こちこち時計

緑龜

 大きな通りに一人の幼い少年が歩いていた。その少年は母親に連れられてこの通りにやってきていた。そして少年はかなり機嫌が悪かった。不本意に連れてこられたからだ。そして母親もそんなに上機嫌というわけではなかった。なにしろ葬式に出るのだ。自分の母親の葬式にだ。そんな時に子供がいやいや言っているなんてとてもいい気持ではない。他の親族にもみられるし迷惑になっても申し訳ない。というわけでかなり雰囲気の悪い二人組に見えていた。しかし葬式会場につくと少年は少しかしこまったような態度をとった。母親も他の親族と話をしたりしていた。

 葬式が始まると少年は怯えたように遺影を見ていた。初めての葬式なのだから少し怯えてもおかしくないように思えるがその少年の怯えは人間が心の底から感じるような言わば「恐怖」だった。そして何に恐怖しているのかその少年本人にも分からなかった。でも確かに「何か」に恐怖していた。少年はそれが気になり葬式の途中を抜け出して「何か」を探しに行った。母親が追いかけてきたがそれを振り切った。

 この少年は清水きよみずという姓だった。周りから清水君とかに呼ばれているので清水と紹介しよう。清水は母型の祖母の葬式に出ているわけだがその祖母とはあまり仲良くなかった。帰省の時に顔を合わせる程度だった。それにまだ幼いので正確に今の状況を理解できているかは分からない。しかし彼が何かに導かれるように今歩いているのは確かだった。彼が歩いている葬式場は無駄にだだっ広く迷子になりそうだった。彼は廊下のような通路を歩き続けた。歩き続けるとやがて開けた場所に出た。そこはとても不穏な場所だった。なにしろ誰もいなく仄暗い場所だったのだ。その広い場所には椅子やテーブルのようなものはなく目の前の壁の上に大きな時計が掛かっているだけだった。しかしその大きなアナログ時計は彼がひきつけられていたものだった。それが彼には分かった。その時計は白に黒の針のどこにもありそうな時計だったが数字のフォントが少し特殊で普通の店で探しても見つかりそうになかった。とはいってもそれが彼を引き付けた理由にはならなかった。彼はしばらくその時計を見つめていた。気付くともう40分もそこにいた。誰一人とも追いかけてこなかった。誰の声も聞こえなかった。彼は世界と切り離された感覚に陥った。そしてそれは正しかった。彼が来た道を戻ってもその時計の場所に戻された。何度も何度もそれを繰り返した。彼にはもう歩く体力が残っていなかった。泣く体力もだ。

 そのときその時計がこち、こちと音を立てた。彼はその音に聞き入った。しばらく聞いているとやがて音がやんだ。彼はあることに気が付いた。時計の掛かっている壁を振り返るとそこにさっきまでの道はなかったのだ。代わりに白い片開き戸が道のあった場所を塞いでいた。彼は――おそらく彼でなくとも唖然とした。遂さっきまであった道が時計が鳴ると無くなって扉になっていたのだ。彼は閉じ込められた。どうやってきたのかも覚えていない、近くに誰がいるのかもわからない、どうやって戻るのかもわからない場所にだ。彼はその時初めてまずいことになったと思った。戻っても戻っても同じところに出る非現実的なものよりもっと現実的にまずいと思った。お母さんに怒られる。そして彼はもう生命には水と食料が必要だという事もわかっていた。そして喉が渇いていた。大声を出しても誰も答えてくれなかった。余計に喉が渇いた。彼はどうすることもできないまま疲れ果てた。やがて眠った。

 彼が寝ているときもう一度こち、こちと時計が鳴った。彼は起きなかった。しかし音が鳴りやむと扉があった場所に正方形のパッチのようなものが出現していた。彼はその間も眠り続けた。よほど疲れていたようだった。やがてもう一度こち、こちと音が鳴った。正方形のパッチは一番最初の道になっていた。彼は起きた。そして一目散に来た道を戻った。今回はなぜだかするりと葬式場に戻れた。葬儀はまだ続いていた。彼は世界から切り離された場所にいたのだから時間の流れが違うのも無理はなかった。彼はその後とても静かに葬儀に参加した。とはいっても彼が居なくなり大混乱だったので葬儀に戻るまで可成り――40分は掛ったのだが。何はともあれ葬儀はその後も彼が質問攻めにされたことを除けば順調に進み彼と母親は家に帰った。そしてその場所は彼の記憶にしっかりと焼き付いていた。彼は不思議とその場所にもう一度行ってみたくなった。その場所は彼の家からそれほど遠くなかったので一人でも行くことができた。

 葬式が終わってから2日経った。彼は決心した。あの場所にもう一度行くと。あの不思議な体験をもう一度してみようと思った。そして何が起きているのか確かめようと思った。彼は自分が持てるだけの宝物と必要だと思うものをカバンに入れ母親に遊びに行ってくると伝えて家を出た。時間の進みがおかしいので少し時間がかかっても大丈夫だろうと思った。かくして彼は2回目の館に向かった。

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