甘くないカフェオレを君に

やまがみたかし

第一章 カフェオレと出逢いの物語

第1話 カフェオレとシュークリーム

「ふむ・・・」

 日が陰って少し涼しくなった調理室で独り言ちる。

 目の前にはできたてのシュークリームが4つ。

 ふんわりと膨らんだシュー皮には,特製のクルミ入りカスタードクリーム。

 バランスを崩さないように,試行錯誤した逸品。

「やっぱり学校の調理室のオーブンはいいな」

 GW中,自宅のオーブンで何度か焼いたが,火力や容量の違いなのか,調理室のオーブンで焼いたものはできあがりが違う。

「すぐ試食してみたいけど,まずは洗い物を済ませるか・・・」

 誰に聞かれているわけでもないけれど,そう呟く。

(そう言えば,最近独り言が増えたな・・・)

 いろいろ事情があって,この黄梅学園高等部に進学した4月から一人暮らしを始めた。

 家事スキルはそこそこあるので,生活することに苦労はない。

 ただ,残念なことに故郷を離れての学校生活の中で友達と呼べる人は少ない。

 「少ない」どころか「いない」

 クラスでも浮いた存在なのは自覚しているし,積極的に友達作りをしてもいない。

 性格的な問題もあるけど,人との関わりに臆病になっている。

 この地で親しい人と言えばバイト先の店長とバイトの先輩ぐらいだ。

 まあ,1ヶ月生活してみて,特に不便とも感じなかったので,これでいいかなと半ば諦めた。

 友達と遊ぶことや恋愛にも憧れはあるけれど,今は勉強とバイトで精一杯だし。

「・・・言い訳じみてるなあ」

 自分の考えに苦笑しながらも,手を動かして洗い物を続ける。

 バイトを始めてから手際よくなってきたなと,自分を湛える。

「少しは夢に近付いたかな?」

 遠く離れた,思い出の場所に暮らす恩人に思いをはせた。


「思ったより時間がかっかな・・・」

 窓の外を見ると,日が傾き始めている。

 完全下校時間には少し余裕があるけれど,あまりのんびりは出来なさそうだ。

 食べるのは家に帰ってからにしようと,トートバックからケーキボックスを取り出し組み立てる。

 トートバッグにはそういった小物類がパンパンに入ってる。

 調理器具を棚にしまって,元栓を確認する。

 後は使用簿に記入して,鍵を返して下校するだけだ。

「しまった」

 鞄をあさると筆箱がない。

 教室に忘れてきたようだ。

「しようがない。取りに戻るか・・・」

 荷物と使用簿を持って調理室に施錠する。

 使用簿は先生に渡すので,鍵と一緒に職員室に返せばいい。

 廊下に出ると,夕日が差し込んでオレンジ色に染め上げていた。


「・・・」

 教室に入ろうとして,躊躇する。

 何故かって?

 人気のない教室で一人の女の子が泣いていたからだ。

「うっ,うっ・・・」

 肩を震わせて泣いている女の子。

 笹宮まどかさん。

 金色に近い髪色で,透き通るような色白の肌。

 夕焼けに照らされて,後ろ姿だけでも幻想的な姿だ。

 噂ではハーフだかクォーターらしいけど,詳しくは知らない。

 才色兼備,という言葉を絵に描いたような人物で,成績優秀,美人でスタイルも良い。

 家柄も良いお嬢様らしいが,そんなのを鼻にかけす人当たりも良くて社交的。

 当然モテるし,入学して1ヶ月あまりの今日まで,何度も告白されたらしい。

 全部振ったって噂も聞いたけど。

 まあクラスに限らず,既に全校中でも有名人の彼女であるが,僕は話をしたこともないので,全部又聞きの話である。

 どうすればいい?

 イケてる男なら話を聞いて,慰めてあげることも出来るのだろう。

 そんなスキルは持ち合わせていない。

 僕に出来ることはせいぜい・・・。

「・・・誰?」

 どうしよう悩んでいるうちに,彼女の方が先に僕に気付いてしまった。

 ハンカチで目元を隠しながら振り返る。

「な,楢崎です・・・」

「・・・楢崎君?」

「う,うん。クラスメイトの・・・」

「知ってる」

「そ,そうだね」

「どうしたの?」

「え,えっと,用事があって残ってたんだけど,教室に忘れ物して・・・」

「・・・そう」

 彼女はそう言って前を向く。

 これ以上は関わるな,と言われているような感じだが,彼女の肩はまだ震えていた。

「ふう・・・」

 一つため息をついて,自分の席に向かう。

 机から筆箱を取り出し,使用簿に必要事項を記入した。

 どうすればいい?

 さっきと同じことを思う。

 このまま知らんぷりをするのもいいけど,なんかやだな。

 いろいろと考えながら,とりあえずトートバッグから紙コップと紙皿を取り出した。


「どうぞ」

「・・・?」

 彼女の机に,ポットに入れて家から持ってきたカフェオレを差し出した。

「え?」

「どうぞ」

 突然の事態に,彼女は赤くなってる目をぱちくりさせながら戸惑っている。

 そりゃそうだろうな。

「・・・いいの?」

「どうぞ」

 3度目の『どうぞ』を言う。

「砂糖もあるけど,出来れば一口目はそのまま飲んでくれると嬉しいな」

 彼女は恐る恐る紙コップを口にする。

 そして一口。

「・・・美味しい」

「それは良かった。おかわりもあるからね」

「・・・ありがとう」

 彼女のその言葉で,気持ちが温かくなる。

「・・・優しい味だね」

「そんなことを言われたのは初めてかも。カフェオレに合うように豆の焙煎からブレンドまで丁寧にやったからね」

「え,楢崎君が自分で?」

「趣味みたいなもんだから」

「すごいね・・・」

「まだまだプロには及ばないよ。でも,喜んでもらえたようで何よりです」

「ふふっ。おかしい・・・」

「よければシュークリームもあるけど,食べる?」

「え?」

 紙皿に乗せた出来たてのシュークリームを差し出す。

「いいの?」

「どうぞ」

 彼女はおっかなびっくりしながらシュークリームを見つめている。

(あ,そうか)

「ごめん,気が付かなくて。良かったら使って」

 トートバッグから使い捨てのフォークを取り出して差し出す。

「・・・ありがとう」

 彼女はフォークを使って,恐る恐るシュー皮を破る。

 皮と中のクリームをフォークにのせ,パクリと一口,口にした。

「・・・美味しい!」

 さっきまで悲しみに暮れていた彼女の顔に喜びが浮かぶ。

「良かった。今日のは自信作なんだ」

「自信作?え?これも楢崎君の手作り?」

「うん。さっきまで調理室に籠もってこれを作ってたんだ」

「え?すごすぎる!」

 彼女はパクパクとシュークリームを食べる。

 口にする度に笑顔になる彼女。

 良かった。

 笹宮さんには笑顔の方が似合うよ・・・。


「・・・ごちそうさまでした」

 シュークリームを食べ終えた彼女は,カフェオレを飲んで一息つく。

「・・・ねえ,楢崎君って何者?」

「・・・生き物?」

「ぷっ。意外と面白い人なんだね,楢崎君」

「意外と,ね?」

「楢崎君って,あまり人と話してる様子なかったし,何だかクラスではちょっと浮いて・・・ごめんなさい」

 少し心がズキッと痛む。

 『浮いている』と言われたからではないことは分かっていた。

「いいよ。クラスで浮いてる存在だってのは自覚あったし」

「本当に,ごめんなさい・・・」

 これ以上,この会話を続けるのは,良くない気がした。

「ゴミはこの袋に入れてくれる?」

「うん・・・」

 会話を打ち切って,紙コップや紙皿を袋に入れて始末する。

 彼女は,俯いている。

 折角笑顔に出来たのに,自分の器の小ささに嫌悪する。


「・・・ねえ,楢崎君。何も,聞かないの?」

 少しの沈黙の後,彼女がそう言ってきた。

 さっきの話の続きでないことにホッとする。

「聞いて欲しいなら聞くけど,僕は笹宮さんのことあまり知らないから,無責任な相づちは打てないよ」

「そう,ね・・・」

「笹宮さんと話すのは今日初めてだしね」

「そう,だね。クラスメイトなのにね・・・」

「ほら,笹宮さんの周りにはいつも友達がいっぱいいるし,僕はクラスで浮いてるからね」

「・・・怒ってる?」

「いや?むしろ話のネタに出来る」

 おどけて言う。

「・・・楢崎君って本当に面白い」

 彼女も笑顔になる。

「でも,本当にすごいな。カフェオレシュークリームも凄く美味しかったし」

「まだまだ修行中だよ」

「修行中?」

「うん。喫茶店でバイトしてて・・・,あ,これあげる」

 そう言いながらスマホケースから一枚の名刺を取り出して渡す。

 僕のバイト先の名刺だ。

「月水金の放課後と土曜日は一日,ここでバイトしてるから。良ければ来て」

「・・・うん」

「さて,僕は職員室に寄ってから帰るから。笹宮さんは?」

「・・・うん。私も帰る」

「まだ暗くなってないけど,気を付けて帰りなよ」

「・・・うん」

 そう言って,手をひらひらと振りながら教室を後にした。


 職員室に行くと,先生に『遅い!』と少し怒られた。



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