第12話 カフェオレと木イチゴのタルト

「・・・それは,お話しできません」


 僕の問いかけに,彼女はそう答えた。


「どうしても?」

「どうしても・・・というわけではないです」

「どういうこと?」

「・・・聡二君がお気付きのように,私はあなたのことをいろいろ,いろいろ知ってしまいました」

 やっぱり・・・。

「でも,それは全て人から聞いた話です」

「誰から・・・は,教えてくれないんだね」

 マスターと陽子さんなのは間違いなさそうだが,何故彼らが知っている?

「ごめ・・・はい。約束しましたので」

「そう,なんだ」

「いつか,あなたの口から話してもらえるまで,私は待ちます」

「・・・話すつもりはないけど」

「今は,それでも構いません。けれど・・・あなたが話してもいいと思えるまで,あなたが私を信じてくれるまで,私は諦めるつもりはないです」

「何で・・・?」


「聡二君,私はあなたが好きです」


 僕の目を真っ直ぐ見つめて彼女は言う。

「あなたのことが大好きです」

 その瞳に嘘はない。


「でも,僕は・・・」

「・・・分かってます。あなたは私を好きでないことぐらい」

「まどかさん・・・」

「だから,あなたが私を好きになってくれるように頑張ります。いえ,頑張らせて下さい」

「僕が君を好きになる保証はないよ?」

「今は・・・,それでいいです」

「・・・良くないよ」

「いいんです」

「なんでそこまで?」


「・・・これは私の『初恋』なんです」

「『初恋』・・・」

「聡二君の入れてくれたカフェオレは,私の『世界』を変えてくれました」

 どうして。


「それまで鳥籠の中にいた私を,大空に解き放ってくれました」

 どうして。


「諦めるしかなかった未来に,光を与えてくれました」

 どうして。


「自分を苦しめてきたあらゆるものと,戦う勇気をくれました」

 どうして。


「もう一度言います。いえ,何度でも言います。私はあなたが好きです」

 どう,して・・・。


「その気持ちだけは誰にも,聡二君であっても,否定はさせません」




「・・・僕は,人を好きになるってどういう気持ちか分からないんだ」

「はい」

「まだ15年しか生きてないけど,そんな気持ちをもてるような余裕はなかった」

「はい」

「今だって,いや,これからだって,何が起こるか分からない」

「はい」

「僕は・・・君を好きになれるだろうか?」

 自分でも何を言ってるのか分からない。

 でも,何故か彼女はその答えを知っているような気がした。


「・・・聡二君。『恋』をするのに余裕とかそういうのは関係ないですよ」

「え?」

「私の抱える問題は少しお話ししたでしょう?私は笹宮本家の跡取り娘です。幼い頃より良家の子女としての教育を受けてきました」

「うん・・・」

「将来は親の決めた大学に行って・・・いえ,本当はそれさえ無駄なことでしょうが」

「え?」

「だって,その後は親の決めた縁談相手と結婚して子孫を残す。それだけが私の務めです。大学に行って何を学べと言うんですか」

「・・・そうだね」


「あなたからカフェオレをいただいたあの日。その前の夜,両親からそのことを改めて伝えられました」

「だから泣いていたんだね・・・」

「ええ。でも,あなたは私の『世界』を変えてくれた」

「・・・」

「そこからは,毎日毎日が楽しくて,楽しくてしようがなかった」

「・・・」

「美味しいカフェを知ることができた。友達と昼食をともにすることができた。今日初めて,デートというものをすることができた。まるで普通の女子高生じゃないですか」

「・・・何か僕は悪いことをしたようだね」

「そうかもしれませんね」

 彼女はニッコリと笑う。

 その笑顔はとても美しかった。


「責任を取れ,という気はありません。でも,だからあなたを好きだとことを許し・・・認めて下さい」

「・・・まいったな」

「これからは毎日お弁当を作ります。あなたがよければ夕食も,朝食だって作ります。土曜日以外だってカフェに行きます。あなたのそばにずっといます。あなたが嫌と言ってもそばにいます」

「僕が怒っても?」

「謝りません」

「ははは・・・。君は,強いね」


「知らなかったんですか,聡二君。『恋』する女の子はとっても強いんです」


「そうなんだ」

「エネルギーはあまーいお菓子と」

 カフェオレを一口飲んで。

「甘くないカフェオレです!」

 そう言って笑う彼女は,とても。


 とても眩しく,とても綺麗だった。




 しばらく僕は,見蕩れることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る