貴方の後悔をお聞かせください。

@Hio_001

第1話

1,夏目春奈の後悔


私には後悔していることがあった。

それは数年ほど前に、双子の妹を殺してしまったことだ。

なぜ殺してしまったのか、殺さなければならなかったのか。

それは今もはっきりと覚えていて、私の中から消えてくれない。

なぜ、あんなことのために妹を殺さなければならなかったのか?

まるで、呪いのようだ。


私は今日も変わらず学校へと登校していた。

誰も私が妹を殺したことを知らない。

友達も、家族も、あの人も。

どうやらアレは事故として処理されたようだ。

おかげで私は妹を事故で亡くした可哀想な人として生きていられる。

あれから数年も経った今ではあの事故のことも皆忘れて生きている。

「おはよう、春奈ちゃん!」

クラスメイトの女の子だ。

この子は人の秘密をすぐにバラしてしまうからあまり好きではない。

当然他の人からの信用も皆無だが、どこから仕入れたのか毎日誰かの秘密を喋っている。

「おはよう、坂口さん。」

口角をあげ、できるだけにこやかに返答する。

この空間の中で、浮いてしまわないように。違和感を持たれることがないように。特に、この女だけには。

「そういえば、知ってる?隣のクラスの川口さんがね…」

また始まった。

内容は、隣のクラスの川口杏菜という女子が同じクラスの松田怜という男子に告白したらしいというものだった。

高校生にもなって、くだらない。

人様の恋愛について語っている暇があるのなら、今日の漢字テストの範囲でも見直していればどうだろうか?

まあ、そんなこと言えるわけもないのだけれど。

この女にロックオンされれば、私の秘密だって暴かれかねない。

とりあえず、うんうん、と頷いていれば、満足したのか坂口さんは別の女子のところへと向かっていった。

先ほどの話をしにいくのだろう。

私は自分の席につき、鞄から今日使う教科書やノートを取り出した。

一冊、二冊と教科書を取り出していた時。

隣で騒いでいた男子の腕が私に当たった。

私の手から教科書が落ちる。

男子は私に腕が当たったことに気づいていないのか、謝罪もなしに騒ぎ続けていた。

私はため息をつき、教科書に手を伸ばした。

その時。

私の教科書を誰かが拾った。そしてそのまま私の前へと差し出された。

「はい、どうぞ。」

聞いたこともない声だった。

不思議に思って顔を上げると、そこには狐のお面を被った髪の長い男性?がいた。

声や背格好的に男性だと思うが…

私が黙ったまま教科書を受け取らずにいると、狐面の男性は首を傾げた。

長く美しい黒髪がさらりと揺れる。

「あ、ありがとうございます」

困惑しながらもなんとか教科書を受け取り、お礼を言う。

すると狐面の男性は満足そうに「うん」と言うと煙のように消えていった。

一体、あの人はなんだったのか。


あの後、クラスメイトに狐面の男性についてそれとなく聞いてみたが、誰もそんな人は見ていないと言った。

ついには疲れているのではないか、数年前の事故のことを思い出してしまったのではないかと心配される始末だった。

なんとか大丈夫だからと説得をし、早退だけは免れ、私は今朝の出来事は夢か何かであったと結論づけた。

大体、あんな面妖な奴が学校にいるわけがないのだから、あれは夢であると早々に気づけたはずだった。

「あの、夏目さん。」

不意に後ろから声をかけられた。

後ろを見てみるとそこには同じクラスの女の子が立っていた。

名前は確か…新田千鶴さんだったと思う。

口数が少なく、いつもオカルトの話をしていて、なんだか不気味さを感じる人だった。

「どうしたの?」

私が尋ねると、新田さんはびくり、と肩を震わせた。

なんだかこちらが悪いことをしているような気分になる。

「あの、夏目さんは…お狐様を見たの?」

お狐様?

なんだ、それは。

「お狐様って一体何の話?」

「えと、夏目さんが狐面を被った男性について聞いて回ってるって、坂口さんから聞いたの。それで…」

朝のあれか。あの男性はお狐様と言うのか。

「お狐様は、気をつけたほうがいいよ、だって…」


人の後悔を食べちゃうんだから。


後悔を、食べる?どう言うこと?

「それは…どういうことなの?」

やっと絞り出した声は震えていた。

「詳しくはわからないけど、お狐様に後悔を食べられるとその人は消えちゃうって聞いたことがあって______」

「そんなの嘘よ!」

気づけば私は叫んでいた。

新田さんは驚いたように目を見開き、固まっていた。

「あ…ご、ごめんなさい。急に大きな声を出してしまって…」

「ううん、私が変なこと言っちゃったから…ごめん」

新田さんは少し目を潤ませながら走り去っていった。

なぜ、私は怒鳴ってしまったのだろう。怒鳴るようなことなど、一切なかったはずなのに。

『下校時刻になりました。生徒の皆さんは速やかに…』

下校時刻を知らせる放送が静かな廊下に響いた。

私は鞄を握りしめ、昇降口へ向かった。


狐面の男性が現れてから数日が経った。

あれから、特に変わったことはなかった。当然、狐面の男性にも会わなかった。

今は文化祭の準備が始まっていて、忙しい日々を送っていた。

私たちのクラスは劇をやるそうだ。

この学校の高校一年生は全てのクラスが劇をする。その中で優勝クラスが決められるらしい。

それを聞いたクラスの目立つ人たちは優勝を狙っていて、配役からストーリーのアレンジまで本気で取り組んでいた。

私は劇に出るのは勘弁なので、お裁縫が得意だからと適当な嘘をつき、衣装係になった。

実際にはお裁縫など家庭科の授業でやった程度だが、クラスの中心人物は私を衣装係に決定した。

私の他にも衣装係は数名存在したが、どうやらやる気のない人たちだったようで、今は私一人だけが放課後に居残りをし、衣装を作っている。

今作っているのは主人公の女の子が着る、可愛らしいワンピースだ。

こんなものをお裁縫初心者に作れと言うのかと思ったが、自分が嘘をついた結果なので仕方ない。

それに、実際に衣装を作ってみると意外とできた。

これが普通なのか、それとも私の秘められた才能なのかは知らないが、なんとかできそうでよかった。

これで衣装ができませんでした、と言えばクラスの中心人物になんと言われることやら考えたくもない。

しばらく無心で手を動かしていると、鈴の音が聞こえてきた。

はっきり聞こえたと思えばくぐもって聞こえたり、なんだかよくわからない音だった。

りん_____。

音が一際大きく聞こえた。

「こんにちは。」

声がした。あの声だ。狐面の男性の声。

人の後悔を食べると噂されるお狐様。

「あなた、何が目的なの?」

「目的?」

狐面の男性は首を傾げた。

「私に近づく目的よ!どうせ、私の後悔を食べに来たんでしょう!?」

私は椅子から立ち、狐面の男性にむかって指を突きつけた。

椅子から立った拍子に、膝の上に置いていた布や針があたりに散乱した。

「…なにそれ?」

「…は?」

「僕が貴方の後悔を食べる?なんだか可笑しなことを言うね?」

そう言って狐面の男は愉快そうに笑った。

「じゃあ、あなたはなんなの?」

「僕?僕はしがない収集家だよ。人の後悔専門のね。」

人の後悔専門の収集家。いよいよ意味がわからなくなってきた。

そもそも人の後悔とは収集できるようなものだろうか。

「…で、なんだっけ。僕が貴方に近づく目的?それは貴方の後悔を貰うこと。」

「どういうこと?」

「貴方は後悔をしている。だから僕が貴方の後悔を消すために過去の世界に戻してあげる。そうして問題を解決してあげれば本来貴方の中にあるはずだった後悔は行き場を失う。それを僕が収集するってわけ。」

ね?と言って狐面の男性はどこからともなく扇子を取り出して仰いで見せた。

「…てことは、私の後悔は消えるの?」

この呪いのような後悔が消えるなら、私は…

「ただ。たまに戻ってこられない子がいるんだよね。過去の世界から。」

狐面の男性はからからと笑った。

「まあこれがいわゆる神隠しだなんて呼ばれたりもするんだけど。どう?それでも貴方は解放されたい?その呪いから。」

「…!」

「別に嫌なら良いんだよ。他にも後悔してる人なんていくらでも______」

「…解放、されたい。この呪いから」

私は震える声で言った。

狐面の男性は扇子を仰ぐ手を止め、じっと私を見た。

「…そうか。じゃあまずは聞かせておくれ。貴方の中で蠢く後悔を。」


_____私には双子の妹がいたわ。

とても可愛くて、頭が良くて、運動も人付き合いもなんだってできる、自慢の妹が。

私は妹が大好きだった。

いろんな人から比べられて、馬鹿にされたけれど、妹がいればどうでも良かった。

…そんな話はどうだって良いわよね。

私ね中学生のときに好きな人ができたの。

あんまり顔は良くなかったし、特に秀でた才能もなかったけれど、境遇が少しだけ似ていた。

あの人には弟がいて、その弟が優秀で、いつも比べられていたみたい。

気づけば目で追っていた。気づけば、好きになっていた。

でも、そのことを知った妹が、あの人に色目を使い始めた。

その時に私は妹に対してはっきりと嫌悪感を感じるようになった。

ある日、妹がどうしても登山がしたいって言うから連れて行ったの。

山頂まで登りきった後、妹は私にこう言ったわ。

「私あの人と付き合うことになったの!」

ってね。

私は妹を押した。後ろには崖があったから妹は崖から落ちて亡くなった。

私は今まで、妹になんだって譲ってきた。お菓子も、服も、親からの愛情も。

でもあの人だけは譲れなかった。

…え?当然分かっているわ。取り返しのつかないことをした自覚くらいあるもの。

今でも思うの。私は妹を殺すべきじゃなかったって。

私の話はこれで終わりよ。

…ええ、そうでしょう。

恋に狂った女って怖いわよね。


私が抱える後悔について語り終えた私はほんの少しだけすっきりした。

「本当に、過去の世界に行くんだね?」

「ええ、もちろん。」

行かなければならない。私のわがままのせいで死んでしまった妹を助けるために。

狐面の男性はぱちん、と指を鳴らした。

すると目の前に扉が現れた。

地味な扉だった。茶色の扉。『秋奈』と書かれたプレートが見える。

これは明奈の部屋の扉だ。

「じゃ、行ってらっしゃい。帰ってこれると良いね。」

孤面の男性に背中を押されて、私は扉を開けた。

その先には数年前に私が殺してしまった秋奈がいた。

「秋奈…」

「ねえ春奈、登山いこーよ」

私は未来を変えなければならない。

私のためにも。彼女のためにも。

「いいね、登山。行こうか。」


辺りは暗闇に包まれている。

前も後ろもわからない暗闇の中、その男は立っていた。

狐のお面を被った男だ。

その男の元に金色に輝く蝶が飛んできた。

「これは____夏目春奈の後悔か。ちゃんと呪いから解放されたんだね。」

男は手帳を取り出し、蝶に押し付ける。

すると一瞬辺りが明るくなり、蝶は手帳に写された。

「次は誰の後悔をいただこう?」

狐面の男性は歩き始めた。

不思議な鈴の音を響かせながら。









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