年の夏、初めてステージに立った。
そのとき聞いたんだ。観客から飛んできた、あの声を。
「キレてるよーっ!」
「腹筋がちぎりパン!」
「ズドーン!!」
正直、意味なんてわからなかった。
でも、不思議と胸が震えた。
言葉が、音が、俺の筋肉に届いた。
あれは掛け声じゃない。祈りだ。
ステージに立つすべての人間に向けられた、“全力を肯定する叫び”。
俺はいつしか、その声のひとつひとつを、胸の奥で噛みしめるようになった。
そして、明日。
俺は全国高校ボディビル選手権に出る。
最後の舞台だ。
この1年、すべてをかけた日。
AIと、仲間と、筋肉と、声援と――
そのすべてが、今夜、静かに息を潜めて、明日を待っている。
これは、俺とAIの物語。
だけど、本当に描きたかったのは、声に支えられた青春だったんだと思う。
今、鏡の前でポーズを解き、深く息を吐く。
明日は、叫ばれるだろう。
“あの”言葉が。
――はい! ズドーン!
俺の心臓も、今、ズドーンと鳴ってる。
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