閑話 笹宮まどかの初恋~その2~
私,笹宮まどかは非常に困惑していました。
かつてないレベルの困惑です。
あのも日の出来事から,教室で楢崎君と話をするタイミングがありませんでした。
いつも私の周りには真理恵や仁美ちゃんを始めとする友達がいましたし,楢崎君は一人で過ごしていました。
自分から声を掛けるといろいろ面倒になりそうな気がして,放課後を狙っていたけど,結果は残念でした。
楢崎君,バイトのある日もない日もすぐ帰っちゃうんだもん・・・。
学校で話せないなら,彼の働く喫茶店に行こうと決意を新たにしました。
迎えた土曜日。
お昼時ならランチタイムで忙しいだろうから,落ち着いた頃を見計らって・・・などいろいろ考えながら,名刺に書かれたお店を目指します。
今日のコーデは我ながら気合いが入っています。
お気に入りの白いワンピにピンクのカーディガン。
白いエナメルバックに低めのサンダル。
メイクはナチュラルメイクを意識してみました。
何となく,彼の好みのような気がしたので。
はっ?!
いやいや,私は彼のことが好き・・・そんな馬鹿な。
あの日の出来事は結局時間にして30分足らず。
そんな簡単に恋に落ちていたら,あまりにもチョロ過ぎます。
『チョロい』という言葉は仁美ちゃんに教えてもらいました。
今まで告白してくれた男子にも申し訳ありません。
・・・正直どうでもいいことですけど。
そう!
今日は楢崎聡二という人物を知るための調査活動なのです!
そう自分に言い聞かせます。
うん。
ソウ,デスヨネ・・・。
なんだか気持ちが暴走しそうなので,落ち着かなければいけません。
そんなことを考えながら歩いていると,目的のお店の前にたどり着きました。
『Cafe Carrot』
とてもオシャレな外装です。
昔,祖母に見せてもらった写真にあったイギリスのカフェに似ています。
緊張します。
考えてみれば,一人で喫茶店に入るのは初めてです。
大人の階段,登り切っちゃいそうです。
深呼吸をして,ドアのノブに手を掛けます。
カランカラン。
ドアベルの音が響きます。
「いらしゃいませ!」
明るい声で,とても美人な店員さんが迎えてくれました。
店内を見渡すと,とても落ち着いた内装で,なんだか安心しました。
でも,その視線の先に彼の姿を見つけると・・・。
誰?
うっかり口走りそうになりました。
誰って,彼は楢崎聡二君,のはず。
はっきり言って超イケメン?になってしました!
イケメンとは仁美ちゃんに(以下略)
ただでさえ身長高いのに,お店の制服?を着て更に大人びて見えるます。
白いワイシャツ,黒いスラックス。
黒い革靴に紺色の前掛けエプロン。
髪の毛もオールバック気味にセットしてあって,大学生と言われても頷くしかありません。
同い年のはずなのに!
ヤバい。
マズい。
普段の私なら使うことのないような2つの言葉が頭の中を駆け巡ります。
この言葉も仁美ちゃんに・・・。
動揺しすぎてます。
でも,こんな姿,クラスメイトに知られたら。
楢崎君がモテちゃう。
いやいやいや。
それで彼の交友関係が広がるならとてもいいこと,です!
いやいやいや。
この姿の彼を真里花に見せたら。
絶対好きになる。
いやいやいや。
真里花ははっきり言わないけれど,今の楢崎君の容姿はドストライクだと思います。
長年一緒に過ごしてきたから断言できます。
いやいやいやいや。
親友の幸せは嬉しいことじゃないですか!
真里花と彼なら,とってもお似合い・・・で,ですよね?
彼が笑顔でいろいろ話してくれます。
本人は営業スマイルのつもりなんだろうけど,時折見せる少年ぽい表情に,心が揺さぶられます。
何だかよく分からないうちに,彼に勧められるまま『日替わりケーキセット』を注文しました。
彼はカウンター脇に下がってオーダーを告げると,さっきの店員さんともう一人,とても優しそうな女性とお話ししています。
ちょっともやっとします。
何だか楽しそうにしていましたが,マスターらしき男性に何か言われて,二人の女性は奥に下がっていきました。
ホッとします。
ん?
ホッとする,って何ででしょう?
また思考の迷路に陥りそうです。
しばらくして彼がカフェオレとアップルパイが運んで来てくれました。
とりあえず食べて落ち着かないと。
ますはカフェオレを一口。
美味しい。
正直言って,楢崎君のカフェオレより美味しいのは分かります。
他に言葉を選べないほど,ただ美味しいとしか言いようがありません。
でも。
私の好みで言うなら,やっぱり楢崎君のカフェオレの方が好きです。
ファーストインパクトが強すぎるせいもあるけど,彼のカフェオレには『優しさ』が感じられました。
『美味しさ』をひたすらに追求しているだろう,このカフェオレとは方向性が違うとおもいました。
次にアップルパイを一口食べます。
「・・・」
さっきまでのあわあわした気持ちが,どこかに飛んでいってしまいました。
楢崎君の目標は,この味,なの?
そんな考えが頭をよぎります。
美味しい。
もの凄く美味しい。
信じられないほど美味しい。
これまで食べてきたアップルパイが駄菓子に思えるほど美味しい。
他の人ならものすごい幸福感を味わうのでしょう。
でも,私の心の中で,楢崎君は誰も登ることが出来ないような絶壁に,苦しみながらしがみついている姿しか想像できません。
言葉にして表現するなら,それは『絶望』です。
とても悲しいことです。
それならば。
私は彼に何をしてあげられるだろう?
彼の力になりたい。
そんな想いが溢れてきて,泣きそうになってしまいました。
そう言えば・・・。
マスターさんからのサービスでいただいたチョコクッキーを一口。
こんな小さなクッキーなのに,マスターの『優しさ』が感じられました。
『彼のこと,よろしくね』
なぜだか分からないけど,何だかそう言われたような気がします。
もう一度アップルパイを口にすると,なぜだか笑顔になりました。
でも,です!
年上の女性二人に囲まれていたときの,楢崎君のまんざらでもない顔をも出すと,またもやっとした気分になりました。
それが『嫉妬』というものだと知るのは,もう少し先のお話になります。
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